当時の私はまず、イルミに切られた髪を整えた。短くなった髪は母にとても残念がられたが、「なんでも似合うわ」と言ってくれた母の言葉が素直に嬉しくて、私ははにかんだ記憶がある。そんな母の役に立ちたくて、私はすぐに子供の世話の仕方を学んだ。

 イルミとは気まずいまま時間ばかりが過ぎていた。過ぎ去る時が何とかしてくれるだろうと願っていたのだが、結局時間はなにもしてくれなかった。なぜかと言うとイルミは、私のせいで空いた分の仕事を任されていたからだ。そもそも会う機会が少なかった。
 そんなイルミとの関係がゼロに戻ろうとしてる中、心に残ったのは寂しさで、その虚しい感情を取り除くために私はミルキの世話を精一杯した。この子にはイルミのような無茶をして欲しくなかった。私が訓練している時以外は、ずっと面倒を見ていたと思う。

 まあ、ミルキがぽっちゃりしてしまったのはそのせいだろう。私が甲斐甲斐しく世話を焼きすぎてしまったせいだ。自覚はある。ごめんね、ミルキ。私が甘やかしたばかりに大きくなってしまって。
 そしてごめんね、キルア。そのせいで面倒を見れなくて。イルミに世話を焼かれるなんて、きっと辛いだろうな。彼は強くなるための手段を選ばないから、きっとスパルタになると思うよ。

 それもこれも全部、次期当主になるキルアに甘えは必要ないという両親の考えだろうが。

 さて、キルアは一度置いておき、私にめいっぱい甘やかされたミルキは以前、何故かイルミにちょっかいをかけられていた。「ゾルディック家は理不尽ばかりだから耐性はあるだろうけど、あまり酷いようならお姉ちゃんが注意するから」と私が言えばミルキも「分かった」と言ったのだけれど、イルミのいじめももう終わったから、と結局何も言われなかった。何も言われないと、逆に今も気になって仕方ないけれども。ないに越したことはないので追求はしないが。


 そしてアルカ、カルトと順に生まれて1年が経った。今回両親は、イルミとともにキルアにお熱なので必然的に私とミルキがアルカ、カルトの面倒をみることになった。
 先述したように過ぎ去る時はやはり早く、ミルキは11歳になってより大きくなった。両親とイルミの保護下に置かれたキルアは3歳とは思えないほど才能を開花させている。何もこんなちっちゃい赤ん坊の頃からいじめなくとも、と思うけどね。
 そして私も既に19歳。イルミも16かあと感慨深くなっていた。


「思ったより年を取ってる」

 リビングのソファに深々と座り込んで昔のことを思い出していた私。
 思い出すのは全て家。兄弟、家族、たまに執事。思い返すだけでこれだけしか出ない。なんて箱入り娘なんだろうと頭を抱えた。

「最後に家を出たのはいつだっけ。私、太陽の光はいつ浴びた?」

 あまりの衝撃に思わず独り言を呟いていたようだった。「うわ、しゃべった」という舌っ足らずのキルアの声に気付かされたのだ。

 膝に肘を立てて頭を抱えていたので、視線を少しあげると既にぴょこぴょこと動き回るキルアが目の前にいた。
 うげっとどうにも汚いものを触るような声をあげて私を見てくるので少し傷ついた。
 しかし、このくらいの少年は私が初めて面倒を見ることになった、小さいミルキを思い出すのでとても構いたくなってしまう。
 うずうずとする感情が堪えきれず、頬を緩ませて声をかけてしまったのがいけなかったのかもしれない。

「キルア〜? お姉ちゃんとも遊ばない?」

 何気なく声をかけたつもりだった。キルアは私の顔と声に気づくとさらにぎょっとした表情をしてこう言った。

「いるにぃがあそんじゃだめっていうからあそばない!」

 あー、だからそんなに嫌そうな顔をしたのね。そういうことね。いや、可愛いけどね、可愛いんだけどね。……イルミのせいで反抗的ね。

「イルミお兄ちゃんがなんか言ってたの?」

 私はイルミとミルキというそれなりに大人しい弟達しか見てこなかったのでキルアという新種のタイプに、正直言ってかなり戸惑っていた。扱い方がよく分からないのだ。

「うん、ジルキはいじわるだから、ちかづいちゃいけないんだっていわれた! だからジルキとはいっしょにあそばない!」

 そうやってあっかんべーをしたキルア。
 年相応だからまあ、可愛いんだけどね。イルミによって完全に洗脳されていると落胆すると同時に、自分が思っていたより腹を立てていることに気がついた。
 三歳相手にムキになるなと自制している私をみて、キルアは煽るように、さらに意地悪気に笑ったのだった。避けられてる気がするとは思ったけどこういうことだったのか。完全に理解した。

 私の脳内に存在するイルミが人差し指を立て言っている。

「いいかい、キル。ジルキはものすごーく意地悪なお姉ちゃんなんだ。近づいたらキルが虐められちゃうよ。だから絶対に近づかないこと。お兄ちゃんとの約束だぞ」

 無表情な顔と彼の平坦な声が脳内で再生された。ものすごくあっさり想像出来た自分が悲しい。
 イルミめ、私にキルアを近づけさせたくないほど私のことが嫌いなのか。
 イルミに対する密かな対抗心が燃えた。何としてでもお姉ちゃんと遊びたくなるように誘導してみようと思った。三歳に通じるかは別として。

「そっかぁ、お姉ちゃん、ものすごく残念だなぁ。キルアに意地悪するつもりは無かったんだけど」

 私はわざとらしく私は肩をすくめた。

「お菓子、一緒に食べたかったんだけどな」

 キルアの耳がぴくりと動く。
 お、興味湧いてる、私は心の中でほくそ笑んだ。

「でもキルアはイルミお兄ちゃんにだめって言われちゃったんだもんね。私はキルアと遊べないしお菓子も食べられない。残念だなぁ……」

 私は座っていたソファから立ち上がって、キルアを見下ろした。

「あっ、そうだ! それならお姉ちゃんはミルキとゲームしてお菓子も食べてきちゃおうかな!」

 プルプルと震えるキルアを見た。私はくるりと進行方向を定め、たまたま持っていたチョコロボ君というチープなお菓子を手に、ミルキの部屋に向かう振りをする。

「キルアと一緒に遊びたいんだけどなぁ」

 ちらりと後ろを確認しながら私はゆっくり歩みを進めた。

 食いついてくるかと思ったが、なんの反応もないキルアに不安な気持ちになる。生意気な子ならこうやって下手に出れば飛びついてくるだろうと思っていたのだが、まさか予想を裏切るとは思うまい。


「いるにぃのいったとおりだっ!ジルキはいじわるだ!」
「えっ」

 びえーと泣きながら私と反対方向に走っていったキルアに一瞬呆けた後、しまった、やらかしたと焦って追いかけたのだった。

prev main next
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -