No.11 COSMOS

「ね、前世って、信じる?」

 ぼくの幼馴染はときどき文脈の読めない突拍子もないことを言い出すクセがあるが、その質問もまた、答えるのに時間を要する類のものだった。

 学校から家まで25分ほどの道のりを、彼女と歩いていたときだった。彼女とぼくのローファーの足音は揃ったりずれたりしながら、会話の合いの手のように、地に鳴って響いて、すぐに消える。そのリズムのなかに突然現れた質問が耳に入ってくるなり、ぼくは問われたことの意味を頭のなかで解きほぐそうと、まずは鼻ですっ、と短く息を吸った。
 しかし、ちょっと考えても、意味はあまりわからない。質問を名詞や助詞に分けることはできるし、なんだったら英訳だって多分できる。でも、どうしてその質問を彼女がしたのか、そしてぼくの答えを聞いた彼女がどうするつもりなのかについては、わからなかった。だってさっきまで、隣のクラスの田中くんがヘアワックスをつけて登校してひどく怒られたらしいという話をしていたのだから。この話と、「前世を信じるか?」という質問は、あまりにも文脈が違っていた。

「えっと。ぼくはまぁ、信じていなくも、ないけど」
 ぼくは交互に視界に入る自分の靴の先を見つめながら、ひとまずはそう答えた。彼女が突発的に言い出す意味のわからないことについて深く考えたって、たいていの場合、そこに深い意味はない。それはただの思いつきだ。ふわふわとした口調で紡がれたかと思ったらすぐにどこかに消えてしまう、彼女の思考のひとかけら。つかみどころはなく、その言葉を発した本人ですら次の瞬間には別のものに関心を向けているような、そんな霞みたいなもの。
 だからぼくの答えに対して、彼女から「そっか」とか「ふーん」とか、そんな返事が聞こえてくるかと思ったのだが、
「えッ、信じてるの?! やっぱり! やっぱりそうだよね!」 
 なのに今回は、霞じゃあなかったみたいだ。

***

 彼女は図書室で宇宙や天体のことが書かれている図鑑を読んで、前世というものを信じるようになったらしい。ぼくには宇宙や天体というものと前世というもののつながりが全然わからなかったけれど、その日は彼女が詳しいことを話す前に家についてしまった。
 そして次の日、昼休みになると彼女が隣のクラスからやってくるなり「典明くーん」とぼくを呼び出し、連れて行かれたのは図書室だった。

「あ、せんせーこんにちは」
「こんにちは、みょうじさん。それに花京院くんも」
 ぼくたちが図書室のドアを開けると、すぐに国語の教師がカウンターに座っているのが目に入った。昼休みにいつもここに来ている彼女の名前はともかく、ぼくの名前も知っていたのかとちょっと驚いて、「あっこんにちは」とやや間抜けな挨拶をしてしまう。しかし教師はすぐに手元の新聞に視線を戻した。
 「こっちだよ」と彼女はぼくの腕を掴みながら、例の図鑑がある本棚まで大股で歩いていく。ぼくは、うん、と口では返事をしたけれど、頭ではさっき教室で彼女に呼ばれたときの光景を思い出していた。

