ヒソカと会話


 緩くなった靴紐を結び直した。ジリジリと焼けるような暑さだ。陽炎の立つアスファルトを踏みしめて、たらたらと流れる汗を腕で拭った。重い足取りで一歩いっぽ前へと進む。
 買い出しに行かされた私はパンや果物をたくさん詰めた紙袋を両手いっぱいに抱えていた。目の前が隠れてしまうくらい高い荷物、頬を伝う汗。うんざりしていると自分を隠すくらい大きな影がぬっと現れた。
 
「手を貸そうかい」
 
 低めの、よくわからない男の声。大丈夫だと断った。男はむっとした表情を浮かべると、私の言葉が聞こえなかったのか、ひょいと一つ紙袋を奪った。
 
「人の親切、無下にするもんじゃないよ」
「はぁ」
 
 よくわからないというように相槌をうつ。何なんだこの人は。白い肌に赤い髪。すっと細まる鋭い目。背も高く体格の良いこの男はモデルのような見た目をしていてかっこいい。そんな風には思うけど、こんな私に声をかけるなんてそんなばかなことがあるだろうか。思考が止まる。男は何かを話していたけれど、暑さも相まって何も耳に入ってこなかった。
 
「ねえきみ、ボクの話聞いてないよね?」
「そんなことは」
「その割に感謝の一言がないじゃないか」
「え、と。それは」
「いいんだ。今日は気分がいいからね」
「……変な人」
「ひどいなぁ」
「ち、ちがうんです。すみません」
 
 変な人だとは思ったけれど、無意識に口走るほどだとは思わなかった。気が緩んでいたのか、この暑さに参っていたのかのどっちかだろう。私は後者だと思う。
軽くなった腕の隙間から男を覗く。小さく肩を震わせていた。
 
「それにしても、なんで一人なんだい?」
「別に、理由なんてないですよ」
「そうなんだ? それじゃあ次からはちゃんと荷物持ちを呼びなよ」
 
 ボクとかね。いつの間に出していたらしい携帯をぶら下げて、胡散臭い笑みを浮かべる。
 
「ナンパですか」
「それは心外だな。ただの紳士じゃないか」
「結構なことですね」
「冷たいなぁ」
 
 緩やかな坂を登る。レンガ造りの街並みがゆっくりと通り過ぎていく。そこまで長時間話している訳では無いが、この男は会話上手なようで私が言葉に詰まっても一人で話してくれていた。何をしてても返ってくる言葉に安心したのか、なんでも言えると認識し、自然と会話に花が咲いた。
 坂を登り終え、店の看板が見えてくる。
 
「ここで大丈夫」
「もう着いちゃったんだ。案外早かったね」
「ええ。ありがとう」
「どういたしまして」
 
 自分の荷物を置いて、男の紙袋を受け取った。手に持った瞬間掠めた彼の腕が逞しくて少し、心臓がはねた。
 
「中まで運ぼうか?」
「ううん、平気。すごく助かった」
「それならよかった」
 
 しゃがんで、もうひとつの袋を抱えた。不安定な体勢にまた戻る。にんまりとした顔が見えて、私も目が細まった。
 
「あなた、良い人ね」
「そうかい?」
「ええ。だってとても楽しかったわ。暑さを忘れられた」
「声掛けた時思い出すと信じられないけどね」
「あはは、ごめんなさい。ぼーっとしてて」
「それは大変だ。早く水飲みなよ」
「そうね。重いしそろそろ戻ろうかしら」
「うん。じゃあね。あなたに素敵な一日を」
「ありがとう。あなたもね」
 
 小さく手を振る男に背中を向けた。一歩前に進むと、がさりと紙袋の音が鳴る。落とさないように気をつけながら店へと向かった。
 扉の前までつくと、ドアノブが回せないのでつま先で数回蹴った。店の中にいたスタッフがドアを開けてくれる。
 
「涼しい生き返る」
「おかえりナマエ。しかしなんて量買ってきたんだ! 一人で平気だったのかい?」
「ええ、とても素敵な紳士がいたの」
「なんだって?」
「荷物を運んでくれただけよ」
「それならいいんだけどさ」
 
 その人に袋を渡してキッチンへと向かう。テーブルに置いて水を飲む。汗で流れた水分を足し、体が潤う感覚を味わう。とても気持ちがいい。そのままぼんやり時間を消費していると、果物を冷蔵庫にしまう男が近寄ってきた。
 
「ねえナマエ、こんなのが入ってたんだけど」
「なにこれ」 

 一枚のトランプ。ダイヤのエース。裏をひっくり返してみると、九桁の番号と文字が書かれていた。「もう少し君のことを知りたい」思わず吹き出した。

「器用なのか不器用なのかわかんないわね!」
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