Active heart B


卒業して数日経つとクラスで早速飲み会なんてのがある。
正直臨也には面倒臭い付き合いだった。もう下手したら一生会わないかも知れない奴らと何故酒など飲まなくてはならないのだろう。
クラスメートであった門田に愚痴ると、一生会わないかも知れないからこそ思い出に飲むんだろ、と言われた。なるほど、確かにそうかも知れない。しかし臨也には思い出なんて要らなかったが。
すっかり温くなったビールを飲みながら、クラスメートたちの会話に適当にあわせる。低俗な話題、低脳な考え。鬱陶しい。
「隣のクラスの奴らもいるらしいぜ」
ふとそんな声が聞こえた。
隣のクラス…どっちだろう。
なんて考えているうちに、周囲が静まり返ったので分かってしまった。

「あっれー。同じとこなんて偶然だね」
間延びした声に顔を上げれば、中学の頃の同級生。
周囲が固まっているのに気付いているだろうに、全く臆していない。
つまり、新羅がいると言うことは静雄のクラスと言うことだ。
臨也のクラスメートたちはビクビクしている。こんな居酒屋で喧嘩が始まったら大惨事だろう。
逃げる準備でもしておくか、と臨也が覚悟を決めていると、当の本人がやって来た。
静雄は細い体にフィットした真っ黒なTシャツに、ブルーのジーンズといった出で立ちだった。ぱっと見はどこぞのモデルに見える彼は、チラリと戸の隙間から臨也を見るも、すたすたと歩き去ってしまった。
臨也の周囲はほーっと息を吐く。
「静雄は今酔ってるから臨也のこと分かってないかもね」
新羅は笑って、またねと言って戻っていく。
「良かったじゃねえか」
門田が言えば、
「酔ってたら仇敵がわかんないってどうなのさ」
臨也はどうやら気に入らなかったらしい。
「ちょっとトイレ」
臨也は立ち上がると静雄の後を追って行ってしまった。
門田は肩を竦める。
「トイレが半壊しても知らねえぞ、俺は」



静雄は洗面台で顔を洗っていた。冷たい水が気持ちいい。
自分は酒があまり強くない方なので気をつけていたが、つい勧められるままに飲んでしまった。
ポタポタと前髪から雫が落ちて、Tシャツを濡らしていく。酒のせいかクラリと眩暈がした。
不意に腕を引っ張られ、抱き寄せられた。
突然のことに驚いていると、トイレの個室に連れ込まれたらしい。
目の前にカチッと扉の鍵を閉める悪魔が立っていた。
「…臨也?」
「やっと認識した?」
「…何してんだよ」
「シズちゃんにキスするとこ」
臨也はそう言うと静雄の返事を待たずに唇を重ねる。
酒で酔っているせいか、静雄の口腔は熱い。
歯列を舐め、上顎にも舌を這わせ、唇を強く吸い…。臨也はたっぷりと時間をかけて口づけを深くしていく。
「…はっ、ん」
静雄は息苦しそうに顔を逸らすが、臨也はそれをも追って口づけてゆく。
「ねえ、シズちゃん。セックスしようよ。ここで」
やがて唇を離すと半ば勃起したそれに手で触れて、臨也は甘く誘う。
「死ねよ、クズが」
静雄は唇を手の甲で拭いながら、きつい眼差しで臨也を見下ろす。
「酷いなぁ。そんな上気した顔で言われたら誘ってるようにも見えるけど?」
臨也がそれを言い終わらないうちに、拳が飛んできた。
それを咄嗟に避けると、トイレの扉に衝撃と共に穴が開く。
「シズちゃんってホント乱暴だよね」
鍵を開けて個室から逃げ出しながら、臨也は笑う。「キスしてる時は可愛いのにさ」
「黙れ」
と言うのと同時に再び拳が繰り出される。今度は壁に穴が開いた。
「もうやめろ」
声がした方を見れば、門田が入口に立っていた。「酒を楽しんでる奴らに迷惑かけんじゃねえよ」
「ドタチンかっこいーね」
臨也は口笛を吹いて手を叩く。
静雄の方は舌打ちをすると、門田には何も言わず、横を通り抜けてトイレを出て行った。
「こう言う場くらい静かに出来ないのかよ」
「それはシズちゃんに言いなよ。破壊してるのはあいつだろ」
「煽ってるのはお前だろうが」
門田はため息を吐いて廊下に視線を移す。静雄は部屋には戻らず帰ることにしたらしい。出口の方へ歩いて行く所だった。
「前から聞きたかったんだが」
「なんだい」
「なんでそこまで静雄に構うんだ?嫌いなら無視すればいいだろ?」
門田は静雄の後ろ姿が見えなくなると、臨也へと視線を戻した。
「愚問だなぁ」
臨也は笑って、門田の横を通り抜ける。視線は静雄が立ち去った方を見て。
「愛してるからだよ」
そう言い残し、臨也も出口へ歩いて行った。
追いかけるつもりなのか、とは門田は聞かない。
部屋に戻ると、そっと小さく窓を開けてみた。こちらからの窓は居酒屋の裏側だ。
路地裏に、金髪の青年と黒髪の青年が一定の距離を開けて立っているのが見える。何か言い争いをしているようだ。
少しずつ、二人の距離が縮まっていく。黒髪の青年によって。
とうとう側にまで来ると、臨也は静雄の頭に片手を回し、明らかに口づけと見える行為をした。
ひょっとしたら門田の見間違いかも知れない。それでもそれは恋人達のそれに見えた。静雄の腕が臨也の背中に回される。
「…覗きは趣味じゃねえや」
門田は苦笑して窓を閉めた。
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