とろけるような愛は甘い


空調の効いた店内で人を待っていた。
夏場に飲むホットドリンクはなんて贅沢だろうと、口いっぱいに広がるカカオのほろ苦さとミルクの甘みを舌の上で転がした。
からん、と来店の合図を鳴らす鈴の音が、私の耳に届いてくると、気味の悪い気配を感じて背筋が凍る。思わず温かいカップを手に持つと、知り合いであるその男はクツクツと笑いながら自分の目の前に座ってきた。

「やぁ、ナマエ」

なんてことないような、ひょうひょうとしたその顔は、テーブル脇のチャイムを鳴らしてホットコーヒーを一つ頼んだ。

「なによぉ、そんな殺気立っちゃって。またおもちゃ見つけたの?」

私が男に尋ねると、途端に顔を歪ませて不気味な笑みを浮かべていた。聞くまでもない、これはイエスの合図だろう。

「なかなか面白い子たちでね。くくく、みんな美味しそうに成長している」

早く実らないかなァと震えるヒソカに思わず顔がこわばった。
ふーん、と相槌をうちながら、おもちゃ箱に入れられた人たちを同情し、メニュー近くのガムシロを一つカップに流し込む。

「前言ってた強化系の念能力者は?」

ヒソカは小さく目を見開いた。「今思い出した」とどうでもいいように男は言った。

「ついこの前殺ったよ」

にこにこと笑みを浮かべる男を見つめてマグカップに口つけた。
その人もやられたのか。
期待はずれか、満足したのか、どっちだろう。それとも新しいおもちゃに目が向いて、古いものは捨てられたのか。頭の中で思案する。さっきより甘くなったチョコレートが口の中に広がった。

「楽しかった?」
「それなりに。でも、惜しかった」

聞くと、相手は容量の無駄遣いをしたそうだ。ただでさえ会得するのが難しい自身の分身を、独自の力で、しかも強化系であるのにもかかわらず、具現化系、放出系、操作系の複合技を完成させた。具現化系と放出系なんて対極にある系統で、相性としては最悪なのに、そんな芸当を可能にした男の才能には目を見張るものがあったけれど、念の使い方を誤ったせいでつまらない戦いになってしまったとヒソカは不服そうに言った。

「いい師に出会っていればなァ」

思い出せば名残惜しくなったのか、実に惜しいとテーブルに片肘をついた。なるほど、期待に添えない結果だそうだ。

「ヒソカさんが教えればよかったじゃん」

自分好みにできるのに。ティースプーンで中身をかき混ぜながら言うと、ナマエはわかってないとヒソカはため息をついた。

「ボクのために強くなって、戻ってくるのがいいんだろ」
「そうなんだ」

私にはよくわからないけど、と付け足して、くるくると円を描くチョコレートにもう一つガムシロップを加えた。

「それに、ボクはナマエの師匠で手一杯さ」

やれやれと両手を上げて、お手上げポーズをするヒソカ。私といる時間なんてたかが知れてるいるだろうに、手一杯だというヒソカに違和感を感じた。

「前はそうだったけど、最近は新しいおもちゃ見つけたり、だんちょーの追っかけしてるじゃない。よく言うよ」
「あれ、もしかしてヤキモチ妬いちゃった?」

意味深な笑みを浮かべるヒソカに気持ち悪いと言ってのけた。間もなくしてウェートレスがやって来た。

「お待たせいたしました」

失礼します、と続けた彼女はヒソカの前にカップを置いた。
ありがとうと感謝を告げる男の顔には愛想のいい笑みが貼り付けられて、先の気味悪さは何処へやら。ウェートレスは一礼し、そそくさと早足でホールの方へと戻っていった。
つれないなとぼやくヒソカを慰めようと、用意していた砂糖をみせた。

「ミルクと砂糖は?」
「いらないよ」

片手をあげて即答し、そのままコーヒーを飲んでいた。私は「美味しいのに」と口をとがらせ、手に持つ二本のシュガーを自分のマグに混ぜ込んだ。時間が経ち、ぬるくなっていたせいで砂糖がカップの底に溜まってく。ヒソカはもの言いたげな顔でカップに口つけた私を呼んだ。

「ねぇそれ、ホットチョコレートだよね。砂糖入れすぎじゃない?」

ヒソカの言葉を無視して、ドロドロ舌に流れてくるのを楽しんだ。甘ったるいチョコレートを飲み込んで、最後の一口とゆっくり流れる砂糖に舌を伸ばす。ざらざらとした食感を楽む今、口の中にあるのは、もはや、カカオではない。

「甘いのが好きなのよ」

飲み干したカップをその場に置いて、ドラッグ中毒者のように、我慢できないともう一杯ホットチョコレートを頼もうとした。ヒソカは信じられないというように、眉間にシワを寄せていた。

