PIECES OF A DREAMA


沖縄の空の色は、静雄が今まで見た空の中で、一番青かった。
赤い、巨大な建物。世界遺産にもなっているそれは、見る者を圧倒させる。
ぼうっとしている静雄の横で、新羅はひたすらにシャッターを切っていた。恐らく、彼の愛してやまない彼女にでも見せるのだろう。更に携帯のカメラでも撮って、わざわざそれを送っているらしい。ご苦労なことだ。
「この青い空に、赤い城は映えるな」
そう言いながら、後ろにいる門田も何枚かカメラに収めたようだ。新羅はデジカメだが、門田の方はインスタントカメラだった。門田は普段、あまり写真は撮らないのかも知れない。
静雄と臨也だけが、カメラを持って来ていなかった。静雄はカメラなんて要らないと思っていたし、臨也は単に興味がなかっただけだ。

──修学旅行一日目。

あの時の約束通り、静雄と臨也はまだ喧嘩らしい喧嘩はしていない。何度か言い合いはしたが、物を破壊したり、相手を傷付けたりすることは一切なかった。
尤も、行きの飛行機も、到着してからのバスも、クラスが違うので一緒にはいられない。だから喧嘩している暇など皆無だ。この赤い城である首里城が、同じ『班』になって初めて一緒に過ごす時間だった。
「シズちゃん」
臨也が静雄の名を呼び、手を差し延べる。その赤い目は僅かに眇められ、唇は綺麗に弧を描く。酷く端正な顔付きをしているが、心の中は何を考えているか静雄には分からない。
「…なんだよ」
静雄はその手を見て、怪訝そうに眉根を寄せた。沖縄の眩しい太陽の下で、臨也の伸ばした手は殊更白い。
「手を繋ごうよ」
「は?」
思わず静雄は、裏返った声を上げた。
何を馬鹿なことを。そう言い返そうとした静雄の手を、臨也は掴んでさっさと歩き出す。
「え、…おい!」
慌てる静雄の後ろで、門田が深い溜息を、新羅がくすくすと笑い声を漏らした。
「仲の良い『友達』のアピールだよ」
臨也はくつくつと低く笑いながら、手を繋いで長い階段を昇ってゆく。観光している他の生徒達が、二人を驚いて見ていた。
確かに仲が良い『友達』とは言ったけれど──。
友達はこんな風に、手を繋いだりはしないだろう。
静雄はそれに戸惑い、手を引いて抵抗するが、臨也の掴む手は離れなかった。
首里城は階段も坂道も多く、確かに足許は覚束ない。けれど高校生にもなる男が二人、手を繋いで歩く姿はさぞかし滑稽であろう。他の一般観光客もいると言うのに。
「自由時間なんて、お土産品を買う僅かな時間だけなんだ」
だから別にこれくらい良いでしょ?と、言うのが臨也の主張だ。
時間が短いからって、何故手を繋ぐのか──静雄はそれに呆れたが、もう抗うことはしなかった。沖縄の暑い陽射しの中で、思考がショートしているのかも知れない。
手を引かれながら、静雄は青い空を仰ぐ。南国の沖縄は、秋でも夏のように暑い。静雄や他の生徒たちは半袖姿だったが、臨也は相変わらず真っ黒な学ランだった。
暑くないのか…と臨也を見れば、酷く涼しそうな顔をしている。一体どういう体温をしているのだろう。白い顔には、汗ひとつ掻いていない。
そういえば、まともに臨也の顔を見るのは久しぶりだった。あの日、屋上で会話を交わしてから、ろくに顔を見合わせていなかったから。
静雄が初めて体験した口づけは、同性であるこの男が相手だ。
それは臨也にとっては、何でもないことなのだろう。キス自体も、それが同性で嫌悪している相手でも、きっと臨也は気にしてはいないのだろう。
でも静雄は違う。
柔らかな唇の感触。鼻をくすぐるシャンプーの匂い。赤い瞳に映る自分。
静雄はそれらを思い出し、心臓が激しく動き出す。あの日のことを、鮮明に思い出せる自分が忌ま忌ましい。
無意識に掴まれている手に力が入り、それに気付いた臨也が振り返った。
「シズちゃん?」
「…もう、戻ろうぜ。新羅も門田も来てねえ」
後ろから付いて来る筈の、二人の姿がない。臨也と静雄が早く歩き過ぎたのか、わざと追って来ないのか、どちらかだろう。
臨也の手が緩んだ隙に、静雄は繋がれた手を離す。涼しい顔の臨也とは反対に、静雄の額には汗が滲んでいた。ぽたり、と汗が頬を伝って地面に落ちる。
「顔、赤いね」
臨也が目を眇めて笑う。
「暑いからな」
これは言い訳だ、とは分かっていたが、静雄はそれを暑さのせいにした。
手の甲で流れる汗を拭う。青い空は太陽が支配して、力強い陽射しを容赦無く注いでいる。沖縄は確かに暑いけれど、東京みたいに不快な暑さではなかった。
「日陰に行こうよ」
臨也は強引に静雄の二の腕を取り、赤い柱の影へ身を寄せる。
