鬼灯様が視察に来ている、そんな話を獄卒達はしていた。広い広い地獄だ。鬼灯様が視察に来る回数は1年で片手に満たない程しかない。
私はチャンスとばかりに鬼灯様に会いに行く事にした。
「鬼灯様ー!」
すらりと長身で黒い着物、背中の鬼灯マークで一目瞭然!鬼灯様を発見してすぐさま駆け寄る。
「なまえさん」
私に呼ばれて鬼灯様は振り返った。足元に白いふわふわな毛を持った…
「い、犬ー!!」
私は鬼灯様に一直線だった足を止め、近くの岩まで引き返し、その岩に隠れた。
「鬼灯様、あれ誰?」
「なまえさんですよ、ここでは偉い方です。なまえさん、こちらはシロさんです」
鬼灯様は呑気に紹介を始めたが、私はそれどころではない。
犬は、苦手なのだ。
「鬼灯様…いつからそんな犬を…?」
「シロさんは不喜処に新しく入られたんですよ」
不喜処、私が一番嫌いかもしれない地獄。まさに地獄!
「なまえさん、岩に隠れてどうかされました?」
先程から岩影で青くなる私を見かねてか、鬼灯様から近付いてきてくださった。
何て幸せなのか、と通常なら思うのに今は犬――シロさんがいる。無理。
「鬼灯様…!ち、近づかないで下さい!」
鬼灯様は足をピタリと止め首を傾げた。それと同時にシロさんが同じ動きをする。
「どうかしたんですか?いつにも増して変ですよ?」
「シロさんには申し訳ないのですが、犬は…犬は駄目なんです…」
シロさんはガーンという効果音がぴったり合う様な顔をして、伏せてしまった。
「ごめんなさい…犬は怖くて…」
「それでは仕方ありませんね、シロさんいきましょうか?」
鬼灯様も少し残念そうにシロさんに視線を送るとシロさんはくぅーんと鳴いた。
「では、また」
軽く挨拶をして鬼灯様は行ってしまわれた。せっかくのチャンスだったというのに。
黒い背中と白いお尻を見送りながら、私は少しだけ後悔した。
ダメ、絶対。
それだけは、無理です。
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