可視光線 1






廊下の窓から見える光景は、この来神学園ではよくあるものだった。
金髪に長身の平和島静雄。眉目秀麗な折原臨也。少し離れて笑っている岸谷新羅。
この学校で彼らを知らない者は一人も居ない。例え学年が違っても。
静雄と臨也の喧嘩はまだ続いてる。力は静雄が圧倒的だが臨也の方がすばしっこい。かと言って臨也がナイフで静雄を刺しても刺さらない。堂々巡りだ。
門田は腕に嵌めた時計を見た。もうすぐ昼休みも終わる。そろそろあの喧嘩を止めなくてはならないだろう。



新羅はチラリと時計を見た。昼休みも後少しだ。
静雄と臨也のじゃれ合いはまだ続いている。二人とも時間なんて分かっていないだろう。
さてどうしようか。
自分の力ではこの二人の喧嘩なんて止めることはできない。声をかけても臨也はともかく静雄は聞き入れてくれるかどうか。でも静雄は存外真面目だから、授業はサボらないだろう。
新羅が思案していると門田がこちらへやって来るのが見えた。意図を察し、ここは門田に任せることにする。
「お前ら、もう授業が始まるぞ」
門田が少し大きな声で言うと、ピタッと静雄と臨也の動きが止まった。
「臨也、次教室移動だぞ」
門田は尚も臨也だけに声をかける。臨也と門田はクラスメイトだった。
臨也は溜息を吐いて、先に臨戦態勢を解く。静雄も舌打ちをすると振り上げていた腕を下ろした。
「シズちゃんのせいで昼休みパアだよ」
「こっちの台詞だ」
臨也は静雄に嫌な笑みを浮かべると、門田と共に校舎に歩いて行く。静雄はそれを不機嫌に見送り、新羅に振り返った。
「新羅、行こうぜ」
「はいはい。また制服ボロボロだね」
新羅は苦笑する。静雄のシャツは臨也のナイフのせいボロボロで、所々血が滲んでいた。
「門田って臨也と仲が良いよな」
ぽつりと静雄が呟いたのに、新羅は顔を上げる。
「まあクラスメイトだしね。僕と君みたいなもんじゃないの」
「ふうん」
分かったのかどうなのか、静雄は不機嫌に相槌をうつ。そしてそれっきり臨也の話題は口にしなかった。



自動ドアが開いて中に入ると、エアコンの冷気が静雄を襲って来た。ひやりとしたそれに、静雄は一瞬不快になる。
コンビニは朝のせいか少し混んでいて、静雄は人をくぐって真っ直ぐに飲み物のコーナーに行った。
「よお」
ぽん、と後ろから肩を叩かれて振り返る。見れば門田が立っていた。
「一人か?」
「ああ」
「珍しいな」
そう言われて首を傾げると、門田は笑う。
「いつも岸谷新羅と一緒だろ?」
そうだろうか。自覚はなかったので静雄はまた首を傾げた。それを見て門田は笑った。
ぽつぽつと会話をし、買い物を終えると外に出る。何となく学校までを一緒に歩いた。
門田は当たり障りのない会話を続けながら静雄を見る。
金の髪、整った顔、スタイルの良さ。こうして見るとこの平和島静雄と言う男はどこぞのモデルに見える。とても東京中の不良が恐れる存在には見えなかった。
「そう言えば門田は、」
殆ど黙って門田の話しを聞いていた静雄が、急に口を開く。が、言葉を切ってまた黙り込んだ。
「?」
門田は首を傾げる。
穏やかだった静雄の顔が幾分曇っていた。
「…あいつと仲良いよな」
「あいつ?」
「ノミ蟲」
「ああ」
その呼び名に苦笑する。折原臨也のことらしい。
「そうでもねえよ。あいつは大抵一人だな」
クラスメイトや他の人間には興味がありません、と言った感じで殆ど口を聞かない。
「ふうん」
静雄は相槌を打ちながら、普段のあの男の話しを聞くのは初めてだな、と思った。腹が立つが少し興味が湧く。
「あいつ頭いいのか」
「成績はいいな。あと運動神経。じゃなきゃお前とはやり合えないだろうけどな」
門田は苦笑する。静雄はち、と小さく舌打ちをした。
「女とかは?」
「付き合ってる奴か?それは俺も分からないな。多分何人もいそうだが」
顔がいいからモテるからな。
「へえ」
静雄は短く相槌を打つ。そしてそれっきり黙り込んだ。
興味を持って聞いたものの、知れば知るほどムカつく気がした。
段々と機嫌が悪くなっていく静雄を、門田は敏感に察する。直ぐに違う話題に切り替えた。
こうして静雄と共に歩いていると、いやに注目を集めていることに気付く。
本人は全く介していないが、周囲からの視線は容赦なく静雄に降り注がれる。
校舎が見えて来てふと視線を上げると、学ラン姿の眉目秀麗な男と目が合った。
彼は廊下の窓から、じっとこちらを見ている。
門田に気付くと笑ったようだった。
笑って人差し指を口元へ持って行き、シーっと言う合図を送る。静雄に言うな、と言うことなのだろう。
門田はもう臨也を見遣ることはなく、黙って静雄と校舎に入った。
「じゃあな」
と別れる間際、静雄は笑う。普段不機嫌な端正な顔が笑顔になる様は、少し門田に衝撃を与えた。
静雄はそんな門田に気付かずに、さっさと自身の教室の方へと行ってしまう。
「いいなぁ、ドタチン。シズちゃんの笑顔ゲットだね?」
後ろから伸びてきた腕が肩に掛けられ、門田はハッする。振り返れば折原臨也だった。
「あれはかなりのレアなんだよ。家族を除けば新羅や首無しぐらいしか知らないんじゃないかなぁ」
「へえ」
門田としてはそう言うしかない。臨也のセリフは少し棘があったが、何て答えていいのか分からなかった。
体を離して臨也を見れば、臨也はじっと静雄の後姿を見ている。
…ああ。そうか、成る程。
その視線の強さで、門田は唐突に気付いてしまった。
「お前も笑って欲しいと思うことがあるのか」
そう言えば、臨也は驚いたように門田を見る。こいつのこんな顔もかなりのレアだ、と門田は内心思った程に。
臨也は直ぐに驚いた表情をいつもの笑みに隠し、口端を吊り上げたまま肩を竦めた。
「残念ながら、シズちゃんが俺に笑いかけるなんて日は一生来ないだろうねぇ」
「……」
それはお前自身の行いのせいだと思ったが、門田は言わずに苦笑する。言わなくても臨也は十分承知だろう。
「それに俺は、」
門田に背を向けて歩き出し、臨也は一旦言葉を切った。
遠くで予鈴が鳴る。バタバタと生徒たちが急ぎ足に移動して行く。
そんな中をゆっくり歩きながら、臨也は門田に言った。
「一時の笑顔なんかより、一生モノの権利を得てるからさ」
そう言う臨也の顔は酷く楽しそうだった。
門田はまた苦笑する。苦笑するしかなかった。だってそれはとても歪んでいたから。
でもひょっとしたらいつか。
あの静雄が折原臨也のそれに気付いたのなら、歪んだそれも変わるかもしれない。静雄にはそれだけの力があるような気が門田にはしてる。
「まああまり派手な喧嘩はすんなよ。校舎壊されたら堪らねえ」
諭すように言う門田に、臨也は声を上げて笑う。
「善処しとくよ」


(2010/08/27)
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