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 特に寒さの厳しかった冬が去って、またジョナサンの好きな季節がやってきたけれど、ジョナサンの気持ちは嬉しさと少しの不安が混ざって、厚い雲がかかった曇りの日のようだった。というのも、突然、ジョースター家に自分と同い年の少年を養子に迎えるということを、父から告げられたからだ。その少年はディオ・ブランドーという名前で、ロンドンの労働者の息子だったが父親が病死し、その父親がジョージの命の恩人だったために、ジョースター家に引き取ることになったのだと聞いた。ジョナサンは、自分の母が死んだ事故で父を介抱した「紳士」の息子が、自分と同じく小さいころに母親を亡くしているということを聞いて、奇妙なつながりを感じた。きょうだいのいないジョナサンは、ディオという少年が養子になって、一緒に遊んだりスポーツをしたりすることはとても楽しそうだと期待する一方で、彼と仲良くできるか不安にも感じていた。そして、その不安は、このあと確かなものとなるのだった。

***

 ニナは、ディオがジョースターの屋敷に到着して直後に起こったことを、その2日後にジョナサンから聞いた。
 残りの回数がわずかとなったレッスンの、その日のぶんが終わると、ジョナサンが何か言いたそうに見つめてくるので、ジョナサン様、新しいごきょうだいの方とは仲良くなれましたか、とニナが尋ねたのだ。ニナが穏やかな瞳でジョナサンの肩を撫でるので、ジョナサンは、安堵の表情を浮かべたあとに、言うべきかどうか迷って言葉をつっかえさせながらも、ディオがダニーを蹴り上げたのを謝らなかったこと、荷物を持とうとしたら手を捻り上げられたり、肘で突かれたりしたことを話した。ソファに二人並んで座って話を聞いていたニナは、ところどころ、まぁ、そんな、と相槌を打ちながら、最後には涙声になって話し終えたジョナサンの肩を抱いた──ジョナサンが嫌なことや悲しいことがあって落ち込んで、ニナとの会話を求めるときにはいつもそうするように。

「それは、嫌な思いをしましたね、ジョナサン様。御父上にも言えなくて辛かったでしょう。でもよくやり返さずに、我慢しましたね。立派ですわ、ジョナサン様」
「……そう、かな」
「えぇ。だって、ジョナサン様は彼がダニーを蹴ったことを、その理由を鑑みて許してさしあげたし、暴力に暴力で応えなかった。誰かを許すということや、暴力への報復を自制するということは、そう簡単にできることではないのですよ。ジョナサン様は立派です、とても」

 一定のテンポの、静かなニナの声を聴いて、荒波がたっていたジョナサンの心は落ち着きを取り戻していく。ニナが隣にいることの温かさで心が満ちるのと同時に、この夏にニナのレッスンが終われば、このように2人きりでくっついて話すことももうできなくなるのだと思うと、言葉に尽くしがたい寂しさの影がだんだんと近づいてくるのを感じていた。

***

 その日の夕食時には、使用人たちが慌ただしく厨房とダイニングルームの間へと行ったり来たりしていた。ディナー・ジャケットを着て、髪を整えるようにとジョージに言われたジョナサンとディオは、それを終えると応接間に向かった。普段の夕食は装いに時間をかけたりはしないが、今日は4人でそろって夕食をとるのは初めてだからと、ジョージが使用人に晩餐の準備を依頼していたのだ。少し経ってジョージが現れ、それからレッスン後に着替えてきたニナが来た。
 普段は首元のつまった暗い色のドレスを着ているニナは、いまは夜の陽の落ちた時間だから、新緑色の、肩が出ているドレスを着て、腕には白いグローブをつけている。ニナのプラチナブロンドは前から後ろにかけて結い上げられ、後ろで一つに束ねられた髪にはドレスと同じ色のリボンが結ばれていた。ジョージはニナが入ってきたのに気が付くと、おお、と声をあげた。

「ミス・ニナ、君がそんな装いをするのを見るのはなかなかないけれど、とてもきれいだね」
「ありがとうございます、ジョージ様」

 ニナは、今度はジョナサンとディオのほうに近づいて来た。いつもより丁寧に化粧の施されたニナの頬は、ろうそくの暖色の炎に照らされてうっすらと紅いのがわかった。あまり目にすることのないニナの煌びやかな姿を見て、ジョナサンは妙に心臓がどきどきしたのを感じた。ジョナサンも、ニナにきれいだと伝えようとしたけれど、ディオが先に口を開いた。

「あなたが、ミス・クラークですね。初めまして、ぼくがディオ・ブランドーです」
「初めまして、ディオ・ブランドー様。ニナ・クラークと申します」

 ディオがあまりにも完璧に、まるで何回もそうしてきたかのように上品な話し方と仕草でニナに挨拶したので、ジョナサンは面食らった。ディオの話し方も立ち振る舞いも、近所の同年代の子どもたちとも、ジョナサン自身とも違う、ワーキングクラス出身とは思えないほど洗練されたものだったからだ。そうしている間にジョナサンは、ニナにきれいだと伝える機を逃してしまったのだった。


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