私が十一の時、三個下の弟イルミのことを、心の底から羨ましく思ったのを覚えている。

 イルミは私より優れていた。私と違って母親の黒髪を受け継いだのに。
 努力を怠らず、どんな訓練も耐え抜いて見せた。八歳とは思えないほどの成長をみせるイルミに両親は熱心だった。
 念は特に顕著だった。私が半年かけて習得したこの能力を、弟は僅か数週間で完成させた。
 だから余計に嫉妬したのだ。彼が生まれてから八年間、ずっと、才能の差に悩まされていた。私は、私が築き上げたこの三年の差が埋まることを恐れていたのだ。父の銀髪を受け継ぐ者に、ゾルディックの才能が現れるのではないかと、誰にも言えず一人で抱え込んでいた。

 ある日、イルミの稽古で日が沈んだ時のこと。いつもならおじいちゃんから講評を受けて「二人とも良くなってる。これからも精進しろ」だなんて褒められて、私はまだ大丈夫だと、イルミには負けないと、安心している時間帯のこと。この日、いつもと違う動きをするイルミにおじいちゃんは感心し、続きが見たいと稽古の時間を延長していた。
 攻防戦が続いて埒が明かない。ただ、普段と違う戦闘スタイルや時間、プレッシャーのせいで、精神的に参っていた。負けそう、嫌だ、イルミに負けそう。そんな言葉が頭に過った。
 一瞬の出来事だった。攻撃をかわすために飛び退き、浮いた足を地面につけようとしたその瞬間、イルミがフェイントをかけた。ものすごい速さで生まれた右方面の影に、受け止めようとして反射的に腕を立てたが、気づいた時にはもう遅かった。イルミの影は消えていた。うそ、左?いつの間に−−、避けようとしたが宙に浮いた体だ。バランスなんて取れるはずもなく、無慈悲にも足を払われた。不安定だった体は左に傾斜し、頭は守らなきゃと地面に腕を伸ばした。肉のついてない棒みたいな細っこい手に自分の全体重がのしかかってきた。
 手を抜いたつもりはないけど、本気だったわけでもない。少し成長しているイルミにびっくりして、動きが鈍っただけなんだ、なんて、みっともなくて情けない言い訳を自分に言い聞かせ、これから感じるだろう痛みに歯を食いしばった。ごきり。あの時自分の腕から聞こえた嫌な音は、今でも忘れられない。

 だけど当時の私にとって、腕が折れることはそんなに大した怪我じゃなかったんだと思う。手当をされればある程度動けるようになったし、遅くまで稽古して眠かったけれど大好きな母に呼び出されたら眠いことなんて忘れて、早く行かなきゃと焦っていた。
 駆け足で部屋に着くと一度大きく息を吸って、きっと、真面目な話なんだろうなって考えてから顔をきゅっと引きしめた。ノックしてから自分の名前を告げれば、「どうぞ」と母の声が聞こえた。ゆっくりドアノブを回して中に入ると母が私を視界にいれた。

「遅くまでお疲れ様です、ジルキちゃん」
「ありがとうママ」

 大きくなったミルキを抱いて優しい声で語りかけてきた。呼び出すくらい大事なことなんて怒られるくらいしか想像出来なかった私には、母親の柔らかい声はとても安心できた。

「早速だけれど」

 だから、そのあとに続く言葉が信じられなかった。

「明日から、イルミのことはパパとママに任せてちょうだい」

 一体、何をしてしまったのか。焦りで目を見開く。そして、頭に過ぎったものは今日のことだった。あの時、負けてしまったせいではないか?イルミが成長したことで、私から学ぶものがなくなってしまったんだ。
 一旦そう考えてしまうと抜け出すことが出来なくて、私はもう必要ないと言われたような気になった。悔しくて、苦しくて、俯いた。真っ直ぐ母の顔が見れない。そして聞こえたキキョウの言葉。

「ミルキのお世話を任せたいの。いいかしら?」

 意味がわからなくて何も言えなかった。無言でいると、なんの心配をしたのか大丈夫、安心してくれと私に言った。なにが、尋ねようとして口を緩やかに開けるが、母は止めるつもりはないらしい。

「そんなに気にすることないわ!なんせ、ジルキちゃんが働く必要ないんだから!仕事はしっかりイルミに任せるから安心なさい」

 追い打ちをかけるような言葉に衝撃を受けた。
 まさか一度の失敗で全てを無にされるのか。私が今まで重ねた努力は?忠誠は?もういらないとでも言うのだろうか。母の一言は仕事を続けたい私には酷く残酷で、鋭利な刃物で切りつけられたような心地になった。
 この家が全てだった私に言い返す術なんかある訳もなく、「わかりました」と返事をして逃げるように部屋へと向かった。

 そしてその日私は無意識にイルミを部屋に呼び出していた。一緒に話せる相手がイルミだけだったから。それに、暗殺しなくていいなんて、こんなの暗殺一家の長女としていかがなものか。ついに情けなくなった私は自分の腹の内を明かしてやろうと思った。プライドなんて捨てていた。全てを話し、私の苦しみをイルミに知って欲しかった。

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