「勝手にすれば」

瞬き一つせず、吐き捨てられた言葉。重みで沈んだソファが形を戻す前にイルミはその場を離れていった。
重々しい音をたてて扉が閉まるのを見ていた私は無意識にイルミの背中を追っていて、誰も話さない空白の間が生まれる。呆れたようなため息をついた父が席を立ち、「解散」の一声をあげるのと同時に私は声をかけた。

「ねえ、パパ」

ウェーブのかかった銀髪がゆるりと揺れて猫のような鋭い目が私を捉えると心臓を鷲掴みされたみたいに動けなくなった。

「どうした」

キルアの話をしたせいで機嫌が悪いんじゃないかと思っていた。怒鳴ることはないだろうけど、もしやと思い身構えていたのだが、予想に反して穏やかな声が響く。疎ましさはなかった。
本当に、私にキルアを任せていいの?
少しくらい、期待してくれてるの?
口から出そうになった言葉たちは本当に聞いていいのだろうかと飲み込まれた。だって、その場を穏便に済ませたくて「キルアの世話を任せる」と言ったのかもしれない。だとしたら期待なんてされているわけがないだろう。聞いてしまったらパパとママから直接言われてしまうことになる。そんなの、想像しただけで立ち直れない。
二人が思う理想の指導ができなかったとき、私はいったいどうなるのかなんて考えなくてもわかる。改めてガッカリされるのは明白だし、あの時の、イルミの時のように、もう何もするなと、この家の足でまといにならないように、屋敷に縛り付ける口実作りにもなるだろう。
どくどくとうるさい心臓を放っておき、いつの間にか強く握っていた自分の手を緩めて汗を服で拭う。そして知らないうちに落ちていた頭を持ちあげれば、父は私を見て笑っていた。笑い事じゃない。

「さっきまでの元気はどこにいったんだ。そんなに貼り詰めた顔するなよ」

肩に力が入ってるぞ、と目尻にシワを寄せて言った。

「こっちに来なさい」

私が呼び止めた理由も、何もかも見透かしているような父に甘えたくなる。重い一歩を踏み出して父の前に立ち止まった。何をされるのか、何を言われるのか全然想像出来なくて顔色を窺うしか出来なかった。

「パパ?」

声をかければ、ぽんぽんと優しく背中を叩く感覚とほんのり残る温もりに動揺する。自分のものと違う明るい銀髪が目の前に広がった。

「何も気に病むことはない。お前が正しいと思ったことが正解だ」

先ほどより近い位置で聞こえたその言葉は私に安心感を与えたけれど、完全にこの不安が取り除かれることはなかった。
私は産まれてからこれまで、この家になにも残せていないし、残すようなこともしていない。責任がないからこそ、今まで自分のしたいことが出来ていたのだから急にそんなこと言われたって何が正解で何が良いのかわからない。
ねえパパ、私、やっぱり怖いよ。こんな私でも、それでも正しいって言ってくれるの?
そんな胸の中の問いかけに答えるかのように、父はさっきより強く、一度だけ背中を叩いた。

「大丈夫だ」

この力強い一言で、今は何も気にしなくていいんだと思った。もしダメなことがあれば、この父のことだしなにか言ってくれるはずだ。強ばっていただろう表情はきっともう崩れている。

「ありがとうパパ。私頑張る」
「ああ、頼りにしてるぞ」

こんな短いやり取りに私は口元を緩まして、まだ目の前に座る母を見た。
スコープで隠れているが、への字に曲がった唇を見て、母が乗り気でないのが伝わった。その表情が表していることを考えて、思わず緩んだ口元が元に戻る。

「ママは嫌だ?」

私が、キルアの面倒を見ること。
母は真っ先に頷くかと思ったけれどそうではないと口をへの字に曲げたまま私に言った。

「私と一緒だから大丈夫よ」

父の前だから隠してはいるけれど、きっと本音はそうじゃない。というのが伝わった。ああ、父がどれだけ認めてくれても母が納得するには道のりが遠い。

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