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サイケと津軽は臨也が作り出したアンドロイドだ。
正確には容姿と性格をプログラミングしただけで、工学的な事は分かっていない。さすがにボディを作るのは臨也でも無理だった。臨也がしたのは市販されているアンドロイドを使って、人格をインストールをしただけ。
容姿を自分と天敵の姿にしたのは気紛れだった。化け物みたいな天敵の姿をした人形が、素直に動く様を見たかっただけかも知れない。
幸か不幸か二体の性格はオリジナルより素直で、プログラミングした臨也でさえも少し戸惑うくらいだ。
特に天敵の姿をした津軽に「臨也」と優しく呼ばれると困惑してしまう。声まで同じだったから。
臨也、臨也、いざや。
津軽は優しく呼んで笑う。
臨也は天敵がこのように自分に笑いかける姿など見たことがない。いつも怒りと憎悪に溢れた顔しか。
「臨也、どうしていつもそんな顔で津軽を見るの」
サイケは首を傾げる。
そんな顔?と聞き返すと、「何だか悲しそうな顔」と言われた。
サイケや津軽は臨也以外の人間を見たことがない。だからきっと人の表情を読むのが二体は下手なのだろう。自分が悲しそう顔をしているだなんて、臨也は有り得ないと思っていたから。
試しに誰かに逢わせてみようと、旧友を呼んでみた。
珍しく新宿まで出向いた旧友は眼鏡を何度もかけ直し、目をパチクリとさせて二体を見る。
これ、静雄に知られたら殺されるよ。と笑われた。
「「静雄?」」
サイケと津軽が首を傾げる。それに対して、僕たちの友達だよ、と旧友は笑った。高校の同級生だったんだ。臨也の一番近くて遠い存在さ、とも。
こんな旧友とのお喋りのせいで、サイケと津軽に余計な知識がついてしまった。
臨也は少し後悔する。
しずお、とサイケが口にする。自分と同じ声で。
臨也はあの天敵を名前で呼んだことなどないのに。
静雄、静雄、しずお。
サイケは優しく呼んで笑う。
自分があれの名前を呼んだらこう聞こえるのか。
臨也は不思議な感覚に陥った。呼ぶことなど一生ないだろうから。
サイケと津軽は仲が良くもなく悪くもなく。口喧嘩もしなければ、殴り合いもすることはない。オリジナルと違って。
当たり前だ。誰か他者と争うなど、プログラムに含まれていない。二体は人間の形をしていても、人間ではないのだ。
次は試しに助手の女に会わせて見た。波江は二体を見て心底呆れ、これを平和島静雄が知ったらあなた殺されるわよ、と旧友と同じ事を言った。
「静雄。新羅が言ってた人だ」
「臨也と新羅の友達だ」
サイケと津軽は互いを見合い、うんうんと頷き合う。
波江はそれに鼻で笑い、友達?と臨也を冷たく見る。良く言うわ、あなたの片思いの相手でしょう。
「片思い…?」
「好きな人?」
アンドロイド達は仲良く同じ方向に首を傾げた。
サイケと津軽が信じるからやめてくれないかな、と臨也は頭を抱える。波江が言う片思いは恐らく意味合いが違うだろうが。多分。
二体は片思いという単語に大変興味を覚えたようだ。片思いってどんな感じ?恋愛ってどういうこと?とひっきりなしに聞いてくる。
臨也は容姿からそれなりにモテたもののまともな恋愛などしたことはない。臨也の愛は人類全てに注がれていて、誰か一人に注がれた事はないのだから。
だから聞かれても答えられず、適当に本や映像で得た知識を言う。恋愛と言うのは切なくて悲しいものだよ、と。
切ないの?悲しいの?恋愛は嫌なものなの?
サイケと津軽は頷く。頭の中の媒体に、データをセーブしているのだろう。臨也には計り知る事は出来ない。
旧友も助手も会わせたのは失敗だったな、と臨也は思う。変な知識ばかりついてしまった。特に天敵に関する事は不必要だったのに。
サイケと津軽は「会いたい」と言う。静雄に会いたい。会ってみたい。と。
どうして臨也はそんな悲しい顔をするの。
今日も自分と天敵と同じ顔をして、彼等は疑問繰り返すのだ。




旧友の闇医者から話を聞いて、静雄は天敵の性格にウンザリとした。
これは一発殴らねば気が済まないと、新宿まで出向く。マンションのエントランスで偶然にも天敵の助手に会った。ちょうど帰宅するところだったらしい。
彼女は静雄を一目見て理解したらしく、あっさりと扉を開けてくれた。さすがの静雄もマンションのセキュリティは破れないので有り難い。
本人は出掛けてるわ、と言い残して助手の女は去って行く。一応破壊活動はしないようにと釘を刺された。開けてくれたのだから静雄は素直に頷く。本人がいないのなら怒りに狂うこともないだろう。
中に入るなり、それに会った。天敵と同じ顔の存在と、自分と同じ顔の存在。二体はキョトンとした顔で静雄を見詰めている。静雄はそれに暫く思考が停止し、体が動かなかった。
「津軽と同じ顔」
サイケ、と呼ばれる方が静雄を指差す。
津軽、と呼ばれる方は首を僅かに傾げる。こうして見ると幽に似ている、と静雄は一瞬思った。
「「だれ?」」
二体は同じ仕草で聞いてくる。静雄はどうしていいか分からず、取り敢えず素直に名乗った。
「静雄」
「新羅が言ってた」
「臨也と新羅の友達」
「静雄」
頷き合う二体に、友達じゃねえしと静雄は否定する。腐れ縁とも言える付き合いは八年余りにもなるが、友達だったことなど一度もない。
「静雄」と天敵と同じ顔の存在が呼ぶのに、違和感を覚える。あの男はこんな風に自分を呼んだりしない。腹が立つ呼び名で、腹が立つ笑みを浮かべて呼ぶ。こんな風に、名前を呼んだりしない。穏やかな顔で。
静雄は目を逸らした。見たくなかった、こんなのは。軽はずみにここへ来た事を後悔する。
「ねえ、静雄。片思いってどういうもの?」
「恋愛は嫌なもの?」
二体はそんなことを聞いてくる。およそ恋愛とは無縁だった静雄にとって、良く分からない質問だった。
切なくて嬉しいものだ、と答えてやる。多分、きっとこういうものだから。
サイケと津軽は不思議な顔をする。
「悲しくて嫌なものじゃないの?」
「臨也はそう言ったよ」
これに静雄は何て答えて良いのか悩んだ。アンドロイド…人形相手に自分は何をやっているのだろうと思いながら。
人によるのだ、と答えた。人によって感じ方が違うのだ、と。
「臨也にとっては嫌なものだってこと?」
そう問われて、静雄がまた口ごもる。臨也の恋愛観なんて、静雄が分かるわけもない。