 さっき、昼休みになるなり彼女が教室に現れて、引きドアのレールの縁に立ち、大声でぼくの名前を呼んだ。いつもの半分くらいの人数になっていた教室のなかでその声は一番大きく響き渡り、談笑していたクラスメイトたちが一斉にこちらを見た。「図書室行こうよ」と言って手でぼくを手招きする彼女、それに応じて席を立って教室から出ていくぼくの背中に、「あの二人付き合ってんのかな」「いやただの幼馴染らしいよ」「でもいつも一緒にいるよね」などという囁き声が聞こえてきて、ぼくは心臓のあたりが痒いような、そわそわした気持ちになった。それなのに「あの図鑑一緒に読もうよ」と昨日の話の続きをしようとしている彼女には、その囁きは聞こえていなかったらしい――いや、聞こえていたとしても、彼女はまったく気にしていないのかもしれない。小学生はともかく、中学生の男女が一緒に登下校したり昼休みに一緒にいたりするとなれば、噂話の格好の標的になるのは当たり前だとぼくは思うのだが、彼女はこの関係に「幼馴染」とか「友達」みたいなもの以上の意味を見出していないみたいだった。
 小さいときから、この関係は変わっていない。セミの幼虫を獲って家で羽化を見ようとか、雲を触ってみたいから山に登ろうとか、近くの公園にリスがいるらしいから見に行こうとか、隣町の親戚の家で子犬が生まれたから遊びに行こうとか、いつもぼくはそういう彼女の突然の誘いに捕らわれて、連れて行かれる役目だった。蛍がいる川を探しに行こうと言われて自転車で何キロも走ったのちに、夜が更けても結局見つからず、心配した親が警察に電話してちょっとした事件になったこともあった。あれはいま思い出しても無謀すぎて頭が痛い。蛍なんて、もうこの地域にはいないのだから。
「あ、これこれ」
 彼女は少し屈んで、例の図鑑を取り出した。表紙には青くてきれいな地球の写真が載っている。そうして彼女はぼくの顔を見上げた。いつか「蛍を見に行こうよ」とぼくを誘ってきたときみたいな、きらきらとした瞳で。
 ほら、あっちで読もう、そう言って彼女はまたぼくの腕を引っ張っていく。でも、彼女は気づいているのだろうか――もう見上げないと、ぼくと視線を合わせられなくなっているということに。

 椅子にも座らず大きな机に大きな図鑑を広げて、彼女はパラパラとページをめくっていく。地球がまだ青くなかったころの絵や、月がそこにぶつかっている絵が載っている章が終わると、宇宙の歴史が解説されている箇所に行き着いた。
「ここ見て。"宇宙は約120億年前にビッグバンという大爆発によって誕生したと考えられている"」
 彼女はそのページの写真の横に書いてある文章をひとさし指でなぞりながら、読み上げた。それからすぐ次のページをめくって、同じく写真のそばに書いてある文章をまた指した。
「それでこっちも見て。"ビッグクランチ説では、ある時点で宇宙の膨張が止まり、自身の重力によって宇宙はある特異点まで収縮していくと考えられている。そしてまた新たなビッグバンが起こることで、宇宙は永遠に続いていくという理論が提唱されている"」
 そこまでを読み上げると、彼女は大きく開いた眼と少し赤くなった頬で、ぼくのほうを向いた。
「ねッ?! だから、前世があるんだって思ったの!」
 その声が、ぼくらと教師しかいない図書室に大きく響いた。教師が新聞の向こうからちらりと視線を寄越したのが、ぼくにはわかった。
「あの……待って。ぼくにはまだよくわからないんだけど」
 教師が再び新聞に目を移したのを目の端で捉えながら、ビッグバンのことが書いてあるページに戻ったり、またビッグクランチのページをめくったりする。どちらの箇所も写真や絵が半分以上を占めていて文章に目を通すのに時間はかからなかったが、何をどう考えれば宇宙の始まりと終わりについての理論が前世のあるなしに結びつくのかは、腑に落ちない。
 けれど前世があるのだという「大発見」を自分と同じくらい驚き喜んでくれるものと思っている彼女は、期待したよりも冷静なぼくの様子を見ても、それでもやっぱり嬉しそうに説明を始めた。
「だってね、ビッグバンのあと120億年経って、今があるわけでしょ。それで、またながぁい時間が経てば、ビッグクランチが起こって宇宙は最初に戻るの。それで新しいビッグバンのあと120億年経てば、今みたいな地球が出来上がってる。その新しい地球で生きてる人たちって、前の地球で生きてた人たちの、生まれ変わりなんじゃあない?」
 ね、だからそうだよ、絶対そう。独り言のように何度か呟いて、彼女はまた図鑑の絵を見つめた。その表情は、雲を捕まえられるかもしれないと虫かごを持ってきたあの日や、リスを絶対写真に撮るんだとお小遣いでカメラを買いに行ったあの日の彼女のものだった。ぼくは彼女のそんな表情を見ると、なぜだかRPGゲームで死んだと思った仲間が復活したときみたいな、嬉しさと驚きが混ざった気持ちになって変な顔になる。なので手で口元を隠して深く考えているふりをして、「なるほど」と一言だけを返した。
 ビッグバンやビッグクランチが実際に起こるのだとしても、前の地球の生まれ変わりが今の地球だと断定するにはちょっと早すぎる気がするから、ほんとうは全然「なるほど」ではない。だけどたしかに、前世というものを宇宙の始まりと終わりの繰り返しのなかに位置づけるのは、なかなかいいアイデアな気がする。それになにより、彼女が楽しそうにしているのを見るのは全然嫌いじゃあないから、「なるほど」に「大発見だね」を付け足した。すると彼女はもっと顔を明るくさせ、少し背伸びをして、ぼくの耳元に顔を寄せた。
「やっぱり典明くんならわかってくれると思ってた」耳にわずかにあたるのは、今度は内緒話の声色だった。「みんなに知られると大騒ぎになるから、これはわたしたちの秘密ね」

