こだわり


 ディオ様の一日は、まず目覚めに一杯の紅茶を飲むことから始まる。
 茶葉はフォートナム&メイソンのものを、ティーカップはスポードをのものを。はるか東の清国の陶器のような、艷やかな白地に花模様が染め付けされたカップは、ディオ様自らがお選びになったものだ。

 ディオ様は、いつも6時から7時のあいだに起こすようにとわたしに言う。ご自分でもおっしゃっていたけれど、ディオ様は寝起きがあまりよろしくない。だからベッドの上でときどき眠気まなこをこすりながら、紅茶を一口飲んで、一欠片のチョコレートを少しずつ口に入れるのを繰り返すと、自然と身体が温まって、目が覚めてくるのだそうだ。

 わたしがこの役を仰せつかったとき、なんて自分は幸運なのだろう、きっとこの仕事をじゅうぶんに果たしてみせようとおもって、何度も何度も神に感謝した。
 この屋敷にメイドとして働きに来ることになった日にディオ様を初めて見たときからずっと、彼はわたしの憧れだった。柔らかそうな金の糸のような御髪、吸い込まれそうな、知的なアンバーの瞳、上品な所作と澄んだテノールの声。こんなに美しい少年を見たことがなかったから、屋敷のなかで彼とすれちがうたびに、用事を伺って彼の部屋に入るたびに、わたしはどうしようもなく舞い上がった。

 わたしは今日も、いつもの一連の動作で、ディオ様の目覚めのお手伝いをする。
 まずは朝、ディオ様のお部屋をそっとノックして、どうぞというお声があってもなくても、そっと扉を開ける。ベッドテーブルに載せたカップを落としたり、お湯をこぼしたりしないように、深みのあるスカーレットの寝具に包まれたディオ様のところまで、ゆっくりと歩いていく。サイドテーブルに紅茶のセットを置いたあと、まだ夢うつつのディオ様に声をかける。
「ディオ様、おはようございます。お目覚めのお時間でございますよ」
 これに対して曖昧なお返事しかなければ、夏はカーテンだけではなく窓も開け、冬はガウンを用意してから少しのあいだ窓を開ける。室内が明るくなると、ディオ様はあくびをしながら上体を起こす。そうすると、わたしはケトルからお湯をカップに注いで、まずはカップを温める。そのあいだに茶缶から茶葉を中盛り一杯分すくって、ティーポットに入れる。そうしているとディオ様はわたしのほうを見て、おはよう、と挨拶をしてくださる。
 ディオ様が寝具を整えてベッドテーブルを置く場所を作ってくださるので、温まったティーカップ、ソーサーにはチョコレートとスプーンを載せて、彼の前にセットする。そうしているあいだにちょうど茶葉が開いてディオ様のお好みの濃さの紅茶が出来上がるので、それをカップに注ぐ。

 ここまでを終えると、ディオ様はわたしのほうを見て、ありがとう、ナマエと言ってくださる。わたしはそれにただ微笑みを返すだけだけれど、心のなかは今日もディオ様のお顔を見られた喜びでいっぱいで、幸せで、とても誇らしい。

 ディオ様が気持ちよくお目覚めできるようにお手伝いすること。それが、わたしがメイドとして一番こだわっているお仕事だ。
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