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桃源郷はいつも通り青空が広がり、ぽかぽかと暖かい日差しが降り注いでいた。鬼灯様にお使いを頼まれ私は「極楽満月」へと足を運んでいた。
「なまえちゃん、いらっしゃい」
「白澤様こんにちは」
店の中に入れば、こちらもいつもと変わらぬ白澤様が笑顔で迎えてくれた。店の中には白澤様しか居らず、桃太郎さんは外出中の様だ。
「鬼灯様が頼んでいた薬を取りに来ました」
「はいはい、これね。あと…」
白澤様は薬の入った袋を私に渡した後、小さな巾着を取り出し、それも私の手の上に乗せた。
「?」
私が首を傾げると、白澤様はにっこりと笑った。そして巾着を指さす。
「面白い飴が手に入ってね、なまえちゃんにあげるよ」
「え…変なものじゃないですよね?」
「大丈夫、大丈夫、桃タロー君も食べてたから」
少し嘘くさいな、なんて失礼な事を思ったが、桃太郎さんが食べたのならきっと大丈夫だろう。
「…じゃぁ、頂きます」
せっかくなので有り難く頂くことにした。私は薬の入った袋と巾着を持って「極楽満月」を後にした。
閻魔殿に帰る途中、先ほど白澤様からもらった飴を手に取り眺める、赤と白のマーブル模様の飴は見た目から想像するに「いちごミルク」味。ただ、香りはただ甘いだけで味の想像がつかない。
「桃太郎さんも食べたなら大丈夫だよね」
口の中に放り込むと、特定の味は特に感じずただ甘い。強いて言うなら「べっこうあめ」の味がした。
「何が面白いのかな?見た目とのギャップ?」
白澤様の口振りから変な味でもするのかと思ったら、至って普通。次に行った時にでも、何が面白かったのか確認しようと思う。
閻魔殿へ戻り、鬼灯様に薬を届けに行く途中の中庭には鬼灯様自慢の金魚草畑がある。一面を埋め尽くす金魚草は愛好家でなければ、びちびちと気持ち悪いだけである。
私がその隣を通り抜けようとすると、今日は一段とザワついて居るように感じた。
「?」
こそこそと囁く様な声が聞こえる。廊下には人は居ないし、まして金魚草畑に人など居ない。金魚草畑を見渡していると一匹の金魚草と目があった。
<"ほおずき"と一緒にいるヤツだ>
「……?!」
金魚草の口がパクパクと動くのと同時に言葉が聞こえる。それは間違い無く、私に発せられている。
「何…これ…」
<聞こえるの>
<聞こえる>
<何アイツ>
<"ほおずき"じゃない>
<聞こえる>
ザワザワザワザワ…
金魚草畑のざわめきが大きくなり、波打つ。
金魚草がしゃべって…る?
「うぎゃぁああ!!!」
何だこのホラーな展開は!私は猛ダッシュで鬼灯様の部屋まで走った。
金魚草がしゃべる?そんな筈はない。泣くことはあっても、しゃべるだなんて。地獄の動物達は言葉を解すが、金魚だぞ?ましてや植物だ。
頭の中が混乱している。私は鬼灯様の執務室に着くと、息を整えず叫んだ。
「金魚草がしゃべった…!」
「どうしたんですか?なまえさん…?」
ぜぇはぁと息を切らす私を見て鬼灯様は仕事の手を止める。私は切れた息を整えながら、中庭での出来事を鬼灯様に話した。
「とにかく中庭に行って見ましょうか」
「は、い」
鬼灯様は興味深げに私の話を聞いて、真意を確かめるべく中庭に行く事を提案する。私は気持ち悪いのでもう行きたくなかったが、鬼灯様が居るので恐る恐る行くことにした。
ザワザワザワザワ……
中庭に近づくに連れて、私の耳にはざわめきが聞こえ始める。
「ほほほうずきさまぁああ」
私はだんだん涙目になってくる。鬼灯様の背中にぴったりとしがみつき、鬼灯様に着いていく。
「あまりくっつくと歩き難いのですが」
「だって、気持ち悪い…」
金魚草畑の目の前に来ると、ぎょろっと金魚草がこちらを見る。
<"ほおずき"だ>
<アイツもいる>
<聞こえてる>
<"ほおずき"水…>
<水ちょうだい>
ぱくぱくと口を動かし、金魚草は口々に言葉を発する。その言葉に私は鬼灯様にぎゅっとしがみつく。
「ひぃ!」
「いつもと変わりませんよ?」
「鬼灯様の脳内ではいつも会話できてるんですか?」
「いや、ゆらゆらしてるだけじゃないですか可愛いですね」
「はい?」
私の耳には確実に声が聞こえているのに鬼灯様には聞こえないのだろうか?私の耳がおかしくなったのか。そんな筈はない。
「会話してますよ!今だって水が欲しいって…」
「……確かにそろそろ水やりの時間ですが」
鬼灯様は眉間にしわを寄せて私を見た。
「大丈夫ですか?」
この状態を大丈夫だと言えるほど、私は楽天家ではないし、無神経ではない。もう訳が分からなくて、目の前が真っ暗になった。
ゆらゆらゆれる
私は金魚になって
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