 セミはカーテンに掴まっていても羽化できること。雲は虫かごじゃあ捕まえられないこと。あの公園にはリスの家族がいること。走ると子犬はずっと後ろをついてくること――ぼくたちはこれまでいろいろなことを発見してはふたりだけの秘密にしてきたけれど、これでまたぼくたちの秘密が増えてしまった。
 内緒話をするために彼女は少し背伸びをしなくちゃならないし、ぼくは少し屈まなきゃならない。けれど、それでも秘密は共有できるのだ。

 ぼくが了解の合図として小さく頷いたとき、ちょうど昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴った。ぼくたちは何を読んでいたのか教師に見られないようにこっそりと図鑑を戻して、何食わぬ顔をして図書室をあとにした。

***

「典明くん、星見に行こうよ! 準備して!」
 彼女が図書室好きなのはよく知っているけれど、どうして宇宙の図鑑なんて読むことになったのか気になっていたのだが、夏休み中にペルセウス座流星群が来るとテレビで知ったのがきっかけだったらしい。
 そして8月12日、この地域で今夜流星群がばつぐんによく見えるという話をニュースで聞いた彼女は、夕方になってぼくの家のインターホンを鳴らした。
 彼女の突然の誘いに慣れきっているぼくの父は、懐中電灯どこにあったかな、と言って車庫のほうに探しに行き、母は夕飯はどうするの、とだけ訊いてきた。彼女には玄関前で待っていてもらって、ぼくは急いで押入れの奥から小学校の遠足で使っていたリュックを引っ張り出して、そこに上着と、父が持ってきた懐中電灯、それからお茶が入った水筒を入れた。夕飯は帰ってから食べると言いながら玄関を出ると、彼女も小学校の遠足で使っていたリュックを背負っていたので、「そのリュック懐かしいね」と言って笑いあった。
 彼女のリュックがぼくのよりちょっと膨らんでいたから「何を持ってきたの」と訊くと、借りてきた例の図鑑と、家にあったクリームパンとあんパン、それにこっそりアイスも持ってきたんだと自慢げな顔をして言った。
「それ、絶対着く前に溶けちゃうよ」
「あ、そっか。じゃあ今食べよ」
 そうしてぼくたちは、前に雲を捕まえるために登った山へと、アイスを口に入れながら自転車を漕ぎ出した。

 山といっても登山をするような立派な山じゃあない、でも雲はときどき頂上にかかっているという程度の山なのだが、久しぶりに自転車の立ち漕ぎを強いられたので、頂に着くころにはふたりとも息がすっかり上がっていた。
 太陽が消えていったほうの空は橙色になっていて、反対側の空は深い紺色、そのあいだは何ともいえない薄紫色だ。ニュースの予報通り雲はほとんどなく、すでにいくつかの星が輝いていた。
 自転車を停めて少し歩くと、林が開けていて照明灯の光がほとんど届かない場所を見つけた。そこに腰を下ろすと、夜の空気に冷やされた草が湿っているのがわかった。
「ニュースでね、1時間に60個くらいの流れ星が見えるって言ってた」彼女はリュックから二つのパンの袋を取り出す。「クリームとあんパン、どっちがいい?」
「どっちでも」
 ぼくも上着を取り出して、お尻が湿ってしまわないようにぼくたちの下に敷いた。
「じゃあ、わたしクリームね」
「うん」
 彼女は絶対クリームにすると思っていた。もう片方の丸い形をしたパンを受け取って袋を開けると、薄暗闇でも数粒の黒ごまがのっているのがわかった。
「あ、飲み物持ってくるの忘れちゃった」
 ぼくが半分を食べたころ、彼女はもう最後の一口を食べようとしていた。ぼくは微妙にぱさぱさしたあんこを口のなかに残したまま、リュックから水筒を取り出して彼女に手渡す。
「ん」
「おお、さすが典明くん」
 彼女はそれを受け取ると蓋を回して開け、二口ほどを飲んだ。
「あ」
 ぼくはそのとき気がついた。
「ん?」
「いや、なんでもない」
 ――水筒、1本しか持ってこなかった。
「はい、これありがと。……もうかなり暗くなってきたね」
 けれど彼女が気にしていないなら、それでいいや。そう思ってぼくも彼女から水筒を受け取ると、最後に口に入れたあんこをお茶で流し込んだ。


