「ふぅ…」


肺に溜まった空気を一気に吐き出し、深いため息を一つ。徹夜続きだった仕事がひと段落ついたのだ。
外はすっかり日も落ち、闇に包まれている。


「今日はしっかり寝れそうですね」


机の上の資料をまとめ、片づける。私は執務室を出て自室へと向かうために、執務室の明かりを落とした。
そしてふと窓が目に入る。窓からは月の光が射し込み、青白く窓の縁を照らし出していた。
私は窓の側に移動し、窓の外をのぞき込む。今日は満月なのか、まん丸の月が綺麗に見えていた。


「…!」


ふと、窓に先日出会った彼女の顔が映った様な気がした。それはもちろん気のせいで、窓には自分の顔が少し反射して見えるだけだ。


「月が綺麗だった」


私はその時のことを思い出す。

夜更けに眠気覚ましとして散歩に出かけると、月に照らされた人影が見えた。月の光が当たって黒い髪がきらきらと光っているのが分かった。そして、その線の細さから女性だということも見て取れた。


「なまえさん…」


教えてもらった名前をぽつりと口に出してつぶやく。今夜もあそこに居るだろうか。それは期待しすぎだと自分でも分かっている。


「月が綺麗だからです」


自分に言い聞かせる様に、私は再び散歩に出かける事にした。








先日、なまえさんと出会ったのは閻魔殿からそう遠くない所だった。周りに建物は無く、月の光で辺りが照らされているだけの静かな場所。


「こんばんは」


そんな場所に今日も、なまえさんは一人で空を見上げていた。私が声をかけると、びっくりしたようにこちらを振り返った。


「鬼灯様、こんばんは」


少しほっとした様な顔で笑って、私に挨拶を返してくる。


「今日も、一人ですか?」
「月が綺麗だったので」


月の光に照らされながら、彼女は綺麗に笑う。私の鼓動が少しだけ早くなった気がした。


「月が、好きなんですね」
「はい!それに…」
「それに?」


元気良くはっきりとした返事をした後、言葉を続けたなまえさんは口ごもる。少し目を伏せて、恥ずかしそうにもごもごと口を動かした。

何を期待しているのか、私の手に熱がこもる。鼓動が先ほどからうるさい。


「鬼灯様に、また会えるかなって…」


照れ笑いするなまえさんの顔に月の光が当たり、きらきらと光って見える。


「だからと言って、夜の一人歩きは危ないと先日言いましたよね」
「あ、そうでした」


私が少しきつい口調で言うと、なまえさんは「あはは」と誤魔化す様に笑った。その光景が微笑ましくて、疲れていた筈なのに、疲れを感じなくなっていた。


「まったく、変わった人ですね」


私はまたなまえさんの手を握った。先日と違い、ほんのりと暖かい手が触れ合う。


「送ります。それと、次からは私を誘って下さい。女性の一人歩きは危険です」


これは少しわざとらしい理由付けだっただろうか。また、なまえさんと月が見たいと思ったのだ。なまえさんの顔が見れず手を引きながら歩き始めると、なまえさんもそれに着いてくる。


「鬼灯様は優しいですね」


イエスかノーか、曖昧な言葉が返ってくる。私は構わずそのまま歩き続けたが、ぐいっと繋いだ手を引っ張られた。


「なまえさん…?」


私はなまえさんへと振り返る。なまえさんは私の顔を真っ直ぐに見つめて居た。


「また一緒に月を見ましょう…約束です」



それだけ言うと今度は私の手を引きながらなまえさんが前を歩いていく。私はその手に引かれ、月を見上げた。

暗闇の中で月だけがはっきりと、私たちを照らし出していた。






月が満ちる











ジュラルミン 映るはずの無い月を映して

走り抜けるプラットホーム

二人の必然が見えてくる

そこに色づく偶然を








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