離せ、と口を開き掛けて、静雄は結局黙り込んだ。太陽が隠れた場所は、少しだけ涼しい。せめて風が吹いてくれたなら、幾分マシだったろうに。
気付けば周りには、同じ学校の生徒は一人もいなかった。観光名所と言っても平日は人も疎らで、酷く長閑で静謐な雰囲気の空間だ。
「ねえ、シズちゃん」
臨也は口端を吊り上げると、静雄の背中を柱に軽く押し付けた。その顔には笑みを浮かべているのに、見る者に酷薄な印象を与える。
「こないだのあれって、初めてだった?」
「…あれってなんだよ」
静雄はとぼけて問い返すが、声は微かに震えていた。
嫌な予感がする。臨也の性格の悪さは、嫌というほど分かっていたから。
「キスのことだよ」
楽しげに笑いながら、臨也はこともなげにそう口にする。
その言葉は予想通りのもので、静雄はくらりと眩暈がした。
「シズちゃんって、意外に純情だよね」
「うるせえよ」
茶化すような臨也の声に、顔に熱が集まるのが分かる。たかが手を握られただけで、意識をしてしまったことを恥ずかしく思った。それが臨也には、全て見透かされてることも。
「いい加減、新羅たちの所に戻──、」
ごまかすように早口になった静雄の言葉は、最後まで発することが出来なかった。
頭に手を回され、乱暴に顔を下げられる。けれどそれに反し、直ぐに塞がれた唇は存外優しかった。
驚いて体を強張らせる静雄の唇を、臨也の舌がこじ開けてゆく。ぬるりと入り込んだ舌は、歯列や粘膜を優しくなぞる。
互いの唾液が混ざり合い、飲みきれないものが口端から漏れた。息が苦しくて視界が霞む。ドクドクと鼓動が鼓膜に煩い。じわり、と胸のずっと奥から、何かが迫り上がって来る気がした。
「…っ、」
それに堪えられなくなり、静雄にしては弱々しい力で臨也の体を押し返した。
まるで力が入らない己の体が恨めしい。指先が微かに震え、鼻の奥がツンとする。こんなのは自分らしくない。
臨也は意外にも、簡単に静雄の体を離した。わざとらしく、濡れた唇を舌なめずりして見せる。静雄がそれに睨みつけても、ちっとも堪えた様子はない。
「…こういうの…やめろよ」
「何故?」
臨也は赤いその目を細め、静雄の濡れた唇を親指で拭ってやった。ぴく、と静雄の体が僅かに震えるが、それに気付かない振りをする。
「…俺が殴れねえからって、嫌がらせかよ」
いざとなれば協定なんて、糞食らえだ。
こんなもの破棄して、臨也を殴ってやる──。そう思い、静雄がきつい目で睨みつければ、臨也の口端が楽しげに吊り上がる。
「嫌がらせなんてしてないよ」
漸く風が吹いて、静雄と臨也の髪がふわりと揺れた。
「ただ、シズちゃんが可愛かったから」
臨也はずっと笑ったままで、静雄には何を考えているのか分からない。
「…何が可愛いだ」
ああ、くそ。からかわれている──。静雄は大きく舌を打ち、臨也から目を逸らした。こんなことになるのなら、やはり来るんじゃなかった。今更ながら、修学旅行に参加したことを後悔する。
「静雄ー?、臨也ー?」
遠くから、自分達を探す新羅の声がした。
ハッと気付けば、もう自由時間はとうに過ぎている。元々短い時間だったのだ、無理もない。
憤慨も非難も碌に出来ないまま、静雄は渋々と顔を上げた。ここは柱の影で、新羅たちからは分かりづらい。こちらから姿を見せねば、見付からないだろう。
「しん──、」
静雄が新羅の名前を呼ぼうとした時、不意に臨也の腕が伸びて来た。
あ。と、声を上げる間もなく、また唇が重ねられる。今度は少し、乱暴なキスだった。
なんで、また、どうして──。
瞠目する静雄の目には、悪戯っぽく笑う臨也が映る。
臨也はくぐもった笑い声を漏らすと、やがてゆっくりと瞼を閉じた。静雄の口腔を這い回る舌だけが、激しさを増してゆく。
静雄は抵抗しようと身を捩るが、今のこの姿を新羅たちに見付かるのは御免だった。だから本気で抵抗が出来ずに、臨也にされるがままだ。
クチュクチュと互いの唾液が混ざり合う音がし、舌を捉えられ、強く吸われた。無意識に口づけに応え始めたことを、静雄はまだ自覚していない。
臨也は静雄の唇を執拗に貪った。口腔を激しく蹂躙され、吐息さえも奪われて、静雄の体からは徐々に力が抜けてゆく。

「静雄ー?」

段々と新羅の呼ぶ声が近くでする。
けれど今の静雄には、それに答えることは出来やしない。

静雄は抵抗するのを諦め、せめて目の前の臨也を見ないようにきつく目を瞑った。




(2011/04/22)

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