07 食材は「食事」になっていく

 リリアナがここに来て2日経つと、その部屋にはもう鍵がかけられることがなくなった。スクアーロとティッツァーノが、リリアナがスタンド使いであると確認できたこと、そしてパッショーネの一員としてやっていく意志を見せているということを上に報告したところ、リリアナをある程度自由にさせて良いとの許可が出たからだ。

 組織の一員としてやっていく意志を示したリリアナは本来なら入団試験を受けなければならないのだが、年齢や状況を考慮してしばらく試験は先になることにもなった。だからリリアナの身分はパッショーネの正式な組員ではなく、「組員見習い」だ。ただ、一員とはいっても、パッショーネという大きな組織に対してリリアナが貢献できるようなことはまだない。リリアナは、一人前に「仕事」ができるようになるまでここに住んで、他の組員を手伝ったり、自分自身でスタンドの能力の開発をしたりすることになった。

 リリアナが連れてこられたのはナポリの北西部、キアイアノという地域だ。このコンドミニオは3階建てで、2階と3階には小さめの部屋が3、4つあり、1階には台所や居間、シャワールームがある。もともと何かの事務所だったのをパッショーネの幹部が買い取って、少し建て替えたりしてから、組織の拠点の一つにしたという。
 基本的にこの拠点は休憩のためか、仕事の打ち合わせのためか、仕事の終わりに飲んで騒いで夜を明かすために使われていて、寝泊りをここでしている者は、今はリリアナ以外にはいない。しかし時々家を出たか追い出されたかした若い組員か、あるいは組員と一夜をともにした女がそのまま居着いてしばらく住んでいるのを見かけることもある、とスクアーロは言った。

***

 その次の日には、ティッツァーノがリリアナを連れて、コンドミニオから歩いて10分くらいのところにある食料品店に向かった。「教育係」がいなくてもリリアナが自分の食事を用意できるように、近所を案内しておこうと考えたからだ。
 2人はコンドミニオから出ると、車一台分ほどの狭い道をやや下り、昼すぎの秋の陽射しが照らす石壁の間を並んで歩いた。それから突き当たった三叉路で左側の道に進むんだ、とティッツァーノが言うと、リリアナは目の前の2つの道を交互に見やってぽつりと呟いた。

「ひだり……」

 ティッツァーノは、リリアナのその仕草を見てすぐに思い当たった。リリアナはまだ左と右を判別できないのだ。ティッツァーノは手を顎にやってしばし考えてから、屈んでリリアナに目線を合わせた。

「リリアナ、君はいつもどちらの手を使う? 食事をするときだとか、ペンで何かを書くときとかに」
「えーと……こっち」

 リリアナは、ティッツァーノから見て左、つまり自分の右の手をちょっと上げた。

「リリアナは右利きなんだね。そっちの手が右だ。じゃあいつもはあまり使わない手が、左だ」

 ティッツァーノがこれなら覚えられるだろうと言うと、リリアナははにかんで頷いた。新しいことを覚えたのが嬉しかったのだろうと、ティッツァーノは思った。
 その道を進むと、今度はキアイアノを南北に両断するトンマーゾ・デ・アミーチス通りに出た。一気に道幅は広くなり、車はひっきりなしに走るようになった。

「この大きな道路に出たら、まだ左だ。……左はどちらだった? リリアナ」

 そうティッツァーノが問うと、リリアナは今度はすぐに正しい方向を指した。ティッツァーノは正解、と言ってリリアナの頭を撫でる。

「この道は歩道が狭いから、車に気をつけるんだよ。なるべく歩道の端のほうを歩きなさい。車が走る道を通ってはいけないよ」

 歩道が狭いので、2人は前後になって歩いた。少しだけ南下すると、すぐに青色の大きな文字で店名が書かれた看板が見えてきた。茶や白、くすんだ赤や黄色の家々が立ち並ぶこの町で、その鮮やかな青は浮いて見えるほど目立つ。「あれが店?」その看板をリリアナが指をさして訊ねると、ティッツァーノはそうだよ、と頷く。

