03


 大人の前では純粋で賢い子としてふるまい機嫌を取ることができ、子どもの前では簡単にその場の空気を支配してしまうディオも、いつまでたってもニナをコントロールすることができないという状態に、だんだんと不満が募ってきていた。
 レッスンの時間には戦略を少しずつ変えながらニナの関心を自分に向けさせようとし、それ以外の時間には、いかにもニナを姉と慕う少年のように甘えてみせたり、わざと心配をかけるようなことを言ってみたりして、どうにかしてジョナサンとニナの関係の糸を1本でも千切ろうと、躍起になった。最初の1本さえ千切れてしまえば、そこに穴をあけるのは簡単なはずだった。
 しかしながらディオの「努力」もむなしく、ニナがディオの支配に下る様子は一向になく、彼女はいつもディオの聞こえの良い言葉や甘えたな態度の網を、するりと抜けていってしまう。
 ニナに直接不満をぶつけるわけにもいかないので、ディオの苛立ちは、おのずとジョナサンへと向かった。ディオはジョナサンとの初対面のときから彼を愚直で、扱いやすく、元気だけが取り柄の「阿呆」だと決めてかかっていた。ジョナサンが紳士たれと父に教育されてきたことはディオにとっては幸で、ジョナサンにとっては不幸なことに、ディオがジョナサンに何をしようと大概のことはジョージの耳に入ることはない。そのことをディオは知っていた。だからジョージやニナ、使用人が見ていない場で、ジョナサン以外が自分の味方である状況では、彼を徹底的に苛めぬいた。

***

 そうして起こったボクシングでの一件を経て、ディオが関わるとろくな思いをしないということが明らかになってきたけれど、ジョナサンには新しい楽しみができた。町の医者の娘であるエリナとの出会いは、同じ年ごろの女の子に関わることのなかったジョナサンに、新しくて不思議な気持ちをもたらした。彼女がそばにいるとどきどきとするし、顔が熱くなってくる。自分より小さい背、柔らかい掌、自分には縁のない春の花の色のスカートやフリル。エリナといると、いつもの自分ではいられないということに、ジョナサンは嬉しい戸惑いを覚えていた。

 一方で、最近のジョナサンが妙にうきうきとして、時折どこへ行くとも言わずに出かけたかと思うと夕方には嬉しそうな顔をして帰ってくるので、ジョージは彼が町で面白いものでも見つけたのかと思っていた。ニナとの世間話の中でそれを言うと、ニナは、ジョナサン様にも仲の良いお友達ができたのではないでしょうか、と言うので、町の子らとあまり馴染めなかったジョナサンを思い出して嬉しくなった。
 ニナがレッスン以外の用事でジョースターの屋敷に来て、その用事が終わって時間があるときは、たいがいジョナサンがカードゲームやボードゲーム、スケッチやダニーの散歩などを一緒にしようとニナを誘うのだが、最近はそれがないのでニナもどうしたのかと思っていたところだった。ニナは休日である今日、メイドたちに春の花の刺繍のやり方を教えてもらう予定で来ていて、それが終わったところだったのだが、ジョナサンの姿がないのでそのまま帰ろうとした。

 陽が出ている時間帯に出歩くときはいつも身に着けている真黒のつばの広い帽子、首までを覆う口布、手袋、それから黒いレンズの眼鏡をメイドが用意するのを応接間で待っていると、ディオがやって来た。ディオは、ニナを見てぱぁっと顔を明るくしたけれど、彼女が帰る準備をしていることに気が付いて、すぐに眉尻を下げた。

「あぁ、ミス・ニナ。あなたを探していたんだ。けれど、もう帰る時間なんだね。なら、まぁいいや」

 ニナは、ディオ様、どうかなさいましたか、と聞いた。

「いえ、もういいんだ。ミス・ニナ、お気をつけて」
「そうですか。でも、わたくしは帰るのはいつでもよいのですよ。むしろ、暗くなってから帰るほうが、帽子やらグラスやらを身に着けなくてよいから、楽かもしれません」

 ニナがいたずらっぽくそう言うので、ディオは内心気分が良かった。自分のためにニナが予定を変更したり、時間をとって自分と話そうという態度を見せてくれるのは、彼女をコントロールできているような気がするからだ。ディオは、最後の一手とでもいうように、子どもらしくもじもじとしながら「お願い」をしてみせた。

「……チェスをしようと、誘おうと思ったんだ」
「まぁ。喜んでお相手いたしますわ。わたくし、ボードゲームは好きなのです。誘っていただけて、とても嬉しいわ」

 ソファに座っていたニナが立ち上がって、そのそばに立っていたディオと目線を合わせてそう快諾したので、ディオはますます気分を良くした。12歳のディオの背丈はまだニナの肩に届かないけれど、この時はニナの蒼と翠に縁取られた瞳がよく見えた。この瞳が、いまは自分だけを映しているということに、ディオは確かな満足感を覚えた。


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