08


 ミス・クラークはまだご結婚なさらないのかしら、ジョースター家に来るようになってからもう7年も経つのに、と近所の主婦たちが噂話をしているのを、家政婦ヒューズは町の商店での用を済ませた帰り道に聞いた。
 この小さな郊外の町では、住民の家庭の内部事情から近隣住民との関係まで、すべて筒抜けだった。良いニュースも悪いニュースも、町の大人たちはもちろん、子どもたちにまで一夜にして駆け巡ることは当たり前で、噂話の交換は暇のある者の娯楽の一つだとさえ言えた。それは町の有力者であるジョースター家とその関係者でも例外ではなかった。ジョージは労働者に好かれる雇い主だったけれど、町の住人にとっては、その挙動が娯楽として消費される対象であった。
 ジョージがメアリを亡くしてからは、誰が後妻に入るだろうか、新しい妻を迎える気がないのではないか、しかしお子様が一人では心もとないでしょうに、と勝手な推測が飛び交ったし、若い女中やナニーが新しくジョースター家に来るたびに、あの人はジョースター卿といい関係だとかそうでないといったようなことが囁かれた。ニナがジョナサンのガヴァネスとなってジョースター家に通い始めたときも、住人たちは好奇の目で彼女を見たし、ニナは7年もガヴァネスを務めていて、ついでに彼女の見た目が優れているものだから、噂話はより熱を増したのだった。

 ジョージは、否が応でもそういった噂話を耳にすることがあった。大概のものは取るに足らなさ過ぎて、無視することが多かった。後妻を迎える気はないし、幸いにしてジョナサンが丈夫に育っているからその必要もなかった。
 ただ、ニナに関する噂話は捨て置けないときがあった。彼女には長くジョナサンの面倒を見てもらっているけれど、もしそのせいで、あるいは仕事に熱中するあまり適切な相手に巡り合えないとか、結婚の機会がないとかいうことだけはあってはならない、と考えていた。
 ニナが長期間「旅に出る」ときは、誰か心に決めた男性と一緒に過ごしているのだろうと思っていたけれど、ニナに直接尋ねてみると、そうではないし、そのような人はおりません、と否定された。ジョージはしつこく追及はしなかったけれど、女性の一人旅は危険だからと、旅では困ったことがなかったかいと聞くと、問題ありません、わたくし、実は護身術を身に着けているのですよ、といたずらっぽく返された。ジョージは、一体ニナがどのような親に育てられたのかが、ますますわからなくなった。

 ジョージは、ニナほど優れている娘がこの片田舎で独身を貫き、「余りもの」と揶揄されることが我慢ならなかった。特別な相手がいないとなれば、誰かを紹介することだってできる、とジョージが言うと、ニナは、いいえ、と首を横に振った。

「結婚しなければ、子を育てなければ女として半人前だとか、結婚してからは女は家庭で夫が帰るのを待つものだとか、人は言いますけれど……わたくしは、そうは思いません。自分の生き方は自分で決めたい。わたくしは、いまが幸せですわ。それで良いのです」

 屈託なくそう言ったニナに対して、ジョージは自分の身を恥じ入った。「余りもの」を揶揄する者への対抗手段として、「余りもの」から脱却することを提案してしまったことに気が付いたからだ。
 「すまない」──いろいろな思いがその一言になった。ニナは、いえ、と答えてから、ありがとうございます、と言って微笑んだ。


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