 店に向かう途中、ティッツァーノは一軒のトラットリアの前で立ち止まった。それから「ちょっとここで待ってて」とリリアナに言い残して、その店内に入っていくと、すぐに1人の男を連れて出てきた。白いエプロンの下に少し出ている腹を蓄えた、中年の男だった。

「この子がそのリリアナ。しばらくそこに住んでますので」

 ティッツァーノがリリアナの背に手を回して、もう片方の手を今出てきたコンドミニオを指して、男にそう言った。

「リリアナ、この人はここの店長のマッテオさん。わたしやスクアーロがいないときで困ったことがあったら、彼を頼りなさい」

 マッテオという男に紹介されたリリアナだったけれど、自分の身体半分をティッツァーノの後ろに隠すようにして挨拶も何もできなかった。リリアナは元から初対面の人間に気安く挨拶できるほど外交的ではないし、それに加えて目の前の男のような、つい先日まで自分がしかばねのように生きていたあの場所を思い出させるような大人の男が怖かった。
 ティッツァーノはそれを察していたが、もうパッショーネというナポリの裏の顔を司る組織の一員となったからには、苦手を克服できるようでなくてはという考えのほうが、リリアナへの同情よりも強かった。ティッツァーノはリリアナの背を少し押して前に進ませると、「ほら、挨拶して」と促した。リリアナはティッツァーノの顔を見上げると彼の穏やかな視線に後押しされて、上目でマッテオの様子を窺うように、口を開いた。

「……あ……あの、こんにちは、マッテオさん。わたしは、リリアナです」
「ははは、こんにちはリリアナ。こんな小さいのに、いやぁ大変だね」

 リリアナの感じていた緊張とは裏腹に、マッテオはおおらかで陽気な男だった。リリアナが怖がっているということに不快の意を示すこともなく、少し屈みつつ距離を取りながら、リリアナに話しかける。トラットリアではそんなに高額でもない料理を出しているから、お腹が空いたら食べに来るといいと言い、加えてリリアナの好きな料理は何かとも訊いてきた。リリアナはちょっと迷ったあと、ポルペットーネだと答えた。マッテオはまた声を出して笑った。トラットリアのメニューにはポルペットーネがないけれど君が食べたいなら作るよと言われて、リリアナの緊張は少し解された。

***

 マッテオと別れるとすぐに食料品店に到着した。店の入り口は自動扉で、そのすぐ先には買い物かごが積み上げられていた。ティッツァーノはリリアナに一つ取るように言った。

「カゴがあるなら取ってから店に入ること。盗むつもりはないという意志を示すためだ」

 明るい店内に、野菜や果物がぎっしりと入った木箱が並んで、自分の身体の3分の1くらいもあるカゴを抱えたリリアナを迎えた。青臭い野菜のにおいや、土のにおいや果物の甘いにおいが微かに漂っている。リリアナはこのように大きな食料品店には入ったことがなかった。母と暮らしていたときはいつも母の買ってきたパンやら、小さな紙箱に入った麺料理やアジア料理やらを食べていたし、サントーロの酒場や食堂で使う食材は業者から直接仕入れていたからだ。だから色とりどりの食材がリリアナの目を楽しませると同時に、はじめての「買い物」というものに、リリアナの心まで跳ねるように動き出した。

 ティッツァーノはよく目にする野菜や果物の前でいちいち立ち止まると、リリアナと一緒にその値札を読み上げて名前を確認しながら、食べるとどんな味がするか、いつの季節に美味しいか、腹持ちはいいかどうかといったことをリリアナに教えた。当然リリアナの耳にはそれらの情報が入ってはすぐに抜けていったのだが、ティッツァーノが「一度で覚えられる人なんていないよ」と言って笑うので、リリアナは覚えられないからといって怒られることはないのだとわかった。