 頭上に瞬く星の数が増えてくると、流れ星を見たような気がする瞬間も増えてきた。ぼくは流れ星を実際に見たことはなかったから、それがどんなものなのかは知らない。彼女に流れ星を見たことがあるか訊いてみると、「小さいときに見たと思うけど、どんな感じだったか忘れちゃった」と言う。
「それ、多分アニメか何かで見たのを実際に見たのと勘違いしてるんじゃあないの?」
「えーッ……」
 彼女はちょっと唸って考えた。
「えー、そうなのかな。うーん、そうかもしれない」
 きっとそうだ。だって、彼女から流れ星を見たという話を聞いたことがない。もし実際に見たなら絶対にぼくに自慢するはずだけど、これまで一度も自慢されたことはなかったのだから。
「じゃあ今日が初、流れ星だね。ぼくたち」 
 空を見上げたままの喉からは、あまりよく考えずにそんなセリフが出てきた。自分が言った言葉が音になって自分の耳に入ってきたときに初めて、ぼくは変なことを言ってしまったことに気がついた。「初流れ星」って何だ、流れ星を初めて見ることに、わざわざ声に出して確かめるほどの価値があるのか、などという鋭い指摘が、頭のなかを駆けていった。
「ふふ、そうだね。初流れ星。どんな感じなのかな、ほんとうに流れていくものなのかな」
 けれど彼女の返事が嬉しそうに聞こえてきたから、ぼくはまた口元を手で覆って、変な顔を隠した。もう暗くて、お互いの顔なんて見えていないのに。
「流れ星、ほんとうは落ちてくるものだったりして」
 ぼくがちょっと低い声でそう言うと、彼女は何それ怖いよ、と言って笑った。
 ずっと空を見上げていた首が痛くなってきたと思っていたら、彼女は「あー首疲れたよ」と言って草の上に寝転がり、そしてすぐに「あ、典明くん、寝転がるとすごく見やすくて最高」と感想を報告してきた。草でチクチクしないかと訊くと、彼女は吹き出しながら「すっごいチクチクする!」と言ってくすくすと笑うので、ぼくも寝転がってみた。
「ほんとだ。最高だね。チクチクするけど」
「うん、最高。チクチクするけど」
 ぼくらはそう言って、また笑いあった。半袖から出ている腕や、髪に覆われていない首が、ひんやりとした草にくすぐったく触られる。でも座っていたときよりも彼女の顔が近くなったように感じらたし、頭を支えるように組んだ肘が彼女の腕と少しだけ触れて温かかったから、これは最高の特等席だと思った。

 まだ流れ星は見えない。けれど空はすべてが一色の闇に覆われて、数え切れないくらいたくさんの星の粒が、そこに張り付いているみたいに光っている。ときどき吹いてくる風が向こうの木立を揺らしている音や、鈴虫が絶え間なく鳴いている声が聞こえてくるかわりに、ぼくたちは何も話さないまま、じっと空を見つめていた。
「そういえば、図鑑に書いてあったけど」
 その静寂に、彼女はぽつりと話をはさんだ。
「宇宙で一番古い星って、今140億歳くらいらしいよ」
「え、……じゃあ、ビッグバンの前からあったってことなのかな」
「そういうことらしいよ」
 いや、納得がいかない。
「でも、ビッグバンが起こる前は、なにもなかったって……」
「そのはずなんだけど、でも、その星は宇宙より古いかもしれないんだって」
「ええ……?」
 ぼくは混乱した。ビッグバンの起こる前には宇宙のエネルギーが凝縮されて、それが大爆発につながっているはずなのに、どうしてその星は生き残れたのだろう。明らかな矛盾ではないか。そう思った。けれど、
「その"星"は、何を見てきたんだろうね」
 彼女がとても楽しそうに言うものだから、ぼくは矛盾だ何だと宇宙のことを詮索する気がなくなった。
 ぼくと彼女は、いつもそうだった。頭で考え過ぎてどうにもならなくなるのがぼく。どうにもならなくなったぼくの手を引いて、楽しいことを教えてくれるのが彼女。
 いつも、いつも。ぼくと彼女は、いつも一緒だった。ずうっと昔も、今も、いつも一緒だった。