「シズちゃん」

天敵の声がした。




静雄はゆっくりと振り返る。振り返ると案の定、臨也が入口に立っていた。真っ黒なコート姿で。
「何でここに?…波江さんか」
臨也は助手を思い出して苦笑する。それ以外考えられないからだ。
静雄はサイケと津軽に挟まれて、不機嫌に臨也を見ていた。いつも臨也に見せる表情。
「手前が変なもんを作ったって新羅に聞いて」
「ははっ、新羅はお喋りだなあ」
助手と言い、旧友と言い、自分は知り合いに恵まれていないらしい。
「同じ顔にしたのは気まぐれだよ。その子はシズちゃんとは似ても似つかない性格だしね」
口角を吊り上げて臨也は言う。津軽を見遣りながら。化け物みたいな力もないよ、と揶揄をして。
「それを言ったらこいつも手前と大分違うようじゃねえか」
静雄はサイケを指差した。指差されたサイケはキョトンとしている。
「臨也と静雄は友達でしょ?」
「喧嘩してるの?」
サイケと津軽が悲しそうな顔をするのに、静雄は黙り込んだ。自分と天敵の顔をしていても、こういうのには弱いらしい。臨也はそれに思わず笑う。
「俺とシズちゃんが友達だったことなんて一度もないよ」
臨也の言葉に、サイケと津軽は首を傾げる。
「臨也の片思い?」
「好きなひとと喧嘩するの?」
妙なことを聞いてくる存在に、臨也はちっと軽く舌打ちをした。
「手前変なこと吹き込むなよ」
静雄はウンザリして臨也を睨む。同じ顔をした存在が可愛らしい言葉を紡ぐのが静雄には気持ち悪い。臨也は良く平気だなと思う。やはりこの男は自分には理解できない。
臨也は静雄の睨みに溜息を吐いた。自分のせいではない、新羅や波江が悪いのだと説明したところで何もならない。静雄は何を言っても自分のせいにするに決まっているのだ。
ふと臨也は悪戯心がもたげ、口端を吊り上げる。
「俺がシズちゃんが好きだって言ったらどうするの?」
「は?」
臨也の言葉に静雄は一瞬意味が分からない、と言った顔をした。キョトンとした顔は津軽と同じで可愛らしいのだな、と臨也は思う。
「本当はシズちゃんが好きだから、同じ顔のこの子を作ったんだよ」
同じ顔、同じ声。そんな存在を傍に置いておきたかったから。
「津軽は俺のだよ。臨也にだってあげないよ」
臨也と同じ顔、同じ声で、サイケは津軽に抱き着く。津軽は赤くなってサイケを抱き返していた。静雄と同じ顔をして。
臨也はそんな二体を綺麗に無視して静雄をじっと見詰めていた。
静雄もサイケと津軽は目に入っておらず、ただ臨也だけを見返している。
やがて目を逸らしたのは静雄が先だった。
「…帰る」
静雄はそう一言残し、すたすたと部屋を出て行く。臨也はそれを引き止めず、何も言わなかった。
パタン。と扉が閉まる音がする。
抱き合ったままのサイケと津軽が、臨也を不思議そうな顔で見ている。
「臨也…?」
「顔、赤い…」
二体が目を丸くして見詰めて来るのに、臨也は思わず手の平で顔を押さえた。
「静雄も真っ赤だった」
「静雄も赤かったよね」
サイケと津軽はうんうんと頷き合う。
臨也はそれをまた無視して舌打ちをした。顔を隠したまま。
何だあれ…。
あの顔は。
臨也の言葉に、静雄の顔は真っ赤になっていた。八年もの腐れ縁で、あんな顔を見たのは勿論初めてだ。
「何なんだよ…」
ああ、くそ。馬鹿な事を言うのではなかった。
臨也は後悔する。
同じ顔の存在に、傍にいて欲しかったなんて。
お陰で気付いてしまった。あの言葉は本心だと。
「ああ、もう…っとに何なんだ」
臨也は顔を赤くしたまま部屋を出て行く。
後に残された二つのアンドロイドは抱き合ったまま互いを見て首を傾げた。
「片思い?」
「両思い…?」
「そうだね」
「俺達と同じだね!」
サイケはそう言って更に津軽に強く抱き着く。
「早く臨也と静雄も抱き合えばいいのに」
「そうだね」
津軽はそれに幸せそうに笑って抱き返した。


(2010/09/25)
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