『最悪な一日』




「バレンタインデーってさ、由来なんなの?」
「俺が知るかよ」
「聖人バレンタインが殉教した日…だったかなあ」
「殉教って…死んだってことだよねえ?」
「何で死んだのにチョコ食うんだよ」
「僕だって正確には分からないってば」



2月14日。
とある男子高校生三人が、学校の靴箱の前で突っ立っていた。
三人の足元にはチョコレートの山があり、足の踏み場もない程に散らばっている。
「いやあ、本当に君達はモテるよね。性格の悪さも、狂暴な性格も、顔が良ければ女の子たちには関係ないんだねえ!」
新羅はにこにこと笑う。厭味ではなく、本心からそう言っているのだから性質が悪い。
「どうすんだよ、これ」
そんな新羅をデコピンひとつで黙らせた静雄は、苛々と臨也を見遣る。
「どうもこうも…全部シズちゃんにあげるよ」
臨也はやれやれと言ったように肩を竦めた。
そもそも何故こんなことになっているかと言うと、酷くくだらない理由だった。
たまたま同じ時間に登校し、たまたま生徒玄関で鉢合わせし、たまたま睨み合いながら靴箱を同時に開けた。二人の靴箱から雪崩て来たチョコレートの山が同時に落ち、互いのが混ざってしまったのである。中には名前が書いてないのもあり、どちらがどちらの物かすっかり分からなくなってしまった。
「手前宛てのなんかいらねーよ」
反吐が出る。
静雄はそう言って足元に視線を落とす。本当なら踏み潰してやりたかったが、チョコレートに罪はない。
「じゃあ捨てたら?」
臨也は冷たく言い放ち、さっさと教室へ歩いて行く。
「あ、手前…っ、おい!」
呼び止めても臨也は振り返らない。チョコレートを残して追い掛けることも出来ず、静雄は忌ま忌ましげにその背中を見送った。
「取り敢えず、この哀れなチョコ達は教室に持って行こうか。ここにあっても邪魔だし」
新羅は苦笑し、自分の鞄にチョコレートの箱を詰めてゆく。本来なら関係のないはずの新羅がそうしてくれたので、静雄も渋々と鞄にそれを仕舞った。
教室に着くと、真っ先に机の上にそれを広げる。置ききれずに何個か床に落ちたが、今は気にしなかった。クラスメイトたちが何事かと注目していたが、静雄の睨みでみんな目を逸らす。
名前がないチョコレートは無造作に床に置き、名前があるものだけ分けてゆく。恐らく臨也の方が貰った個数は多いはずなので、名無しの物は全て押し付けるつもりだった。中には熱烈に臨也に対して愛を込めた手紙もあり、静雄は見なきゃ良かったと後悔する。他人の臨也への想いなんて知りたくもなかったし、あんな男のどこが良いのか理解出来ない。
結局静雄はまるまる1時間目の授業を無駄にし(教師は注意どころか目を合わせもしなかった)、チョコレートを仕分けする作業に時間を費やした。全くくだらないことに時間を割く羽目になってしまったものだ。チョコレートを押し付けたら、取り敢えず次は臨也を殴ろう。そうしないと気が治まらない。
新羅が探し出して来たダンボールにチョコレートを入れ、休み時間に臨也のクラスを訪ねた。臨也のクラスメイトたちは、喧嘩のとばっちりを恐れて即座に居なくなる。今の静雄にはそんなことはどうでも良かったが、誰も居なくなった教室で臨也と二人きりになるのは気分が悪い。
「シズちゃんにあげるって言ったのに」
臨也はわざとらしく溜息を吐き、片眉を吊り上げて静雄を見る。静雄が手にしていたダンボールは受け取る気はないらしい。
「俺は要らねえっつったろ」
ぐいっとそれを押し付ければ、臨也はうんざりとしながらも受け取った。
「俺、甘い物あまり好きじゃないんだよねえ」
臨也はそう言いながら、ダンボールを抱えて教室の中へ戻る。そしてそのままそれを、静雄の目の前でごみ箱へ捨てた。
「うわ…、手前…」
静雄は呆れて声も出ない。
「気持ち悪いじゃん。知らない人間からの贈り物とか」
臨也は酷薄にそう言い放ち、空になったダンボールを静雄の方へと突っ返す。
「せめて手紙ぐらい読めよ」
静雄はきつい眼差しで臨也を睨んだ。はらわたが煮え繰り返る。
「いらない。好きでもない人間から貰う謂れはないよ」
そんな静雄の視線を真っ向から受け止め、臨也は口端を吊り上げて見せた。静雄が自分のこの表情を嫌悪しているのを、臨也はちゃんと知っている。
「死ね」
静雄が低く吐き捨てるのと同時に、休み時間の終わりを知らせるチャイムが鳴った。教室には恐る恐ると、臨也のクラスメイト達が戻って来る。
「気に入らないなら貰って行きなよ」
ごみ箱に埋まったチョコレートの山を指差して、臨也は嘲笑した。
「いらねえ」
静雄は不機嫌に返答し、自分の教室へと戻る。これ以上臨也の顔を見たら吐き気がしそうだった。
静雄は甘い物が好きだ。勿論チョコレートも大好きで、普段でもたまに食べている。そんな静雄でもさすがに手作りのものは気持ちが悪いし、知らない人間から何かを貰うのも確かに面倒だった。
だからと言って捨てるとは──…。
臨也の薄情さには呆れ果てる。どう言う神経をしているのだろう。血も涙もない男だ。
『好きでもない人間から』──と言うことは、好きな女からは貰う、と言うことなのだろう。臨也はしょっちゅう彼女を変えているが、最近は大人しかった気がする。片思いの相手でもいるのか。あの臨也にも?
静雄はそこまで考えて、酷く不快な気分になった。臨也のことを考えるだけで虫酸が走る。もう考えるのはやめよう。
結局静雄は一日中機嫌が悪く、チョコレートを手渡ししようと言う勇気ある女子は一人も現れなかった。そのせいか帰りの靴箱にも名無しのチョコレートがいくつも入っていて、更に増えた荷物に舌打ちする。見兼ねた教師がくれた紙袋に全て突っ込み、静雄は律儀にもそれらを全て持ち帰った。