「見てるだけで胸焼けしそうだ」
「もう、ヒソカさんってばそればっか。
 …そうだ、あなたも飲んでみればいいのよ。私の気持ちがわかるかも」
「いいや、遠慮しとく」

私は頬を膨らます。彼はクツクツ笑っていた。

「それにしても、ナマエは相変わらずだね」

なにが?と私が返事する前に、ほら、とヒソカが指差すほうを見てみると、先ほど持った私のカップがじんわりゆっくり溶けていた。

「あっ」

と私は驚いて、反射的に両手を遠ざけた。これは物と距離をとるための私の癖だった。キツネみたいに細まる目には私の両手を映していた。

「やっぱりキミはまだまだだ」

マグカップがテーブルにはりつく前に無理矢理カップを引き剥がしている私の姿を見て、目の前の男は小さく笑った。

「笑わなくたっていいじゃない」
「怖いなぁ。怒るとオーラが広がるよ。それともテーブルまで溶かす気かい?」

からかうヒソカにムッとする。しかし師匠である彼の言うことは正しくて、言い返したい気持ちを抑えこむ。

「ペーパー取って」
「はいはい、まったく人使いが荒いなぁ」

熱にあてられたカップの周りにはぽつぽつと水滴がついていた。チョコレートみたいに溶けかけた歪な形をしたカップを、渡されたペーパーの上に置かせてもらうと、私は目を閉じオーラの流れを遮断した。
流れた汗を手で拭い、ふぅ、と一つ息をつく。

「ばかだなぁ、ナマエは」

そう言って、私を笑うヒソカを恨めしげに見遣れば悪かったよとテーブル脇の呼び鈴を鳴らした。私はぬくもりが残るカップをペーパーで包みながらヒソカに尋ねた。

「私がカップを溶かすから?」
「それもある」
「他にもあったのね。どこかしら」

視線をカップに向けたまま私は口角をあげた。なにを言われるか楽しみだった。間の空いたこの瞬間をただただ待った。そうだねぇ、間延びした声は音が混ざるようにゆったり言った。

「こうやってボクを頼るとこ」
「…」
「冗談じゃないか」
「ううん、違わないわ」

ヒソカの目付きが鋭いものに変わったような気がして、この場の時が止まったような感覚に陥った。そんな空気を壊しに来るかのように今度はウエイターがやってきた。

「ご注文はいかがなさいますか」
「ホットチョコレートをひとつ」
「あ、同じのもうひとつ」
「かしこまりました」

私は思わずぎょっとした。まさかヒソカがホットチョコレートを頼むとは思っていなかった。目を見開いていたら、片付けようとしたウエイターが先程のカップをさげようとして、カップに手に伸ばしていた。

私がヒソカに驚くのと同時だった。ウエイターがカップを床に落とした。軽い音をたてて割れたモノにウエイターは慌てるが、私からして見ればそれは当然の反応で、特に気にもとめなかった。
失礼しました、お怪我はありませんか
他の店員がほうきを持って破片を片付けながら聞いてくるので大丈夫です、と私は小さく会釈をした。
新しいホットチョコレートが来る時には私は既に呆れた顔が表に出ていた。

「ボクは気まぐれだからね」
「変化形ですもんね」

私の言いたいことが伝わったらしく、聞くより先にヒソカが言った。私はさっきと同じようにガムシロを三個一気にまとめていれた。くるくるくるくるかき混ぜながら片肘ついて、一口飲むとさっきと同じ甘さが蘇る。
ヒソカは自分に渡されたホットチョコレートを飲むと、甘いと顔をゆがめて見せた。

「やっぱりナマエはばかだよね」

目の前の男は同じ言葉を繰り返す。
すっかりぬるくなっただろうホットコーヒーを飲んで、チョコレートの入ったカップをこちらに寄こしてきた。

「ボクにはそれは甘すぎる。ボクはもっとフルーティな甘みがいいな」
「私の舌がバカだって言いたいの」
「そりゃそうだ」
「どうせ私は甘味料が好きですよ」

ヒソカは一拍間を置いた。

「ねぇナマエ」
「なんでしょう」
「ナマエが念を使えるようになったら、ボクはきっとキミを殺してしまうよ」

先程までのおちゃらけた調子のヒソカがいなくなる。つり目がちな黄色い瞳に捕らわれて、私は言葉が出なかった。

「大切に育てたものは美味しくいただきたいのが常ってもんだろ?」

ニヤリと笑ったようにも見えたが、なぜかそれが悲痛なものに感じてしまった。殺しを快楽としている彼がそんな気持ちを抱くだろうか。臆病者は視線を外す。

「ヒソカさんの気持ちはよくわからないけれど、死ぬならあなたに殺されたい」
「強くならないでって頼んでるんだ。やっぱりキミってばかだよなぁ」
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