仕事をしないことをいいことに、ミルキとゲーム漬けをしようと考えたが、私はアルカとカルトのことを思い出した。二人をこの人形部屋に連れてくるべきか否かを考え、育児放棄になると判断し結局連れてくることにした。
 いったんミルキにゲームを中断してもらうと、二人を連れてくるために私はドアに向かった。

 そしてドアノブに手を伸ばした瞬間、ドアが勝手に開いた。扉は内開きなので、ほぼゼロ距離だった私の額は思い切りぶつかる。ゴチンといい音を鳴らした私の頭と、その勢いで尻から落ちた私。衝撃でヒリヒリする二カ所にもだえていれば、頭上でえぐえぐとすすり泣くものと凄まじい殺気を放った何かがいることに気づいた。
 視線をあげるとイルミがおんぶ紐に抱っこ紐を付けている。

「い、イルミ……」

 イルミの予想外の姿に言葉を失う。それぞれの紐にアルカとカルトがすやすや寝ているのが確認できた。そして少し視線を落とせば、イルミと手を繋いでいるキルアがいた。泣き声の主はこちらのようで、チョコロボくんの箱を繋がれていない手で握っていた。

 イルミの来訪が早いと内心焦る。落としていた視線を戻すと、無表情の彼はドサドサと紐ごと落とすように渡してきた。

「はいこれ」

 落ちる衝撃に驚いたのだろう、先程イルミの背中とお腹にいたアルカとカルトはぐずり始めた。同時に泣き始めるのは流石に困るので、私は二人一緒にあやしながらイルミになげるなと注意した。

 私はイルミの兄弟を兄弟と思わないところが苦手だ。

 アルカとカルトがまたスヤスヤと寝始めた。大きくなったのにまだ赤ちゃんみたいな表情をみせる二人に安心すると、またグズって欲しくなかった私はミルキに子守を任せることにした。尻もちをついていた私は二人を抱えて立ち上がる。私たちの存在を完全にないものとしていたミルキはこれから起こることを察して「げっ」と呟いた。

「ミルキ。悪いけど二人をお願いしてもいい?」

 はい、と有無を言わさずに渡せば「ゲームやってるのに」とボヤきつつ渋々受け取ってくれた。ミルキにありがとうと伝えてからイルミの方に向き直ると、彼の全身には黒いモヤが漂っているように見えた。私はイルミに何かした覚えはないので白々しく尋ねる。
 怒っているのはイルミだけではないのだ。

「なに、いきなりどうしたの?」
「その二人が泣きっぱなしでうるさかった」
「あやしてから連れてきてくれてありがとう、それで?」
「キルも泣いてるんだけど」

 イルミはじとりと据わった目で私のことを見てくる。先程の追いかけっこが、イルミの怒りを買った原因だということは分かっていた。キルアに大人気ない態度を取り、罪悪感を抱えていた私は先程言えなかった謝罪を今伝えた。

「あーっと、さっきはごめんねキルア」

 しゃがんで、目線を合わせてから謝る。泣いているキルアの肩が上下するのに合わせて、重みのない容器のフタがパタパタと揺れているのが確認できた。お菓子食べてくれたんだ、とあたたかい気持ちになる。

「やっぱり怒ってる?私はキルアと遊びたいな。イルミお兄ちゃんのことなんてほうって置いて今から一緒に遊ばない?」

 私が一緒に遊びたいという、安直な気持ちで聞いてみれば、キルアはイルミを見ながら「いやだ」と声を震わせて断った。

 イルミはキルアを満足そうに見ており、私は心苦しい思いをすると同時にムッとした。そう、私が怒りを感じているのは彼が恐怖で人を支配しているからだ。

「……。キルアに遊ばせてあげなよ」
「ミケと鬼ごっこさせてる」
「遊びなのそれ」

 遊びだし、そう眉間に皺を寄せながら言い切る彼に、私は彼が手段を選ばない人間だということを思い出す。
 ああ、昔からイルミは恣意的だ。今もキルアの気持ちは優先されていない。