 カゴにはどんどん野菜が入れられていく。少し旬の過ぎたポモドーロ、根本に土がついたままのスピナーチ、「いまが旬!」と大きな値札で強調されたラディッキオに、たくさんの束が輪ゴムでまとめられて置いてあるアグレッティ。ティッツァーノはポルチーニもカゴに入れようとしたけれど、「今日はこのくらいでいいかも」と独り言ちてそれを元の場所に戻した。
 続いて果物が積まれている一角に行くと、ティッツァーノは「あ、これは買っていこう」と言って一房のぶどうをカゴに入れて、「これはワインにもなるぶどうだ。短い間しか見かけないんだよ」と言った。そのみずみずしく張った黄緑色の皮からは甘い爽やかな香りが漂ってくる。リリアナはその味を想像して、食べるのが楽しみになった。

 そろそろカゴが重くなってきたので、ティッツァーノはリリアナからカゴを受け取った。肉が吊るされているカウンターの前まで行くと、そこで店番をしていた男に話しかける。白い服に白い頭巾をかぶった若い男だった。ティッツァーノの顔を見て、男は「おお、いらっしゃい」と愛想の良い笑顔を見せた。「肉料理のことなら彼に聞くといい」ティッツァーノの言葉に、リリアナは頷いた。

「肉は早く食べなければいけないから、あまり一度に多くは買っていけないよ。でも買いすぎたら、ここに書いてある日付の前に冷凍庫に入れるんだ。そしたらしばらくは腐る心配をしなくて済む」

 ティッツァーノは、肉を包んだ袋を店員から受け取って、そこに書いてある日付を指した。

「腐ったらどうなるの?」リリアナは訊いた。
「うーん、酸っぱいにおいや、嫌なにおいになる」ティッツァーノは舌を出して具合の悪そうな顔をした。
「食べてはいけないの?」またリリアナは訊いた。
「うん、食べてはいけない。お腹を壊してしばらく起き上がれなくなる」

 それを聞いてリリアナは顔をしかめた。サントーロのところで寝泊まりをしていた頃どうしてもお腹が空いて仕方がなかったから、食堂の客が残したものを捨てるゴミ箱から、酸っぱいにおいのする食べ物を取って食べたことがあった。その日の夜中に腹痛で目覚めて、次の日も一日中便所から離れられなかったことがあったのを思い出したのだ。リリアナは、あれは腐っていたからだったのだということを今になって悟った。リリアナはもう絶対酸っぱいにおいのする食べ物は口にしないと誓った。

 リリアナはティッツァーノにカゴをもう一つ持ってくるように言われたのでそうすると、ティッツァーノが調味料や袋に入った麺を選んで、ぽいぽいとカゴに入れていく。リリアナが黙ってその様子を見ていると、「このへんについてはまた今度教えるよ」と言われた。

 こんなにたくさんのものを買ったことがなかったから、会計のときになってリリアナは、まるで自分が金持ちになったみたいな気がしてなんとなく気分が良かった。リリアナはティッツァーノと一緒になって、カゴからたくさんの品物を出して、向こう側に流れていくベルトの上に置く。会計係の店員の女は「あら、あなたは」と言ってティッツァーノの顔を見た。ティッツァーノが挨拶するのに合わせてリリアナも「こんにちは」と言った。女はリリアナに気がついてちょっと驚いた顔をした。

「しばらくだったんじゃあない? それで、あなたこんな小さい子をどうしたの?」

 女はそう話しかけながらベルトの品物のバーコードを読み取ると、どんどん向こうへ流していく。

「最近預かることになったんですよ。リリアナといいます」
「あらそう。何歳になるの? 学校はどこに行ってるの?」

 ティッツァーノは何も答えない。リリアナはそれをティッツァーノに訊いたのか、自分に訊いたのかわからなかったので視線を泳がせた。それに、そもそも学校に行っていないから後半の質問には答えられもしなかった。リリアナがどう返そうか考えていたときに、ちょうど合計金額が表示されて会計する頃になったので、その話題はあちらの品物と同じく流されていった。
 ティッツァーノは自分の懐から財布を出すと、リリアナに渡した。「自分で払ってごらん」そう言われて財布を開いた。リリアナはサントーロの食堂や酒場で会計をやったことがあったから、この買い物の代金を財布から出すのにそんなに時間がかからなかった。出した札に対して少しの小銭を受け取ると、それを財布にしまってティッツァーノに返す。ティッツァーノがうん上出来だと言って笑ったので、リリアナはたくさんの品物を袋に詰めながら、密かに口元を緩ませた。

