HEAVEN'S DRIVE







「なんでシズちゃんは死なないのかなぁ」




乱暴にコンクリートに体を倒された。しこたま頭を打ち付けられて、静雄は呻き声を上げる。目の前に星が見えた気がした。
首にナイフを突き付けられて、両腕は臨也の片手で頭上に一括りにされる。静雄はこの状況に舌打ちをし、忌ま忌ましげに臨也を睨んだ。
池袋の廃ビルの屋上で、静雄は自分より少し小さな男に押し倒されている。
周囲のコンクリートは静雄の暴力でボロボロだ。中の骨組みが見えてしまっている箇所もある。唯一の出入口の扉もへしゃげているし、中にある階段も足場に穴が開いていた。
空は真っ黒で、白く大きな月が浮かんでいる。風は温く湿気を含んでいて、気持ちが良い夜とは言えなかった。
臨也のナイフの刃先が、静雄の首を突っつく。少し力を込めたそれは、残念ながら少し血が滲んだだけだった。血は丸く球になって、静雄の白い首筋に跡を残す。
静雄は臨也の細い体に押し倒されたまま動かない。視線だけはきつく、臨也の酷く綺麗な顔を睨んでいた。
臨也は華奢な癖に力が意外に強い。勿論静雄には到底敵わないけれど、臨也のそれは一般的なそれよりは群を抜いているだろう。
静雄が力を出せばこんな状況なんて直ぐに逆転できる。臨也が自分に向けているナイフは、静雄の皮膚を切り裂くことなんて不可能だから。ナイフが不良品なわけではない。自分の特殊な肉体のせいで。
それでも静雄は動かない。自分を見下ろす臨也の赤い双眸を、下から忌ま忌ましげに見上げるだけだ。
臨也の眼差しが刺すように自分を射貫くのに、まるで金縛りにあったかのように体が動けなかった。
臨也はそれを見透かしてるかのように笑う。目を細めて、唇を笑みの形に歪めながら。
ナイフの刃先が静雄の蝶ネクタイを切った。そのままベストのボタンもブチブチと切ってゆく。静雄はぴくりと身動ぎをしたが、何も言わなかった。
ワイシャツもゆっくりとはだけられ、そのまま顕わになった腹に、臨也はナイフで切り付ける。
静雄の白い肌に、一直線に赤く血が滲んだ。
「…血は出るのに、全然肉は裂けないなぁ」
くっくっくっ、と何がおかしいのか臨也は喉奥で笑う。
静雄は痛みさえも感じず、ただ黙って目の前で笑う男を睨んでいた。
「シズちゃん。何で君は死なないのかな。考えたことがあるかい?」
「ねえよ」
静雄は吐き捨てるようにそう言い、無機質なコンクリートに転がった小さなボタンたちを見遣る。弟から貰った大事な服だってのに、ボロボロだ。
臨也の真っ白な手が伸びて、静雄の無駄のない腹を撫でる。爪先が傷口を抉るのに、静雄はやはり痛みを感じないのだ。そんな自分に嫌気がさす。
臨也は身を屈め、静雄の傷口に舌を這わせた。ビクンっと静雄の体が跳ねる。痛みは感じないのに、舌の感触がいやに熱い。
「何やってんだ、バカ」
静雄は手で臨也の顔を押し退けた。臨也は反対にその手を掴むと、低く笑いながら指先を口に含む。
ぴちゃり、と臨也が自分の指を舐めるのに、静雄はくらりと眩暈がした。
唾液をねっとりとつけて、指の腹を甘噛みする。ちゅ、っと濡れた音を立てて唇を離した。
「シズちゃんの血は甘いね。指も例外なく」
臨也は意地の悪い笑みを浮かべ、静雄の手を離す。
「黙れ、クズが」
「あははっ、酷い口だ」
「手前の良く喋る口よりマシだ」
静雄は臨也を見上げた。臨也の背中には真っ黒な空があって、ちょうど真上に白い月が浮かんでいる。少しだけ逆光になっていて、静雄には臨也の表情は分かりづらい。
「本当にシズちゃんはどうやったら死んでくれるのかなぁ」
臨也の手はもう静雄を押さえては居ない。ナイフも首に押し当ててはいない。なのに、静雄は動かずに寝たままだった。
臨也の手がやがてベルトにかかり、カチャリと金属音が響く。ゆっくりとジッパーが下ろされて、静雄は思わず臨也の手を掴んだ。
「臨也、」
「黙ってなよ」
手を外されて、下着の間に滑り込んで来る。まだ柔らかいそれを片手で掴んだ。
ゆっくりと動かすと、直ぐにそれは首をもたげて来る。外気に晒されて、月明かりの下で、静雄は羞恥心に眩暈がする。
先端の柔らかな部分を指先で擦れば、静雄が熱い息を吐いた。
臨也はそのまま無駄な肉のついていない尻を掴み、奥へと指を探らせる。
