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 ――このようなことが、今日この財団本部に集まった記者たちが、それぞれ独自のルートですでに大雑把に入手していた情報だった。

 財団は、事業がメキシコ中心になる前までの経緯については、これまでもかなりの程度公開してきた。財団は市民の寄付や支持によって一部を成り立たせているために、基本的に研究の成果や知見は社会的に共有されるものであるべきだと、内部者も外部者も考えているからだ。しかし記者たちが入手に苦労したのは、メキシコでの調査が始まって、調査員に制限がかかり始めたとき以降の情報だ。メキシコでの活動の成果くらいなら、多少考古学や人類学に興味のある一般市民なら誰でも知っているくらいの情報なのだが、それ以上の情報を求めようとすると途端に出てこなくなるのだ。

 しかしさすがに、財団の主であるスピードワゴンと連絡がつかなくなっているという事態については、衝撃が大きすぎてどうしてもどこかからか漏れ出してしまったようだった。1週間ほど前にこのスクープがある新聞社にもたらされると、そこから一気に市民全体を巻き込んだ騒ぎになった。
 エジプトの「ファラオの呪い」になぞらえて、これは「アステカの呪い」だと喧々囂々とする者、折り悪く合衆国とのあいだに緊張が発生していたメキシコ国家の陰謀だと言う者、調査の人減らしはスピードワゴンがアステカの遺跡に再び帝国を築き上げるための布石だ、などという妄言で暇を潰す者など、市民の反応は様々であった。
 記者たちはこうした噂話を一笑に付しつつ真相を聞き出すために今日集まってきたわけだが、彼らはむしろ、噂話以上に現実的で恐ろしい事態が起こっているかもしれないと感づいていた――このスピードワゴン行方不明事件に、ひょっとするとドイツ軍が絡んでいるかもしれない、と危惧していたのである。
 というのも、ここ数年のうちのドイツ国の独裁政権の横暴と国際的孤立というニュースの影に隠れて、ドイツ軍のある中隊がメキシコにおけるドイツ人コミュニティの警備という名目で、中央高原に拠点を置いていた、ということがわかったのだ。この事実に加えて、中隊がメキシコに入国したのが財団の調査隊がメキシコに派遣される少し前の出来事であること、そしてこの拠点は財団が活動していた遺跡に隣接する地域にあるということが数日前になってさらに判明したものだから、記者たちは事を一層深刻に捉えた――スピードワゴンは、ドイツ部隊との接触によって何かに巻き込まれ、行方不明になっているのではないか、と。

 合衆国、メキシコ、ドイツ国。これらの国における政府、経済人、そして軍――この事件は、スピードワゴンが単に森の奥で行方不明になっただけではない、ともすれば国際関係の悪化、最悪の事態としては戦争の契機にもなりかねない、重大な事件だと捉えられたのである。

 だからこうして発表を待っている記者たちには、我が社こそが一大ニュースを掴んでやろうだとか、この一連の事件をどんなふうに騒ぎ立ててやろうかとか、そんなことを考えている者はいなかった。皆、これから合衆国が、そして世界が、先の大戦のようにどんなに恐ろしくむごい戦いへ向かおうとしているのかという不安をなんとかやり過ごして、そこに立っていたのだ。

 さっき一度職員が顔を出してからは、もう20分ほどが経過していた。正式な会見があるということは知らされているので、あとは待つだけだった――ふと、再び重々しい音を立てて扉が開かれた。またやつれた顔をした職員が出てきた。「皆様、大変お待たせしました……これから会見を始めますので、どうぞなかへ……」記者たちは一斉に息を呑む。これから知ることになる事実を知りたいような、知りたくないような、そんな不安と迷いを帽子と一緒に握り込んで、堂へと入っていく。

 会見場には、財団の理事長に事務局長、それに事業部長の3人が前の長机の前に座っていた。その周囲には何人かの職員が立っていて、皆やはり鬱々たる表情をしている。事業部長は一言、二言挨拶を述べると、記者や市民もすでに知っている情報から話し始めた。

「えー……ロバート・E・O・スピードワゴン会長がメキシコ中央高原の南部、グレーロ州内陸部に位置するアステカの遺跡での発掘調査中、現在行方不明となっている状況について、判明している情報を整理してお伝えいたします。記者の皆様ならすでにご存じのかたもいらっしゃるとは思いますが――」

「会長と連絡が取れなくなったのは約2週間前の11月5日。毎夜の定時報告の無線が会長と繋がらず、次の日にメキシコ支部の調査員が遺跡とその周辺を捜索しましたが、会長と他の調査員の姿が見当たりませんでした。遺跡には発掘の設備や野営の荷物が残されていましたので、遺跡から撤収したということではないと思われます――」

「遺跡内部は1937年までの報告にあった通りの状態を保っていたのですが、かなりの人員が減らされたあとの1938年以降の調査の詳細については、会長や残った隊員のみが文書として記録しているため――」

 事業部長は、途中何度か両隣の理事長と事務局長と小声で確認をし合いながら、汗で手に貼り付いた資料の紙をめくり、このように説明した。記者たちはペンを握ってメモを取る準備をしているが、ここまでのところすでに知っている情報ばかりが話されるので、眉間にしわをつくりながらその様子を見ている。しかし痺れを切らした記者が「それで、会長はどこに消えたというんですッ?」と張った声で質問を挟むと、「捜索隊はいつ編成されるんですか?!」「37年と38年の人減らしの理由をちゃんと教えてくださいよ!」などと、水門が破られたみたいに次々と声が上がった。そしてそのなかに、

「会長の行方不明にドイツ軍が関係しているという噂は本当ですか!」

という質問が一際声高く聞こえると、皆がそちらを向いて、一斉に静かになった。ひそめられていた眉は、ついに核心に触れたな、という渋い顔になった。

 「あー……あの、えーと」事業部長は軽く額を押さえて、数回まばたきをした。「えー、ドイツ軍中隊が遺跡の隣接地域に拠点を置いているという話は確認が取れていますが、調査隊との接触があったという報告はされていませんので――」ここまでを述べると、隣で口ひげを触りながら険しい顔をしていた理事長が、彼の肩を叩いて合図した。理事長が何かを耳打ちすると、事業部長は頷く。「申し訳ありませんが、ドイツ軍に関連する事項については、発表を控えさせていただきます」

 記者たちが、再びざわめきだす。関係がないのならはっきりとそう言えばいいのに、関係がないとは言わない。この態度が示唆しているのは、本当にドイツ軍が関係しているかがわかっていないということなのか、あるいはやはりドイツ軍が関わっているということなのか――記者たちは互いに顔を見合わせたり、ため息をついたりする。
 「えーそれでは」暗々としたざわめきをなんとかかき分けて、事業部長は話題を変える。「今後の予定ですが――」しかしそのとき、慌ただしい足音が扉の向こうから近づいてきたかと思えば、ドンドン、ドンドン、と勢いにまかせてそれを叩く音が響いた。会見室にいる者皆が、扉のほうを向く。そしてノックの返事も聞かずに、扉は勢いよく開けられた。

「たったいまッ! 電話が入ってきました! ミス・スピードワゴンからですッ!」

 「ミス・スピードワゴン」。その呼び名は、調査に途中で加わったあの女のものだった。


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