08


 ダニーが死んだという知らせを、ニナはその死から5日後に、手紙で知った。
 ニナがガヴァネスをしていたころには頻繁に通っていたジョースターの屋敷に行かなくなってからは、1ヶ月ほど経っている。その間ロンドンに用事を済ませに行っていたのだが、リバプールに帰宅した際に、数日前にジョージから手紙が来ていたことを知った。そこには、箱に閉じ込められたダニーが焼却炉に入れられていて、使用人がそれに気がつかず火をつけてしまったのだと書かれていた。
 ジョナサンがいまどんな気持ちでいるかを想像して、ニナは早く彼のもとに行かなければ、と思った。そうしてニナは、入学の準備があるからと訪問を遠慮していたジョースター家に、早足で向かった。

***

 ジョージに連れられてダニーの簡易な墓の前に立ったニナは、十字架の横に花束を添えた。
 ニナは、屋敷の周りに太い幹を伸ばして影を作る木々を見て、ダニーを連れてジョナサンとともに散歩をしたときの景色が、四季のそれぞれに彩られていることを思い出した。ダニーは友人の少ないジョナサンのそばに常に寄り添い、ときには彼の命をも助けた。犬は人間の良きパートナーだというが、ダニーを見ているとまさにその通りだと思える。狭い、暗い箱に閉じ込められて、火の熱はどれだけ苦しかっただろう。その恐怖を想像して、ニナは表情を険しくした。
 ジョージは、ダニーを殺した盗人についての捜査は進んでおらず、怪しい人影の目撃情報もまったく出てこないのだと言った。ニナは、ジョナサンの様子がどうなっているかを尋ねた。

「ジョジョもまだ……心の整理はできていないようだよ。それも仕方あるまい、あの子にとってダニーは弟であり、親友だった……。あんな突然に、しかも惨い別れになってしまってはね……。せめて、誰かと辛さを分かち合えたなら、少しは楽になるだろうに、……少なくとも、ディオとは無理そうだ。あの2人も最近大喧嘩をしてね。それ以来ほとんど口をきいていないようなんだ」
「……そうですか……」
「今日はこのあと、警部が来てくれるんだ。……まぁ、たいした情報は持ってこないだろうけれどね。一昨日もそうだった。今日で、警察の捜査も一区切りだろう」

 そう言ってジョージは深く息を吐いて、髭を撫でた。
 ニナは、ダニーはとても良い子でした、と呟いた。ジョージは、そうだね、と返事をした。

***

 ニナがジョナサンの部屋を訪ねると、ベッドの上に、盛り上がった形のデュベイだけがあった。その膨らみに向かってジョナサン様、と声をかけたけれど、それにも反応が返ってこなかった。
 ニナはベッドの端に腰掛け、寝具の裾から少しだけ見えているジョナサンの髪を手にとって、頭を撫でた。

「ジョナサン様」
「…………」
「お食事をあまり召し上がらないと聞きました。いまは、お腹は空いていませんか」
「…………」
「この間まで、ロンドンに行っていました。お土産に地理の本を持ってきましたから、ご覧になりませんか、あとで一緒に」

 ジョナサンが顔を出して、一瞬ニナを見た。その眼は、赤く腫れていた。ニナ、とか細い声で返事したあと、また寝具を頭まで被って、ごめんね、そんな気分じゃあないんだ、と言った。

***

 屋敷にやってきた警部とその補佐官の2人は、使用人たちに当日の様子を詳しく聞き込み、近隣住民には最近怪しい人物やグループを見かけなかったかと尋ねて廻ったが、結局出てくるのは根も葉もないゴシップばかりだった、と述べた。

 ジョージが警官たちに労いの言葉をかけている側で話を聞いていたニナは、どうも不自然だ、と思った。
 第一に、ジョースターの屋敷に忍び込もうというのに、事件の日の朝、前日の夕方から降っていた雨が上がった土には屋敷の周辺を歩き回った形跡はなかった。犯人が、屋敷に侵入するための布石としてダニーだけを狙っていたというのなら、その前に何回かはこの辺りを偵察に来ているはずだが、怪しい人影は見つかっていない。それなら、犯人はダニーが普段どこにいて、毎朝いつ使用人が外に出てダニーに餌をやり、何曜日の何時に焼却炉を空にするのかを知っている人物でなければならない。つまり、犯人はこの屋敷とまったく関係のない人物というよりも、この屋敷をよく知っている人物、あるいはその者の手引きを受けられる人物だという可能性が高い。

 この可能性をさらに高めるのは、第二に、これまで番犬としての役割も担っていたダニーほどの賢い犬が、見知らぬ人物に警戒して吠えたり噛み付いたりしなかったのはおかしい、ということだ。事件の前夜、使用人たちはダニーが吠えるのを聞いていないのだから、犯人はダニーに吠えられずにその口に針金を取り付けることができたはずだ。つまり、犯人はダニーが警戒していない人物ということになる。
 しかしながら、この屋敷の使用人が、今回の事件に関わっているとは思えなかった。彼らは屋敷に入ることができるのだからわざわざダニーを殺す必要はないし、事件前夜や当日の早朝には屋敷の仕事をしているか使用人の部屋にいたことを、お互いが証明できている。そもそも彼らはジョースター家に雇われて少なくとも5年以上十分な給金を受けており、盗みをしてまで金が入用になる借金を抱えるような生活をしている者はいない。

 ──何かを、見落としている。そうニナは思った──少なくとも、金が目的の犯行ではないのかもしれない。そうだとしたら、なぜダニーを?


prev back to list next
- ナノ -