ペアルック 臨也は顔につけられた傷に心底相手を呪いたくなった。 自身が標準より美形と言われる部類なのは自覚していたし、この顔は色々な時と場合で有利に働いた。そう、色々な時で。 そんな大事な顔に傷でも残ったらどうしてくれよう。 臨也は決してナルシストではないし自分の顔は別段気に入ってはいない。 どちらかと言うと今目の前に居る金の髪に色素が薄い瞳を宿した男の顔の方がタイプだった。 不意に以前あの寿司屋の外人に、この男にコンプレックスがあるんじゃないかと言われたことを思い出すが、今は頭の隅に追いやる。 しかし随分な失態だ。 傷つけられた原因は自身のナイフだったし、目の前の男は刃物なんて使わない。もっと野蛮で原始的な戦闘スタイルだ。 つまりは自分がナイフを持ち出さなければこんな目に遭っていないわけだが、素手で敵う相手でもなく、ないよりはマシと言うレベルの話しになる。 何て言ったって平和島静雄にはナイフは効かないわけだから。 もし彼が刃物が有効な肉体ならばとっくに殺せてるし、あの罪歌の子供にでもなっているはずだ。 燃え滾るような眼差しでサングラスの奥からこちらを睨んで来る男は軽々と道路標識を片手で引き抜いた。 明確な殺意。揺るぎない憎悪。 普段はその名の通り大人しいこの男を、怒りでこんな風にしたのは自分だ。 そのことに少しの歓喜と優越感が沸き上がるが、取り合えず今は逃げないとヤバいと本能が告げている。 標識が真っ直ぐに自分に振り下ろされるのをすんでに避けて、地面に転がったナイフを掴んだ。 標識が無残にもビルに突き刺さり、老朽化した壁からパラパラとコンクリートの破片が飛び散る。 相手より小柄のせいかスピードは上なので(じゃなきゃとっくにこっちが死んでる)背後に回り込む事に成功した。 はっとした相手が振り向く瞬間を狙って、相手の顔にナイフを振りかざす。同じ箇所に一線に鋭い切り込みを入れてやる。 真っ赤な血が飛び散った。 「これでお揃いだねぇ、シズちゃん」 臨也は声を出して笑って、静雄の血がついたナイフを嘗めてみせた。 「…手前はホントに趣味悪いな」 静雄は嫌悪に顔を歪めながら、手の甲で血を拭う。 「シズちゃんの血、不味い」 言葉とは裏腹に、臨也は恍惚とした表情でナイフを舐める。一欠けらの血も逃さないように、丹念に。 静雄はギリギリと奥歯を噛み締め、まだ掴んだままの標識を握り締める。ミシッと棒が凹んだ。 遠くでパトカーのサイレンが鳴り響き、臨也は顔を上げる。 「残念だけど、続きはまた今度だね」 「もう来んな」 静雄は怒りを無理矢理押さえ込んで標識を落とした。 ガタンと重い音がする。 まだ顔から流れ続ける血を拭って、ポケットから煙草を取り出した。 「シズちゃん知ってる?豊島区は歩き煙草禁止なんだよ」 「うるせえ。さっさと新宿に帰れ」 「また来るよ。シズちゃんに会いにね」 その言葉に眉間に皺を寄せて顔を上げれば、臨也の姿はもうない。 「二度と来んな。クソ野郎」 静雄は忌ま忌ましげにそう呟くと、煙草に火をつけた。 ×
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