***

 コンドミニオに帰ってくると早速、リリアナはティッツァーノと一緒に遅めの昼食を作ることになった。他の組員は誰もいなくて、スクアーロは昼前から一人で仕事に出ている。ティッツァーノはもうすぐスクアーロが帰ってくる予定だと言って、それに合わせて食事を作ることにしたのだった。

 塩や砂糖といった基本的な調味料や、鍋や蓋といった調理器具は、元から台所に雑に置かれたり、秩序なく棚にしまわれたりしている。ティッツァーノは冷蔵庫を開けて取り出した調味料や食材と、買ってきたあと冷蔵庫にしまわずにいた食材とを並べて、「これで何を作る気かわかるかい」とリリアナに訊いた。そこにはロングパスタ――袋には「ブカティーニ」と書かれている――、さっき買ってきたポモドーロとペコリーノ・ロマノ、それに冷蔵庫に入っていたパンチェッタがあった。リリアナはこれから作るのがポモドーロのパスタであることはすぐにわかったけれど、その料理名まではひらめかなかった。首を傾げたリリアナに、ティッツァーノは得意げな顔をして「これは『アマトリチャーナ』だよ」と答えを教えた。

 秋晴れの陽射しが台所のシンクの銀に反射して、リリアナは目を細めた。隣でティッツァーノはペコリーノリチーズをすりおろしたあと、パンチェッタを一口の大きさに切っている。2つのポモドーロを細かく切る役割を与えられたリリアナは、シンクの前に置いた踏み台の上に立って、まずはそれらを軽く水洗いして、ボードの上に置いた。包丁は使ったことがあるのかと聞かれてリリアナは肯定の返事をしたので、ティッツァーノはひとまず横目でその様子を見ている。
 リリアナはまずポモドーロを半分に切って、切り口を下にした。パスタのソースにするから細かく切る必要があるのだが、どうやれば細かくなるか、リリアナは包丁を片手に考えた。両手をしばし空にうろうろさせたあと、ええと、と呟いて半分になったポモドーロをさらに半分に、そしてまた半分にしようとする。しかし皮がきれいに切れないまま、なかの汁や種がつぶされて出てきてしまった。リリアナが「あっ」と小さく声を出したので、ティッツァーノは「手伝おうか?」と訊いた。リリアナが眉を下げて悔しそうな顔をしながらも頷いたので、ティッツァーノは笑い出しそうになった。でも堪えた。

 ティッツァーノはリリアナの後ろに立って腕をまわし、自分のよりもいくぶんか小さなリリアナの手を包んだ。それから包丁をゆっくりと、スライドさせるようにして動かした。すると、さっきよりもきれいにポモドーロを切ることができた。

「あ、できた」
「こういうふうに動かすと切りやすいんだ」ティッツァーノはもう一つのポモドーロも、リリアナの手を包み同じようにして切る。
「うん、切りやすい」リリアナも同意した。

 最後は細かくなったポモドーロ全体を、上から包丁で刻むように切る。ふふふ、とリリアナは笑いをこぼした。

「なんだか、手が機械になったみたい」

 包丁の先端を支点にして、一定のリズムで刻んでいくその作業を、リリアナは楽しいと思った。ティッツァーノは、踏み台に立ったから少し背の大きくなったリリアナのつむじに顎を乗せて、「そうだね」と返事した。

