09


 警部たちが帰ったあと、ニナはジョージに、いくつか気になる点があるのでもう少し調べてみる、と伝えた。ジョージは、そうか、助かるよ、けれど危ないことにはならないように、と言った。

 その日と次の日、手始めにニナは、事件前夜のダニーに関する詳細を使用人に聞いてまわった。
 ダニーの小屋周辺の様子に変わったところはなかったかと尋ねると、いつもダニーの給餌を担当しているメイドは、事件の前後で異変はなかったと思うと答えた。メイドは、事件の前日の朝にダニーに餌をやり、水を替え、夕方に再び餌をやって、ダニーが食べ終わるまで見ていたという。そうしてメイドは、事件のあと空になった小屋と、何も入っていない餌入れと水入れを見て悲しかった、と言って泣いた。
 夜、屋敷の離れや物置の施錠を確認しに見廻ったフットマンは、いつもならダニーは見廻りの時間に小屋から出てくるけれど、雨だったからか事件の前夜には出てこなかった、と言った。

 次にニナは町へと向かった。ダニーの口に巻きついていた針金は、この辺りでは農工具を取り扱っている商店にしか置いていないものだったから、商店の主にも話を聞きに行こうと考えたからだ。

***

「うちで針金を買っていくのは、大概はここらの畑か牧場の主人だね。時々、家のものを直すための材料を買いに、それ以外のお客さんも来るけど。お巡りさんにも話したけど、みんな見知った顔さ。……ここ最近で針金を買っていった人? それなら台帳をつけているから、見て行くといい」

 屋敷から馬車ですぐの場所にある商店に行くと、ちょうど手のあいている時間帯だったからか、店主は客の名前と買っていった品物を記した台帳を見せることを快諾した。店主はカウンターから厚い綴を取り出すと、ニナの前に置いた。
 ニナが事件の前日から順に遡って名簿を確認していこうとすると、店主はニナを珍しげに見つめた。その視線に気がついたニナは、ジョースター家にまつわるいろいろな噂話が町の住人の娯楽の一つであることを思い出した。目が合ったニナが、早く犯人が捕まるとよいのですけれど、と言うと、店主は愛想のいいニナに気を良くして、購入品の項目が「針金」になっている箇所を指し始めた。

「ジョンソンさんは牧場やってる人。いつも細かい工具とか材料を買っていくよ。ロビンソンさんも牧場。羊囲ってる柵を直すって言ってたな。ホールは畑の柵を作るからって。ウッド、こいつも牧場やってんだが、このときおつかいで息子のエドワードが来てたな……」

 店主が説明している傍で、ニナの目には購入品の項目欄に書かれた「殺鼠剤」という文字列が入ってきて、彼女は反射的に、あぁ、と声を上げた──ダニーに吠えられずに針金を口に巻く方法、それは、ダニーをあらかじめ動けなくすることだと、思いついたのだ。つまり、ダニーを何らかの薬で弱らせれば、吠えられたり抵抗されたりすることなしに、箱に封じ込めることができたはずだ、と。
 ダニーに薬を与えるならば、餌に混ぜるのが一番手っ取り早い。しかしダニーの餌はいつも物置にしまってあるから、不審な点があればメイドが報告するはずだ。そこまで考えて、ニナはメイドが言っていたことを思い出した──事件の日の朝、ダニーの水入れが空になっていた、ということを。

***

 犬くらいの大きさの動物を一時的に動けなくするような薬を置いているか、とニナが尋ねると、日用品店の主人は、また野良犬でも出たのかい、と言って気遣わしい表情をした。
 ニナが次に来たのは、気付け薬、鎮静剤や包帯といった医療品も扱っている日用品店だった。ニナの頭にはダニーが薬で動けなくさせられた可能性が浮かび上がってきていて、そのような薬が入手可能なのかを確認しておこうと思ったのだ。
 店主は、これなら犬にも効くよ、と言いながら店の奥から小瓶を持ってきた。小瓶には透明な液体が入っている。ニナはそれを手に取って、無臭であることを確認した。これなら、水に入れたとしてもダニーは飲むことを躊躇わないだろう、そしてその水は、ダニーが動けなくなってから捨てれば証拠は残らなくなる、そうニナは推測を立てた。

「また、とは……どういうことでしょうか」ニナが尋ねた。
「つい先週あたりかな。鎮静剤を買いにきた奴が、これは犬にも効くかって聞いてきたんだ。牧場やってるとこの息子だったから、野良犬でも出たのかと思っていたんだが」
「……その子の名前は」
「ええと、ウッドのとこの、……エドワードだったかな。ほら、あんたんとこの金髪の息子さんとよく一緒にいる」

 その名前を聞いた瞬間、ニナの中で、いくつかのヒントによって鮮明になったピースが、やっと繋がったという感覚がした──盗人の犯行にしては手際が良すぎること。ジョースターの屋敷のスケジュールのことをよく知っている者が犯人に関わっているだろうこと。金銭目的の犯行だとは思えないこと。事件前夜のダニーの様子。雨上がりだというのに空になった水入れ。針金と鎮静剤を買っていった少年。犬が嫌いだと言って初対面でダニーを蹴り上げたディオはその子の友人で、先日ディオはジョナサンと大喧嘩をしていた──。

 ニナは、この恐ろしい可能性をとるに足らない妄想だと切り捨てることが、あと一歩のところでできない自分に動揺した。思わず息を呑んで、口元を押さえた。
 ニナは店主に礼を言うと、急いで屋敷へと向かった。


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