たくさんの好きと、たくさんの愛を、きみに 公園のベンチですやすやと眠る金髪の青年を、臨也は見下ろしていた。 赤く上気した顔、はだけたシャツ、薄く開いた唇。寝息の度に金の髪がふわりと揺れる。 顔を近づけると微かに酒臭い。どうやら酔っ払って寝てしまったのだろう。無用心なことだ。襲われでもしたらどうするのか。最もいくら寝ているとは言え、この平和島静雄に手を出す輩などこの池袋にはいるとは思えなかったが。 「シズちゃんはお酒弱いからねえ」 はは、と一人で笑い、臨也は静雄の頬に触れる。頬は見た目に反して冷たかった。このままだと風邪をひくかも知れない。 公園には珍しく殆ど人が居なかった。平日とは言え夜ともなるとカップルぐらい居るのが普通なのに。ひょっとしたら静雄が寝ているせいかも知れない。触らぬ神に祟りなしと言うわけだ。 臨也は静雄のポケットをまさぐり、Zippoと煙草を取り出した。箱から一本だけ拝借して口に銜える。先端に火をつけて煙を吸い込むと、メンソールの香りが口腔に広がった。 煙草何て久し振りだ。 最後に吸ったのはいつだったろう。高校の時の記憶が蘇る。青い空、誰も居ない屋上、金髪の青年。 臨也が吸っているのを見て、煙草を吸う奴は屑だ。なんて昔は言っていたのに。今じゃ自分がヘビースモーカーだ。 臨也はまだ大分残った煙草を地面に落とし、靴底で踏み消す。残念ながら、今の臨也にはちっとも美味くなかった。害でしかない。 さてどうしようか。 眠る静雄を前に、色々楽しい考えが浮かぶ。取り敢えずは場所を変えた方が良いだろう。池袋は目立つ。 臨也は静雄の体を引っ張り上げた。普段は華奢で軽い身体も、眠っていると重く感じる。 「シズちゃん」 パシパシと軽く頬を叩く。起きる気配は全くない。 それに安心すると、腕を担いで引きずるように歩き出した。 新宿のマンションに着くと、臨也は静雄の体をソファーに横たえた。静雄は未だに起きる気配がない。 いつものきつい眼差しはなく、可愛らしい寝顔。睫毛は長く、唇はピンクだ。 寝顔を最後に見たのも高校時代だったろうか。臨也は考える。自分の中の平和島静雄の記憶は、高校時代で止まっているらしい。その事実に少なからず驚いた。池袋の町で、追いかけっこしかしていないのだから、記憶の上書きがないのは当然かも知れない。 「ん…」 静雄が身動ぎするのに、臨也は思考を中断する。色素の薄い睫毛が震えた。覚醒が近いのだろう。 「…幽…?」 ぼんやりと目を何度かしばたたかせ、静雄は臨也を見た。その呼び名に、臨也はぴたりと動きを止める。 本人は寝惚けていただけのようで、またすやすやと寝入ってしまった。 「……」 選りに選って弟と間違えるとは。臨也の眉間に皺が寄った。実に不愉快だ。 臨也は静雄の体を抱え上げると、部屋から出る。浴室の扉を肩で開き、お湯が張ったバスタブにそのまま静雄を放り込んだ。 水しぶきが上がり、水滴が臨也までも飛んで来る。それを無表情に見て、臨也は唇を歪めた。 「…っ?」 さすがに静雄は起きたらしく、びしょ濡れになって身を起こす。その顔は事態を把握できていないようだ。驚きで目を丸くしていた。 「酔いが冷めたかな、シズちゃん」 バスタブの傍らに立って、臨也は静雄を見下ろす。静雄は呆然と臨也を見上げていたが、直ぐにその目は怒りで変わった。 「手前、何しやがる!」 「酔っ払って寝ているのを起こしてあげたんだよ。俺って優しいよねえ?」 臨也が冷たい目で見下ろして来るのに、静雄はきつく睨みつける。弟から貰った衣服はびしょ濡れだ。金の髪からはぽたぽたと水が落ちた。 「つうか、ここどこだよ」 「俺のマンション。新宿だよ」 「はあ?」 静雄が素っ頓狂な声を上げる。濡れた前髪を鬱陶しそうにかき上げた。 「手前、わざわざ新宿連れてきて風呂に落とすのが趣味なのか。どんだけ悪趣味なんだよ」 「だってシズちゃん起きないからさ。挙げ句、俺のこと見て弟くんの名前呼ぶし」 それが気に入らなかったから、と臨也は口許を吊り上げて笑う。 