謳歌


4月12日
 あぁ、わたし、こんなに心が躍ったことなんてないと自信を持って言えるくらい、今とてもどきどきしているわ。いいえ正確には、ここに来てからはその最高の瞬間が日々新しくなっていくのだけれど、それでも今日がまた最高の一日になったの! だってわたし、ディオ様のお部屋係になったのだから!
 午前中のお茶のお時間に、ディオ様が――今日も彼の金色のお髪はきれいだったし、彼の瞳は陽の光を映して本物の琥珀のようだったわ――、旦那様の前で言ったの、お部屋係にわたしを加えてほしいって! 旦那様は少し驚いていらしたけれど、ディオ様は、年の近い使用人がそばにいたほうが、流行りの服装やお菓子の話ができるからとおっしゃったわ。わたしはそんな話まだ聞いていなかったから、思わず、ええっ、と声を出してしまったの。そうしたらディオ様がこちらを向いて、「驚かせてごめんね。君が了解してくれると、ぼくは嬉しいな」とおっしゃって、あのきれいな瞳でわたしを見てくださるものだから……嫌だなんて、言えるわけがないわ……そもそも言うつもりもないけれど!
 とにかく、とっても嬉しい! 本当に、ほんとうに、このお屋敷に来て良かった! 明日はまずアンナさんと一緒に朝からディオ様のお部屋を訪ねるところから。あぁもう、待ちきれない! 朝まで、ディオ様にお会いできるまで、あと何時間からしら――あと8時間と15分だったわ、あぁ待ちきれない! けれど明日寝坊をしてしまわないように、もう寝なきゃ。だって、明日からは念入りに髪を整えて、顔を綺麗に洗わなければならないのだから!

4月13日
 ディオ様のお部屋係になって一日目! あぁ、今日もディオ様は、それはもう美しかった……。朝にアンナさんと一緒にお部屋を訪ねたのだけれど、もう……美しいひとって、寝起きすらも美しいのね……。ディオ様のあの綺麗なお髪は、少しはねたり、流れが乱れたりしていたけれど、それすらも、まるで天使がたったいま眠りから目覚めたみたいに、無垢で、純真で……もうあのお姿を言葉にすることもできないわ、だって言葉にしたら、ディオ様の輝きが、わたしなんかの思考に縁取られてしまうもの。
 アンナさんから、ディオ様は目覚めがよろしいほうではないということは聞いていたから、今日のわたしの初仕事は窓を開けてひんやりした空気をお部屋に入れることだった! もちろん冷えすぎないように、ディオ様にはガウンをご用意したわ(アンナさんが)。ディオ様は、アンナさんに「ありがとう」と丁寧に声をかけていらっしゃって……その時だけは、わたし……実はアンナさんが羨ましいと思ってしまったの。でもだめね、傲慢ではいけないわ! まずはお部屋係のお仕事を全部、完璧に覚えなければ!

***

5月20日
 この一ヶ月は、ほんとうに早かった……。このお屋敷は広くて前よりもやることがたくさんあるから、当然のことではあるけれど、やっぱりディオ様と必ずお会いできる朝があると、いっそう早く感じられるわ。だって、朝のディオ様のお姿を見られるだけで、お声を聞けるだけで、その日一日ずっと疲れ知らずで動けるんですもの! そうね、本音を言うなら、ディオ様が「おはよう、ナマエ」とわたしの名を呼んでくだされば、もうお掃除だけではなくお食事だって作れてしまいそうな気がするけれど(こんなこと言ったらパットモアさんにお説教されそうね)……だめ、欲張りはだめよ……いいえでも、一ヶ月よりは、お部屋係のお仕事を無駄なくこなせるようになってきたと、自分では思うの、だから、もっとディオ様に役に立っていると、思われたいわ……。

5月21日
 今日はヒューズさんとの面談だった。ここに来て一年が経ったので、今後のこととか、お仕事のこととかを相談した。お給金にはもちろん不満はないし、お屋敷のかたたちはみんな良いひとたち。お仕事はほとんどのことをやったから、もう任されれば一人でもできる。ヒューズさんも「あなたは物覚えがいいほうよ」と褒めてくださった。以前グラディスというキッチンメイドがいたらしくて、すぐものを割ったり忘れたりして、とにかくそそっかしいひとだったらしいの。彼女に比べればみんな有能よとヒューズさんは笑っていたわ……あれ? わたし、褒められたのかしら?
 ディオ様のお部屋係には慣れたかと聞かれて、わたし、思わずヒューズさんに熱弁してしまったわ――それはもう、慣れるわけがありません、と! だって、毎朝ディオ様は美しいし、素敵で、わたしにも必ず「おはよう」と「ありがとう」を言ってくださるようになって……毎朝、心臓が跳ねて跳ねて止まらないんですもの! あの天使みたいな少年を前にして平静でいられるひとがいたら、ぜひその顔を拝んでみたいものよ。きっと、ホールに飾ってあるあの仮面みたいな、無愛想で気味の悪い顔をしているに違いないわ。
 お部屋係のお仕事で気づいたことは全部記録してあったから、それもヒューズさんに伝えたわ。ディオ様のお部屋のカーテンをもう少し厚い生地にすること、朝晩に寒くなったときのために、もう一枚毛布を用意してほしいこと。それから、ディオ様のお目覚めのときの紅茶を、もう少し熱く作りたいということも。これから夏になっても朝は涼しいから、ディオ様は熱い紅茶のカップで手を温めながら目をお覚ましになりたいだろうと、アンナさんと相談したの。ヒューズさんはきちんと書き留めてくれて、それからまたわたしを褒めてくださったの――「ナマエ、あなた楽しんで仕事しているのね、良いことだわ」って。それを聞いてわたし、合点がいったの。このお屋敷に来てからやけに時間が過ぎるのが早いと思っていたけれど、そうか、わたし楽しんでいたんだ、って。だって、楽しい時間は早くすぎてしまうと言うじゃない。だからだったんだわ。お仕事だからと、なんでも真面目にやらなきゃいけないって思って、緊張することもあったけれど、わたし、このお仕事を心から楽しんでいたんだわ。
 ええ、そう。そうよ。お仕事は楽しい、とっても楽しい。そしてこれからもきっと、楽しさは続いていくはずだわ――それがディオ様のためになるのなら!
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