 だからぼくは、前世というものを信じるようになったのだ。

「宇宙が始まる前からあった星なら、もしかしたら、ぼくたちの前世のことも知ってるかも」
「たしかに!」
 暗闇に慣れた目は、近くにいる彼女の顔を映すようになった。彼女の横顔は、笑っている。その瞳がちょっと濡れていて、空から注いでくる僅かな光を集めて反射しているのが見えた。
「前世かぁ。ねぇ、わたしたち、前世ではどんなふうだったのかな」
 その瞳が、ぼくを捉えた。1秒、2秒、3秒。そのくらいのあいだ、ぼくたちは目を合わせてから、どちらからともなく空へと視線を戻した。

 彼女の言葉に、ぼくは何と答えればいいだろう?
 いつも突拍子もないことを言うのは彼女なのに、今度はぼくが変なことを言ってしまわないだろうか? ぼくたちが前世ではどんなふうだったのかなんて、そんなことを大真面目に答えたなら、彼女を困らせてしまうのではないか?

「前世、があったとしたらさ、ぼくたちは――」

 言いよどんだ言葉を紡ぎ終わる前に、「初流れ星」はぼくたちのもとにやってきた。
「あッ」
「あッ!」
 その光が現れて、尾を引いてすぐに消えていったのを見て、ふたり同時に声を上げた。
「見た?」
「見た!」
 流れ星は、思った以上に明るくて、はっきりとしていて、そしてすぐに消えてしまうものだった。ぼくたちがさっきまで「あれ、今流れた?」「えッうそ、どこ?」などと言いあっていたのは、ただの見間違いだとすぐにわかるくらい、はっきりとしていた。
「すごい、ほんとうに明るかったね」
「うん、それに、ほんとうにあっという間だった」
 詳細な感想を語り合うには一瞬すぎる出来事だったから、ぼくたちは、明るかった、速かった、などの一言でしか、あの姿を表現できなかった。けれどそれくらい、流れ星は思い描いた以上に明るくて、速くて、あっという間に流れていくものだった。
 
 そう、流れ星は、ほんとうにあるのだ。しかも、思ったよりも不思議に明るくて、速くて、はっきりとした姿で。
 ぼくは起き上がって、彼女を見て、口を開いた。

「ねぇなまえ」

 流れ星がほんとうにあるんだとわかった今、ぼくは彼女に何でも言える気がした。

「ぼくは、ずうっと前から、きみを知っていたよ」

 流れ星だけじゃあない。一番古い星だって、この宇宙には、ほんとうにあったのだ。

「なにそれ、そりゃあそうでしょ。だって小さいときから、いつも遊んでたんだから」彼女はぼくの突然の告白にわずかに目を見開いて、それからすぐに笑った。「典明くんも、そんな変なこと言うんだね」
「え?」
「……いつも変なこと言うのは、わたしばっかりだから」
 彼女は顔を逸らしながら、ぼそぼそとした声で、そう付け足した。
 なんだ、自覚していたのか。ぼくも独り言のように答えると、彼女は「もうッ」と言ってぼくの腕を小突いた。ぼくはその反撃を受け止めてあげるかわりに、彼女の手をそのまま握った。一瞬だけ、彼女の手はこわばる。けれど、すぐにぼくの手は、同じくらいの柔らかさで握り返された。

「ね、典明くん。来年もまた、星、見に来ようね」
「……うん。そうしよう」
 
 ぼくたちはそのままじっと空を見つめて、次の流れ星を待っていた。

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