「弟を呼ぶ寝言だけで俺はお湯に放り投げられたのかよ」 ちっと盛大な舌打ちをして睨みつけて来る静雄に、臨也はそう言うことだねと肩を竦めた。 「帰る」 ザパンと水音をさせて静雄が立ち上がる。衣服が水を吸って重い。 「その格好で帰るの」 「臨也」 静雄は不意に臨也の腕を引っ張ると抱き寄せた。驚く臨也をそのままバスタブに押し込める。 「ちょ、」 臨也の真っ黒なコートがお湯を吸ってぐちょぐちょだ。 「これでお相子だろ」 ずぶ濡れになった臨也を見て、静雄は歯を見せて笑う。 臨也はそれに溜息を吐くと、思わず額を手で押さえた。気に入っていたコートだったのに…油断した。 「全く…シズちゃんには本当にウンザリだ」 「そりゃあこっちの台詞だっての」 静雄は臨也を残してバスタブから出ようとする。それを引き止めて、臨也はシャワーのコックを捻った。 「おい」 「せっかくだから洗ってあげるよ」 手にシャンプーを垂らし、静雄が逃げる前に髪を泡立てる。泡が目に入りそうになって、静雄は慌てて目を閉じた。 「シズちゃんが抵抗しないなんて、まだ酔ってるのかな?」 臨也が低く笑い声を上げるのが浴室に響く。シャワーの白い湯気が空間を満たした。 「こんなんじゃ帰れねえだろうが」 半ば諦めたように静雄は言う。 「大体、服を着たまま風呂なんて初めてだぞ」 「勿論俺もだよ」 臨也は笑って静雄の頭を洗い流してゆく。ついでにトリートメントでもしてやろうかと思ったが、嫌がりそうなのでやめておいた。 臨也が静雄の髪を洗い流す間、暫く沈黙が落ちる。 何をやっているのだろう、自分達は。いつも殺し合いにも似た喧嘩ばかりの癖に、今のこの状況は酷く滑稽に思える。恐らくお互いがそう思っていることも二人には分かっていた。 臨也は洗い終わると、出しっぱなしのシャワーをバスタブに沈める。そのまま静雄に向き直り、ゆっくりと衣服のボタンを外して行った。 「おい…」 静雄は驚いて臨也のその手を掴んだ。 「なに?」 「脱がす気かよ」 「脱がさないと体が洗えない」 至極まともな事を言う。 「いや、そもそも洗う必要ねえだろ」 「俺がシズちゃんを洗いたい」 「…手前の方が酔ってるんじゃねえの…」 臨也の言葉に、静雄の言葉の語尾が弱まった。仮にも犬猿の仲と呼ばれる天敵を、洗いたいとはどういうことだろう。 臨也はそれには答えずに、水を吸って重くなったコートを脱いだ。お湯に半身を沈め、膝の上に静雄を抱え直す。男二人の重さで、バスタブからはお湯が溢れ出た。 「臨也」 「黙って」 咎めるみたいな静雄の言葉を撥ね付け、臨也は静雄のベストを脱がせてしまう。残った白いワイシャツは透けて、ピンク色の乳首が見え隠れしていた。 「…ちょっとエロいね、この光景」 「何言ってんだ、馬鹿」 静雄は僅かに赤くなって臨也を殴ろうとする。臨也はその手を掴んで更に身を引き寄せた。 驚く静雄に、臨也はそのまま唇を重ねる。開きかけた唇に舌を差し入れると、びくっと静雄の体が震えた。 逃げ腰になるのを押さえ込んで、深く口づけを強くしてゆく。歯列を舐めて、歯茎にも舌を這わせた。臨也の柔らかな舌が静雄の口腔を犯す。飲みきれなかった唾液が顎を濡らしたが、お湯のせいで流れて行く。 臨也はキスをしながら、静雄のワイシャツのボタンを外した。水で肌に張り付いたそれは脱がせ辛く、前をはだけるだけにする。 臨也の唇が離れると、静雄は赤くなって唇を押さえた。潤んだ目できつく臨也を睨みつける。 「シズちゃんって意外に可愛いね」 そう言う臨也の声は掠れてる。その赤い目からは情欲が伝わってきて、静雄は文句も言えずに目を伏せた。 臨也の手がバスタブの湯の中に入り、静雄のベルトに手をかける。 「臨也…っ、」 「抱かせてよ」 シュルシュルとベルトを抜かれた。臨也は赤い双眸でじっと静雄を見ている。 「俺は女じゃねえ」 その目を睨み返すものの、静雄は臨也の手を止めなかった。臨也の手が下着の上から撫ぜるのに、軽く唇を噛む。 