コンコンと音を鳴らすドアに「入って」と声をかけると真っ黒で猫みたいな目が私を捉えた。包帯でグルグルになった私を見ても表情一つ変えない弟に、暗殺者としての素質を全て持っていかれたような心地になる。喜ばしいが、素直に認めたくない、複雑な気持ちだった。
 部屋に入って来たイルミを私のいるベッドまで誘導し、横に座らせる。じっとこちらを見つめてくる弟に、私の醜い心まで見透かされているような、不安な気持ちに駆られるが、すべてを飲み込んだ。

 不自然にならないように、違和感のないような話題を探った。そしてスっと出てきた言葉。

「イルミの髪って綺麗だよね。うらやましいわ」

 突然何を言い出すんだと、イルミが顔を顰めていた。
 さらさらで艶のある短髪に手を伸ばし、私は髪を何度か撫でた。本題はこれではない。お互いわかっているから何も言わない。そんな状況がしばらく続くと、私は撫でていた手をゆっくり降ろし、私が目を逸らさないために、両肩を掴んだ。

「あのね、頑張り屋さんのイルミに、お姉ちゃんの話を聞いてもらいたいんだけど、いいかな?」

 そう尋ねるとこくりとイルミは首を縦に振った。私はイルミが頷くのを確認してから話し始めた。

「お姉ちゃんね、パパとママの期待に応えられないみたいなんだ」

 真っ黒で大きな瞳がさらに見開いた。それでもなにも言わないイルミに苦笑いするが、私はそのまま続けた。

「ミルキが、大きくなったじゃない? これから私が面倒みることになったんだ。仕事もしなくていいんだって。ママに言われたの」

 困惑した表情に「どういうことかわかる?」そう続ければ、目の前の弟は首を横に振った。

「期待されてないのよ、私。私の教育に力をいれるより、あなたを育てる方がよっぽどゾルディックのためになるんだよ。最近ママから何か教わってるんじゃない?」

 思い当たる節があるのか、大きな黒い目を伏せた。

「やっぱり。綺麗な纏だよ、私よりずっと。頑張ってるのがバカらしくなっちゃうくらい」

 対等な人間が私と弟しかいない中、比べない方がおかしかった。とても悔しくて、弟に酷い当たり方をしている。自覚はあるけれど、こぼれそうになる涙を抑えるために言葉を並べる。

「イルミって本当にすごいんだよ。才能に溢れてる。私に付いてこなくていいんだよ」

 違う。イルミがついてきてるんじゃない。私が付いて回っているんだ。自分の見当違いな発言に余計に情けなさを煽った。
 それをきっかけに、喋ることで必死にせき止めていたものが頬を濡らした。
 気まずくなった私は出てくるものを垂れ流しにして、「イルミがうらやましい」とそっぽを向いた。イルミの眉間にシワが寄ってるのも気づかないで。

 ビキビキと音がなると同時に、肉体操作された手がくすんだ銀を掴んでいた。プツプツと音を鳴らして切れていく髪を茫然と見ながら、震える声で「なに」と尋ねた。イルミのすさまじい剣幕に気圧されながら、紡がれるだろう言葉を待った。

「今本気で殺したいって思った」

 感情を全て押し殺したイルミが目を吊り上げるくらいなんだから、そうなんだろうなと思った。切れた私の髪がハラハラとベッドに落ちる。少なからず手に残ったシルバーグレーの髪をイルミは見つめていた。

「オレはジルキのことを尊敬していたんだ。早く追いつきたくて努力をした。なんで追いつきそうになったらそんなこと言うんだ」

 ギラギラと光る眼に捕らわれて、出ていた涙が引っ込んだ。
 私を尊敬してた?なぜ?どうして?
 そんな疑問が沸き起こる。

「才能なんて、ジルキが全部持っていったよ。精孔だって無理を言って開けてもらったんだ。ジルキみたいな正当法じゃない」

 そう言ったイルミから、自分と違う精孔の開け方をしたことに気がついた。直接オーラを与えることで精孔を開ける方法。一歩間違えば死に至る。前に両親が言っていた。
 私はイルミの頬をはたいていた。

「わたしは! イルミが念を覚える前から追い抜かれることなんて分かってた! イルミの方が強いんだよ!? 尊敬してくれてたなら分かってよ! なんでわかってくれないの? なんでそんな無理したの? もっと自分を大事にしてよ」

 そんな強さ私は全然嬉しくない、と捲し立てるように言葉を連ねたあと、頬を抑えたイルミにごめんね、と謝るが後悔はしていなかった。それ以上にこっちは痛い思いをしているから。
 信じられないと言った顔が私を見つめた。小刻みする両肩を無感で眺めていると、イルミはまた両目を吊り上げた。

「なんでそんなこと言うの。オレはジルキのために頑張ったのに、全部否定するようなこというなよ。ジルキなんか嫌いだ!」

 そう言って部屋を出ていった弟の背中はただでさえ小さいのに、余計に小さく見えた。


その出来事から四年。ミルキが当時のイルミと同じ年になった。キルアという、父の白い綺麗な銀髪を引き継いだ弟を見て、本当に才能のある子はこの子なんだ、と誰しもが理解した。

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