***

「お、いいにおいしてんじゃねえか」

 外で車が停まる音がして、それから玄関の扉が開いて閉まると、居間にスクアーロが現れた。リリアナとティッツァーノは、ちょうど味をまとめたソースを茹で上がったパスタに和えようとしていたところだ。
 スクアーロは台所にやってきて冷蔵庫を開ける。なかに入っていた炭酸水の缶の蓋を開けると、プシュッ、という軽快な音が鳴った。

「おかえり」
「おう」

 ティッツァーノとスクアーロは軽く肩を叩いて抱き合った。リリアナはティッツァーノのように、スクアーロに「おかえり」と言うべきなのか迷って、パスタトングを持ったままスクアーロをちらりと見た。するとスクアーロは少し屈んで、「おまえも料理してたのか」と言ってリリアナの頭をがしがしと撫でた。リリアナの頭はされるがままにゆらゆらとしたけれど、口元はまた緩んでいる。

「ちょうど良かった。今できたところなんだ」

 リリアナがポモドーロのソースに麺を和えて、ティッツァーノは棚から皿を3枚出した。この拠点に置いてあるものたちは、誰がいつどこから持ってきたのかよくわからないものばかりで、今取り出した皿の色も大きさも微妙に違っていて統一感はない。
 ティッツァーノが「好きなだけ自分の分を取るといい」と言うので、リリアナはトングを大きく開いて麺を鷲掴みにした。淡い水色の皿を自分のものと選んで少しはみ出しながらも麺を盛り付けると、辛そうなポモドーロソースにペコリーノ・ロマーノの独特の香りが合わさって、立ち上っては消えていく湯気が鼻の奥を温めた。
 これからできたてのものを、誰かと一緒に、ゆっくり食べられる。それがリリアナにはたまらなく嬉しかった。「おまえ、それだけでいいのか?」と言ったスクアーロに頷くと、ボウルに残ったパスタを二等分になるように気をつけながら、皿に盛り付けた。

 6人くらいは並んで座れる居間のテーブルを3人で広々と囲むと、ティッツァーノは冷蔵庫から瓶のオレンジジュースを持ってきて、リリアナの前に置いた。リリアナは自分がそのジュースを飲んでいいのかわからなくて、ティッツァーノを上目で見る。その視線に気がついたティッツァーノは、「これは君のぶん」と言って瓶の蓋を開けた。リリアナが視線を下に戻して頷くと、隣に座っていたスクアーロはリリアナの肩に腕を回して、「ほら、ちゃんと礼を言いな」と促した。リリアナがありがとうと呟くように言うと、ティッツァーノは「どういたしまして」と言ってくすりと笑い、スクアーロはリリアナの頭をまた撫でた。

 3人は揃ってパスタを口に運ぶ。「美味い」というスクアーロの一言に、ティッツァーノは「良かった。ね、リリアナ」と微笑んで、リリアナはいっぱいにパスタを詰め込んだ頬を膨らませて頷いた。
 居間には陽の光が差し込んで、足元を暖めている。口に入っては身体のなかに落ちていくパスタも温かくて、ちょっと辛いけれど、でもとても美味しいとリリアナは思ったし、こんなふうにできたての食事を誰の目を気にすることもなく食べたのは、いつ以来だっただろうとも考えた。買い物に行き、食材を選び、金を払う。買ってきたものを並べ、包丁を使って食材を切っていく。それから茹でたり焼いたりして、食材は「食事」になっていく。ティッツァーノが迷うこともなくやった「食事を作る」ということも、こうして誰かと一緒に「食事をする」ということも、リリアナにとってはたくさんの新しい体験で、あるいは懐かしい思い出だった。

 リリアナは、食事というものはこんなにも温かいものなのだと思い出した。その温かさがこみ上がってくると、目がつんと痛くなったと思えば視界が歪んで涙が出てきてしまったから、フォークを置いて目をこすった。スクアーロは「そんなに美味かったのかァ」と言ってリリアナの頬を柔くつまんだ。ティッツァーノは「いや、きっと辛すぎたんだよ」と言って、リリアナの皿にペコリーノ・ロマノをこれでもか、というくらいかけた。

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