「分かってるよ、そんなこと」 噛んだままの静雄の唇に再び口づけながら、臨也は静雄の性器を掴んだ。お湯で温かいせいか、膨らみは柔らかい。 静雄が唇を重ねたまま抗議の声を上げるが、臨也は動きをやめなかった。口づけも更に深くする。舌を絡め、きつく吸いつくと、静雄の性器がもたげるのが伝わってきた。気持ちが良いのだろう。 バスタブの縁を掴む静雄の手を、臨也は自身の背中に回してやる。怖ず怖ずと背中の衣服を掴むのが可愛らしい。 足を上げさせ、ずぶ濡れのスラックスを下着ごと脱がせると真っ赤になって首を振った。臨也は静雄をそのままバスタブに立たせ、あらわになった性器を口に含む。 口を窄めて、舌でレロレロと先端を嘗める。青い筋が浮かぶのを、舌でなぞってやった。括れの部分を舌を丸めて突っつき、尿道の入口を刺激する。 口に含んだまま静雄の顔を見上げれば、目が合った。 かあっと静雄の顔が赤くなる。自分の性器を口に含む男の顔を見るなど、さぞ恥ずかしいだろう。 臨也は笑って更にきつく嘗めて行く。先端からはカウパーが溢れ、独特の味がした。そのまま口で弄びながら、後ろの穴へと手を伸ばす。まだきつく締まったその箇所に指の腹を這わせた。びくっと静雄の内股がひくつく。 「臨也、」 「駄目だ」 「…名前呼んだだけだろ」 ちっと静雄は舌打ちをした。ぐいっと臨也の肩を押しやろうとするが、その腕には力は入ってなかった。 静雄の白い太股を片方抱え、あらわになったそこに舌を這わせる。皺を広げ、嘗め取るようにして、たっぷりと唾液を塗り付けた。何かを受け入れたことなどないであろうその箇所が、ぴくりと動いたのが分かった。 「痛い?」 臨也が上目遣いに聞いてくる。 「痛いって言ったらやめんのか?」 「いや」 「じゃあ聞くな、死ね」 静雄の悪態に、臨也は声を出して笑う。目は潤んでいるが、いつもの静雄だ。こうでなくてはつまらない。 丁寧に時間をかけて嘗めて解していくと、指がやっと一本入るようになった。痛さの為か不快感からか、性器はもう萎れている。 それを再び口に含みながら、指の本数を増やして行った。お湯のせいか、何か潤滑油でも出ているのか、じゅぽじゅぽと音がする。 静雄は唇を噛んでずっと不快感に堪えていた。体勢的にもきついのだろう。 臨也は優しく静雄に口づけをし、バスタブの栓を抜く。溜まっていたお湯が勢いよく流れて行き、空になったバスタブに静雄を座らせた。 「足、上げて」 「…入れんのかよ」 「そう」 臨也は笑ってジッパーを下げる。もうすっかり勃ち上がったそれを見て、静雄は怯えた顔をした。 「痛くしないからさ」 ちゅ、と静雄に口づけて臨也は優しく髪を梳く。ぽたぽたと毛先から雫が落ちた。 腕を自身の背中へと回してやると、静雄がぎゅっとしがみついて来る。酷くそれが可愛らしい。 静雄の性器を手で擦りながら、臨也はゆっくりと狭まったそこに先端を宛てがった。 「っ、」 静雄のしがみつく腕に力が入る。眉間に皺が寄り、臨也の肩口に額を押し付けた。 ミシミシと音がしそうなくらい狭いそこに押し入ると、気を抜くと持って行かれそうになる。臨也は静雄の耳たぶを甘噛みし、ゆっくりと静雄が慣れるのを待った。 「…大丈夫?」 「…気持ち悪い。抜け…」「無理」 臨也が腰を動かすと、静雄の口からはひぃっと息を吸うみたいな音がする。 「動くよ」 もう動いてるくせに、臨也は笑って更に穿つ。本当に意地の悪い奴だ。生理的な涙が目尻に浮かび、静雄は顔を伏せる。 「いざ、や…」 「…なに?」 臨也の声は珍しく余裕がない。静雄はそれに少しだけ溜飲が下がるが、今はそれよりも。 「痛くしないって言った…だろ」 この嘘つきが。 静雄のこの悪態に、臨也は声を上げて笑った。 「直ぐに気持ち良くなるよ」 「ならねえよ」 「信じなよ。…俺、上手いからさ」 くっくっく、と尚も臨也は笑う。顔を寄せ、静雄の目尻に浮かぶ涙を嘗め取ってやった。涙は少ししょっぱい。 静雄はそれにウンザリと舌打ちをつくと、諦めたように臨也の首に腕を回した。 続 (2010/09/14) ×
|