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 ジョナサン・ジョースターは小さな目を今までにないくらい輝かせた。5歳の誕生日に使用人一同からのプレゼントだと言われて渡されたボックスに、小さな「友達」が入っていたからだ。白いからだに黒い斑が入ったその子犬は、ボックスの蓋を鼻で押し開けて目の前のジョナサンを見つめるが、その様子は怯えていることが明らかだ。きょろきょろと辺りを見回して、しきりに周囲のにおいを嗅ぎ、落ち着かない様子だった。しかし子犬を間近で見るのが初めてのジョナサンは、それには気がつかず手を伸ばす。隣でその様子を見ていた父ジョージが止める間もなく、子犬は、自分の頭を覆いかぶさるように伸びてきた手を、がぶりと噛んでしまった。
 痛いっ、とジョナサンは手を引っ込める。驚きの次に痛みが来て、小さな双眸からはすぐに雫がこぼれてしまった。つい数秒前まで、たくさんの誕生日の祝いの言葉と贈り物を受け取って、可愛らしい笑みが咲いていた口元はへの字に曲がり、ジョナサンはジョージの背中に隠れてしまった。様子を見ていた使用人たちは青い顔をして、ナニーはすぐに駆け寄った。ジョージはジョナサンの手を取る。

「あぁジョナサン、傷口を見せてみなさい。どれどれ、……うん、大丈夫だ。血は出ていないし、少し痕がついただけだ。痛かったね、ジョナサン。それにびっくりしただろう。もう大丈夫だ」

 ナニーがジョナサンの手についた噛み痕を、水を含ませた白いハンカチでそっと拭いている傍らで、ジョージは優しい声色でそう言って、ジョナサンの頭をなでる。驚き、痛みの次に安心が来たジョナサンは、しゃっくりをあげてますます泣いてしまったのだった。

***

 次の日、ニナ・クラークは、ボックスの中でおとなしく座っている子犬の頭からお尻までを掌で行き来させながら、前日に起こったことの顛末を聞いていた。応接間の向かいには雇い主ジョージが座り、机には紅茶が用意されている。

「それで、一日経ってもう痕は消えたのだけど、ジョナサンはこの子をすっかり怖がってしまってね。どうしたものかと考えているのだよ。この子犬はミセス・ヒューズをはじめ使用人たちがジョナサンのためにと苦労して探してきた子だから、ぜひ仲良くなってほしいのだが」

 子犬は、昨日の夜までは親きょうだいから離れた寂しさから、くんくんと鳴いていたが、だんだんと新しい環境に慣れて、いまはもう落ち着いてニナになでられている。

「人間というのものは、幼少期に体験した怖い思い出はなかなか忘れられないものですわ。ジョナサン様がこの怖い体験を克服できるような……なにか、ジョナサン様とこの子が仲良くなるきっかけがあれば良いのですけれど。まずは、この子を名付けることから始めてみましょう。今日のレッスンが終わったら、ジョナサン様と一緒に名前を考えてみます」
「あぁ、ありがとう、ミス・クラーク。よろしく頼むよ。すまないね、初日だというのに、こんなお願いをしてしまって」
「かまいませんわ。わたくし動物が大好きですから、ジョナサン様にもぜひ、この子とたくさん遊べるようになっていただきたいわ」

 ジョージは、子犬を見つめるニナの優しく温かい瞳を見て、改めて、ジョナサンのためのガヴァネスをこの人に依頼して正解だったと思った。


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