セルティから手作りチョコを貰うんだ!、とご機嫌な足取りの新羅と別れ、静雄はコンビニに立ち寄った。
ああ、本当に今日は疲れた。手にした紙袋も重く感じて、本当なら今すぐ捨てて行きたい。
軽く溜息を吐き、静雄は飲み物と雑誌を手にする。レジに行き、それらを店員に差し出した。
「これも」
その時、スッと横から伸びてきた黒い腕。驚いて静雄が顔を上げれば臨也が隣に立っていた。
「臨也、手前…っ」
文句を言う静雄の前で、臨也が差し出した商品が会計に加算される。
臨也は静雄と目が合うと口端を吊り上げて笑い、「ごちそうさま」とさっさとそれを持ってコンビニを後にした。
「おい、臨也!」
静雄は慌てて金を払うと、店員のありがとうございましたと言う言葉に見送られ、外に出る。もう臨也はかなり先を歩いていた。
「臨也!」
走って追い付くと、臨也が煩そうに振り返る。
「なに?」
「なに?、じゃねえ。人の金で何買ってんだよ」
そんなに高い値段ではなかった筈だけど、気に入らない。静雄は眉間に思い切り皺を寄せ、不機嫌に臨也を睨みつけてやった。
「ああ、これ」
臨也が見せたのは小さなチョコレートだった。静雄はそれに驚いて目を丸くする。
「…お前、チョコ嫌いなんじゃねえの」
「甘い物は好きじゃないとは言ったけど、チョコが嫌いとは言ってないよ」
屁理屈である。
「だったら今日貰ったやつ捨てんなよ」
せめて手作り以外のだけでも食べてやればいいだろうに。静雄がそう言うと、臨也の顔が不機嫌に歪んだ。
「好きでもない人間から貰う謂れはない、って言っただろう?」
臨也は冷たく言い放ち、手にしたチョコレートの包装を破る。
「これはシズちゃんがくれた物だから、貰ってあげる」
そう言うと臨也は口角を吊り上げて、チョコレートを一口かじった。
「はあ?」
静雄はぽかんとそんな臨也を見つめる。臨也はそれに酷く楽しそうに笑うと、踵を返して歩き去ってしまった。
後に残された静雄は、唖然としたままそんな臨也の後ろ姿を見送る。頭が混乱していて、何から考えて良いのか分からなかった。
つまり…どう言うことだ?え?
かあっと自身の顔が熱くなるのが分かる。
まさか。そんなはずはない。有り得ない。
自分の行き着いた考えに羞恥を覚え、静雄は振り払うように首を振った。臨也はきっとからかっているのだろう。こんなのはいつもの嫌がらせに決まってる。本当に嫌な野郎だ。
静雄はもう考えるのをやめることにした。赤いであろう顔を押さえ、帰路を急ぐ。
今日は本当に最悪な一日だ。


(2011/02/15)
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