HEAVEN'S DRIVE 2 乱暴にティッシュで精液を拭い、静雄は溜息を吐いた。 気持ち悪さを我慢して、下着とスラックスを身につける。ワイシャツは羽織るだけだ。ボタンも全て剥ぎ取られているし、もう使い物にはならないだろう。 ティッシュを丸めてそこら辺に放り投げ、静雄は臨也の方へ視線を送る。 臨也は何事もなかったかののように、黙って空を見上げていた。 「なあ、」 「なんだい」 「なんでこんなことするんだよ」 静雄の問いに臨也は口端を吊り上げて笑う。赤い目を細めて揶揄するように。 「シズちゃんはなんで抱かれたの」 「……」 「同じことだよ」 理由などない、と言うことか。静雄は舌打ちをして目を逸らした。 「殺したい相手を犯すとか、手前もかなり酔狂だよな」 「セックスでシズちゃんが死ねばいいのにね」 あははっ、と臨也は高い笑い声を出す。そしたら何度も何度も犯してあげるのに。 「そんなに俺を殺したいのかよ」 静雄はうんざりしたように言い、身支度を整えて立ち上がった。 「殺したい。死んで欲しい」 即座に臨也は答えてくる。 「理由は?」 こう問うと、臨也は驚いたようだった。僅かに赤い目を開く。 「理由なんて必要なの?」 直ぐに表情はいつものそれに戻り、からかいを含んだ声に笑われる。 「理由なく殺されたら堪んねえだろ」 「じゃあシズちゃんは何で俺を殺したいのさ」 「気に入らねえから」 「…言うと思った」 静雄の答えに、臨也はまた高い笑い声を上げた。本当に良く笑う奴だ。何が面白いのだろう。 「そうだなぁ。強いて言えば、シズちゃんが俺の思い通りにならないから。かな」 臨也がそう言うのに、なんじゃそりゃと静雄は悪態をつく。しかしその赤い目は真摯で、静雄は臨也が本気なのだと知る。 「でもシズちゃんはなかなか死にそうにない。なんでそんなに俺を苦しめるんだろうね。俺は憎くて堪らない、君と言う存在が」 「知るかよ」 静雄は吐き捨てるように言い、ポケットから煙草を取り出した。一本口に銜えて、Zippoで先端に火をつける。屋上は少し風が強く、炎が揺れた。 指の間に煙草を挟み、ふうっと深く煙を吐く。一連の動作は酷くこの男に似合っている。白い煙が風で掻き消された。 「シズちゃん、ここは自殺者が多いビルなんだよ」 臨也は淡々と言い、所々赤茶色に錆び付いた手摺りから、下を覗き込む。 「だから何だよ」 静雄は煙草を吸いながら携帯を見た。受信メールが親友から一件来ていた。 「シズちゃんでもこんな高い所から落ちたら死ぬかな?」 臨也の言葉に静雄は不機嫌に顔を上げる。親友にメールを返信し、溜息を吐いて携帯を閉じた。 煙草を燻らせながら、錆び付いた手摺りから身を乗り出す。成る程、この高さなら死ぬかも知れないな、といやに冷えた頭で思った。 「死んでくれるの?」 くすくすと笑い声を上げる臨也を無視して、静雄は手摺りを飛び越え、向こう側に立った。風が強く吹き、静雄の細い体か揺れる。見下ろせば地面には不吉な染みが見えた。勿論血の跡だなんて事はないだろうが、なかなか不吉な気分にさせられる。 静雄には自殺をする者の気持ちは分からない。親や兄弟や知り合いを悲しませる勇気なんてないだけかも知れない。ただ死にたいと思うことはある。勿論それは思うだけで実行したりはしない。皆そういうものだろう。 「そんな所にいてさ。強風が吹いたら落ちちゃうよ」 臨也はいつもの憎たらしい笑みを浮かべている。静雄はそれを横目に見つつ、ビルの谷間を覗き込んだ。キィ、とどこか遠くでバイクの音がする。 「俺がここから落ちたら手前はどうする?」 「愚問だね。喜ぶよ」 決まってるじゃない、と臨也は大袈裟に手を広げて笑った。芝居がかった態度。臨也にとって、人生は全て舞台なのかも知れない。 「そうか」 静雄は短く頷くと煙草を揉み消した。臨也の赤い目を見つめたまま、両腕を広げて見せる。そして口角を吊り上げて笑い、背中からビルの向こう側へと倒れ込んだ。 「!」 臨也の目が驚きで見開かれ、慌てて手を静雄へと伸ばす。 しかし手は空を切り、静雄は目の前で消えた。 「シズちゃん!?」 焦って手摺りから下を覗き込めば、ちょうど静雄がセルティの黒い影によって受け止められている所だった。 静雄はそのまま影によって地面に下ろされると、走り寄ってきたセルティに詰め寄られる。 『馬鹿!何をしてるんだ!』 セルティがPDAで怒るのに、静雄は苦笑して平謝りだ。 『全く、メールでここに来てくれと言うから何かと思えば…』 セルティはビルの上に顔を向け、見下ろす臨也に気付くと、はたと動きを止めた。 何故こんなところに臨也が?理由は分からなかったが、静雄との間に何かあったのだ、と推測する。 静雄は臨也を見上げ、口端を吊り上げる。 「バーカ」 こんなに離れていても、臨也は口の動きで静雄が何て言っているか分かってしまった。 セルティはバイクに跨がると、静雄にヘルメットを放る。静雄は頷いて後ろに乗り、もう臨也を見上げることなく二人はそのままバイクで走り去った。 臨也はハァと溜息を吐くと、手摺りに背を預けてズルズルとしゃがみ込む。 「やられた…」 臨也は悔しげに呟き、額に手を当てて天を仰いだ。 死ねばいい、なんてのは嘘っぱちだと言うのはとっくにお互い分かっているのだ。思い通りにならない、と苛立ちを覚えても、それを楽しんでいる自分を臨也は知っている。 臨也には純粋に、駒にならない静雄が愛しいと思っていた。 「ははっ、…ほーんとシズちゃんには…」 敵わないよなぁ。 臨也の呟きは闇に消えた。 (2010/09/02) LOGでのビルの話が好評だったので加筆。 ×
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