「……」

 そんなのダメだ、涙を零しながら俯いているキルアを見てそう思った。

 イルミという名の鎖で繋がれた手を見て思った。キルアを解放してあげたい。

「ねえイルミ。お姉ちゃんの話を聞いてくれない?」

 まだ念を教わらない子供が三人もいるのにもかかわらず、私は円を発動した。円がイルミのオーラを捉えた瞬間、キルアの手は力強く私の手を握っていた。







「で、なに話って」

 優しくするように釘をさしてから、ミルキにキルアとゲームするように伝えると、私はイルミを連れてリビングに向かっていた。
 音を立てず静かに歩くのに反して、お互いの表情は険しかった。そしてイルミの怒りが全て私にぶつけられようとしているのが目に見えてわかった。

「キルアのことなんだけど」
「そんなのはわかってるんだよ」

 本題を切り出そうと私が言い終わる前に被せられる言葉。私たちを纏う、ただでさえ異様な空気が凍った気がした。

「キルア、まだ三歳だよ。自由にさせてあげなよ。自分を押さえつけてるじゃない」
「ゾルディックの跡継ぎに自由はいらない。ジルキはキルアの教育に関係ないだろ」
「家族だから関係ある。キルアが辛そうにしてるから言ってるんだけど」

 目的地のリビングの扉を開けた。仲睦まじい夫婦が私たちの様子に気づくと驚きながら、まじまじとこちらを見始めた。
 どさりと私が荒くソファに腰掛けると、イルミも対面に座った。

「まず私が言いたいのは、イルミが出来るからってキルアにも押し付けないでほしい」
「押し付けじゃないよ。オレにできるってことはキルには簡単に出来るんだよ、わかんない?」

 呆れたようにそう言ったイルミ。母は止めようと思ったのかイルミに賛同しようとしたのか分からないが、割って入ろうとしたのが見えた。が、それを父が抑えていた。両親の見守るような視線を浴びながら私たちは論争を続けた。

「違う、技術のことじゃない。気持ちの問題。キルア、さっきミルキに萎縮してたよね。イルミはお兄ちゃんなのにわからなかったの?」
「それはミルキじゃなくてジルキにだと思うけどね」
「どちらにしろ兄弟を怖がるなんてどうかと思うけど?」
「相手が誰でも警戒することは大事なことだろ。キルの身が守れるならなんだっていい」
「そんなのイルミのエゴだよ。家族とくらい気を休める場所があってもいいじゃん」
「それじゃあ家族って弱味ができるだろ。失策だ」
「家族は弱味じゃない。私たちはそこまで弱くない。キルアは家族を守れるくらい強くなる」
「わかってないな。家族に甘くなるのが弱点なんだよ」

今にも噛みつきそうな勢いで言葉の応酬を交わしていく。終わらない議論を見かねたのか、父が仲裁に入ってきた。

「二人ともそこまでだ」




気づいたら私の隣にイルミが座り、先程イルミが座っていた場所に両親がいた。

「今の話を聞いて、お前達がキルアを大切にする気持ちはよく伝わった」

 青く鋭い目が私達を見据える。この父は変なことは言わない、分かっている。けれど何か覚悟しなければならないような緊張感に襲われる。

「イルミの言うこともジルキの言うことも正しい。そこでだ、訓練はイルミとオレ、その他の面はジルキとキキョウで見るというのはどうだろうか」

 私は思わず目を見開いた。続いた言葉が思わぬ提案だったのだ。頬を綻ばせ、私は賛成だと首を縦に振った。
 しかしそれに納得いかないイルミは反論を重ねる。

「でもそれだとジルキの負担が増えるよ。アルカとカルトはまだ幼い。三人の面倒を見るのは大変だと思う」

 二人でも手に負えてないしね、隣から聞こえたイヤミ。私はそんなことないと言い返した。

「ああ、だからキキョウにも頼むんだろう」

 話を聞けと苦笑した父に、思わずパパ好きと叫んでしまった私は悪くない。イルミはやっぱり不服そうだった。

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