「…っ、あ、」
「やっぱり初めてじゃ直ぐに入らないか」
中はきつく、指一本がやっとだ。
「気持ち…悪い…」
「はは、だろうね」
本来なら異物を入れる箇所じゃないのだ。気持ちが悪くて当然だろう。
圧迫感と屈辱感で、静雄は目をぎゅっと閉じる。
臨也はそれでもゆっくりと時間をかけて、性器を弄りながら静雄の穴を解して行った。
「シズちゃんの肌、真っ白だね」
臨也は赤い双眸を細め、静雄の胸の突起から、腹、内股までを手で撫でる。
静雄の腹に残された傷は、もう血が乾いて瘡蓋になっていた。
「ん、っ…んん…」
静雄は喘ぎ声を上げ掛けて、唇をぎゅっと噛む。こんな甘い声を自分が出すなんて思いたくなかった。聞きたくない。
臨也はそんな静雄に薄く笑い、静雄の片足を持ち上げる。そして顕わになった真っ白な内股に、そっと口づけを落とした。
「おい…っ、」
静雄の抗議の声も聞かず、歯を立てて吸い付いて、痕を残してやる。真っ白な肌についたそれは、月明かりの下で酷く淫靡な赤い花だった。
臨也は静雄の片足を肩に担ぐと、身を屈めて舌を這わせる。性器を口に入れて扱き、後ろにも舌を挿入させた。
「おい…、やめろよ」
熱に浮されたような潤んだ目で、静雄は抗議の声を上げる。けれど臨也はそれを綺麗に無視をして、ゆっくりと皺を伸ばすかのようにそこに舌を這わせた。ちゅくちゅくと唾液を塗り込んで、中を犯す指の本数も増やしていく。
「あ…っ、ん」
とうとう静雄の口から甘い声が上がり、勃起したピンク色の性器からは透明な液体が漏れた。
臨也は中に入れた指をリズミカルに動かしながら、静雄の性器を口に含む。溢れ出た我慢汁を綺麗に嘗め取って、ざらついた横面に舌を這わせた。浮き出た血管も、舌先でなぞるように嘗めていく。
静雄の手が所在無く空を切るのに、臨也は背中に手を回してやった。
「もう平気かな?」
臨也は低い掠れた声でそう呟き、自身のベルトを外して中から既に勃起したそれを取り出す。
「シズちゃんのを舐めて勃起とか、俺も大概だよね」
そう言って臨也は一気に静雄を貫いた。
びくっと静雄の体が一際跳ねる。
「あっ…痛っ、ん、」
「シズちゃんが痛いわけないじゃん」
臨也は笑いながら静雄の細い腰を抱え直した。
「ていうか、きっついんだけど…力抜いてよ」
「…やり方知らねえよ、馬鹿」
「覚えてよ」
臨也の手が伸びてきて、静雄の性器を掴む。皮を剥いてやって、手の平で扱いてやった。
「あっ、」
迫り上がって来る快感に、静雄は頭を振る。金の髪がパサパサと風に舞った。
途端に締め付けが緩くなり、臨也は腰を動かし始める。
「キュウキュウ締め付けて来るんだけど。本当に初めて?」
「っ、当たり前…だろっ、」
「ははっ、才能かな」
抜かれるギリギリまで引き抜いて、また腰を穿つ。パンパンと肉同士が触れる音に、静雄は耳からも犯されている感じがした。
「ん、あっ…んんっ、」
静雄の口からは引っ切り無しに嬌声が上がる。
「気持ちいい?シズちゃん」
「…っ、あ…死ね、…」
睨んで来る目は潤んでいて性に溺れていた。臨也はそれに満足げに笑い、更に腰を打ち付ける。
静雄は臨也の肩に手を回し、薄目を開けて月を見た。真っ白く大きなそれは、ただ静かに二人の秘め事を見下ろしている。
廃ビルの、コンクリートの瓦礫だらけの屋上で。
世界一大嫌いな男に犯されている。
「シズちゃん」
名前を呼んで、臨也は静雄の乳首を口に含んだ。まだピンク色のそれを、舌先で転がすように突っつく。同時にキュウっと中が締まるのに、臨也はくぐもった笑い声を出す。
「…あ、っあっ」
強く吸えば体が跳ねた。痛みには鈍感なくせに快感には感度が良いらしい。
静雄の性器の先端からはさっきから透明な液体が溢れ出ている。何度か軽くイっているんだろう。
臨也は静雄の足を抱え直してまた穿つ。中を抉るように何度も突き刺した。壊れるんじゃないかと言うほどに激しく。
やがて静雄の腰も自ら揺れ始めた。
いざやぁ、と甘い声で何度も名前を呼ばれるのに、柄にもなく興奮した。
尻を押し拡げて、何度も何度も中に射精してやった。孕めばいいのに、と頭の片隅で思いながら。
その度に静雄の甘い声が闇へと響いた。


(2010/09/01)
×