青春謳歌 「あ、臨也だ」 新羅が発した単語に、静雄は顔を上げた。 新羅と静雄がいる階段の踊り場の窓から、一階の渡り廊下にいる臨也と見慣れない女子生徒が見える。 「告られ中かな?青春だねえ」 「趣味わりぃ」 静雄は悪態をついて目を逸らす。 「どうせフラれる相手の女の子に同情しちゃうね。あ、ほら」 新羅の声に再び目を向ければ、臨也が女生徒に殴りかけられ、それを避けているところだった。 「…殴られてやればいいのに」 「どうでもいい」 静雄は興味を失ったように背を向けた。 後ろから待ってよ!、と新羅が続く。 「あんなの好きになる女の気がしれねぇな」 「全く同意見だね。まあ外見だけはいいからなぁ」 確かに見た目は眉目秀麗だし、表面だけは愛想が良い。 「臨也は遊ぶ女の子とかいっぱいいそうだよね」 「……」 「だから特定の彼女とか作らないのかも」 「新羅」 「はい」 「黙れ」 「…はい」 静雄は苛々していた。 それは臨也の話題だからかも知れないし、先程の光景のせいかも知れない。 自分はあの男を見掛けたり話題になったりしてもムカつくくらい嫌いなんだな、と妙に感心する。 「静雄はさぁ、好きな子とかいないの?」 「いない」 「うわ、即答だね」 新羅は肩を竦める。「じゃあ何でいつも告白断ってるの」 「興味ねぇ」 「ええええ。不健全だよ!有り得ないっ」 「不健全の塊の手前に不健全って言われるとムカつくんだけど…」 「付き合ってみれば好きになるかも知れないよ?」 まあ僕はセルティ一筋だけど! うっとりと自分の世界に浸る新羅を静雄は冷たい目で見ながら、 「じゃあ今度言われたら付き合ってみるか」 と言う。 「ええっ」 「何だよ、手前が言ったんだぞ」 「そうだけどさ…」 新羅が思い浮かべたのは先程告白されていた友人。 …僕のせいで静雄に彼女が出来たりなんかしたら…殺されそう。 「うん。新羅の命はないね」 不意に横から腕が伸びて、新羅の肩に回される。 静雄はその人物を見、眉間に皺を寄せた。 「シズちゃん、せっかくの男前が台なしだよ」 「うるせえ。手前の顔を見たからだ」 臨也は静雄の言葉に肩を竦めつつ、新羅の方に笑顔を向けた。 「新羅、覚えてなよ」 「ひぃ」 二人のやり取りに静雄は意味が分からず怪訝な表情を浮かべるが、直ぐに興味を失ったように歩き始めた。 「ああ。じゃあこうしよう」 臨也が歌うように言葉を続ける。「俺が言っちゃえば良いんだ」 静雄の前に回り込むと、にっこりと微笑んだ。 眉目秀麗な男が妖艶に微笑む姿は大抵の人間がうっとりするだろう。が、生憎と目の前の金髪の男には通じない。 「何をだよ」 不機嫌を顕わにして、静雄は目の前の男を睨む。 「好きです。付き合って下さい」 臨也はその睨みをものともせずに、まるで挨拶をするように自然に告げた。 後ろですっかり二人の世界から切り離されたような新羅は、ぴきっと体を硬直させる。 静雄は臨也を睨みつけたまま、微動だにしない。 「シズちゃんさっき言ってたよねえ?次言われたら付き合うって」 臨也は笑みを崩さない。 「手前みたいにふざけて告る奴なんて御免だ」 静雄はにべもなく言うと視線を逸らす。面倒臭いな、と心底ウンザリしていた。 「ふざけてなんかないけど?」 臨也は心外だ、と言うように芝居がかった態度で両腕を広げた。「じゃあもう一度言うよ。ちゃんと聞いてね」 「もういい。これ以上ふざけ――、」 「シズちゃん」 制止しようとした静雄の言葉を、臨也は遮る。 静雄はその凜とした声に思わず視線を向けた。 臨也の真摯な目とぶつかる。 「好きだよ。俺と付き合って」 声色は真剣だった。表情にもいつもの笑みはない。 「――…、」 静雄はそんな臨也の態度に少したじろいだ。 静雄は勘が鋭い。目の前の青年が嘘を言っているのか真実か、直感で理解する。 制止した二人の後ろで、新羅は目の前の光景に祈るしかなかった。 静雄が怒り出して廊下が破壊されませんように!願わくは臨也の恋が成就しますように! チラリと視線を硬直したままの静雄に向けると、耳まで真っ赤になった後ろ姿が目に入った。 「し、静雄…?」 思わず新羅が声をかけると、静雄は真っ赤な顔を片手で隠して明らかに動揺している。 臨也はそんな静雄に少し驚いた顔をしていたが、直ぐににっこりと微笑みを浮かべた。 「――…っ」 静雄はくるりと臨也に背を向けると、突然走り出す。 「え、あ?ちょっ…、」 新羅が引き止めるのも聞かず、静雄はあっという間に長い廊下を走り去ってしまった。 「ええええ…」 「逃げられちゃった」 端から追い掛ける気などなかった臨也は、いつもの笑みを浮かべて肩を竦める。 「かなり照れてたね、静雄」 「脈有りかなぁ」 「どうだろう?」 「これで当分は俺の事が頭から離れないだろうねぇ」 くくく、と喉奥で笑い声を漏らしながら、臨也はさも楽しげだ。 「静雄をからかったの?」 臨也の人の悪さは知っているが、先程のアレは新羅の目から見ても――。 「さあね」 臨也は口端を吊り上げ、はぐらかす。「シズちゃんは俺が好きなんて言っても、なかなか信じないだろうけど」 「それは君の普段の行いのせいじゃないか」 新羅は内心苦笑した。 好きな子を虐める小学生みたいだよ、ホントにもう。 「んー、…うん。やっぱり返事を聞きに行くことにしよう。そうしよう」 臨也はじゃあね、と新羅に手を振って長い廊下を走り出す。 もう大分静雄は遠くに行ってしまっただろうけど。 「追っ掛けっこもいつもの立場が逆だね。まあお幸せに」 新羅は肩を竦めて友人を見送ると、あとは家で待っている愛しの人の事だけを思い家路についた。 (2010/07/14) ×
|