不気味なほど静寂に染まった住宅街を抜けて大橋まで出る。髪を揺らした風は尚も不穏に吹きさらしていた。
時刻は丑三つ時。
この冬木市は呪われた戦場へと姿を変える。


「ライダー、あれ…」


ウェイバーが大橋の真ん中を指差す。車通りが途絶えた道路には、みまごうことのない黄金が在った。


「───ッ…!」


あれは、他の何者でもない。
英雄王ギルガメッシュだ。
1日ぶりに見るその姿に息を飲む。


「怖いか?坊主」

「…ああ、怖いね。それともこういうの、おまえ流に言うなら『心が躍る』ってやつなのかな」

「その通りだ。敵が強大であるほどに、勝利の美酒に馳せる想いが至福となる。坊主、おまえも弁えてきたではないか!」


ウェイバーの言葉に嬉しそうな笑顔を浮かべながら答える征服王。わたしの視線はただ、眼前に輝くあの金色へと注がれている。
(──ギルガメッシュ)
わたしを敵だと断言し、剣を向けた英雄王。
彼にきっと容赦なんて存在しない。敵は殺す。それが征服王であろうと、わたしであろうと、あの王様には関係のないことだ。
(悲しくはない。魔法が解けただけならば)
王様の傍に居られる時間は限られていたのだ。ガラスの靴を履いていたって、0時の鐘が鳴れば魔法は解けてしまう。
(だから──わたしは迷わない)
ギルガメッシュと戦うことになったとしても、容赦はしない。彼が邪魔をするというのなら、わたしは手にした力でその胸を貫こう。
そう、決めた。


「坊主と女神は一先ず此処で待て」

「え……」


橋の上まで脚を進め、立ち止まる王の愛馬。そこから降りて征服王は歩きだす。四車線の道路の真ん中に佇むふたりの王。その光景は幻想的なまでの殺気と王気に満ちていた。


「ライダー。自慢の戦車はどうした?」


先に口を開いたのは英雄王の方だった。いつも豪快な戦車に乗ってやってくる筈の征服王は悪びれもせずに苦笑した。


「ああ、それな。うーん、業肚ながらセイバーの奴に持って行かれてなぁ」

「…我の決定を忘れたか。貴様は万全な状態で倒すものと告げておいた筈だが」

「ふむ。そういえばそうだったか」


思い出したように頷いてから、征服王は不敵にわらう。


「確かに余の武装は消耗しておる。だが侮るなよ英雄王。今宵のイスカンダルは、完璧でないが故に完璧以上なのだ」


矛盾した物言いはまるで禅問答のようだ。英雄王は征服王の全身を隈無く眺めて呟く。


「…成る程。確かに充溢するその王気…いつになく強壮だ。ふん、どうやら何の勝算もなく我の前に立ったわけでもないらしい」


ちらり、とギルガメッシュの目線がこちらに向けられた気がして背筋が凍る。
絶対的な殺気。
それだけで身を引き裂かれそうだ。


「なぁ、アーチャー。宣言といえばもう1つ、前の酒宴で申し合わせた件もあったであろう?」

「おまえとは殺し合うしか他にないという結論か」

「その前に、まずは残った酒を飲み尽くすという話だったではないか」

「…………」


え、なにそれ。
つまり…戦う前に酒飲もうぜ!ってこと?


「あの時は無粋な奴腹が宴席をぶち壊しにしおったが…あの瓶酒、まだ少しばかり残っておったぞ。余の目は誤魔化せん」

「さすがは簒奪の王よ。他人の持ち物については目ざといな」


邪気のない征服王の物言いに苦笑しながら英雄王は空間を歪ませて酒器を取り出した。それを杯に注ぎ開けてから、黄金の英霊は目の前の男を見据える。


「……だが、その前にひとつ貴様に問わねばならぬことがある」

「ん?なんだ?まさか酒が足りなくなったのか?」

「戯れ言は要らぬ。貴様…何故、我の所有物を持っている?」

「……む?」

「え…?」


英雄王の視線は、今度こそ真っ直ぐにわたしを射抜いていた。
紅蓮の如く燃え上がる瞳から、目がそらせない。


「…もしかして、あの女神のことか?」

「それ以外に何があると云うのだ。ライダー、あの小娘は我のモノであるぞ。無断で持ち去ることを赦した覚えはない」

「え……えぇ…?」


な、なんで?だってギルガメッシュはわたしを敵だって言って剣まで突き付けて来たんだよ?なのになんでまだわたしがあの王様の所有物なの?


「お、おまえ…アーチャーの味方だったのかよ!」

「えっ、いや!違う!」


後ろに居たウェイバーが怯えたように叫びだす。わたしの返答を聞いてギルガメッシュに怒気が生まれる。


「違う、だと?貴様、いつから王に意見するようになった、楪!」

「だ、だって!ギル言ったじゃん!わたしは敵だって!剣まで突き付けてさあ!」

「ハッ、あのような戯れ言を真に受けたのか?おまえの愚鈍さにはほとほと呆れる始末だな」

「はあ?!なにそれ!絶対思い付きでしょ!あの時のギル本気だったじゃん!」

「とにかく、あれは我の所有物なのでな。返して貰うぞ、ライダー」


わたしの反論をあっさりと無視して征服王に宣言する金ぴか野郎。じわじわと怒りが生まれるがぶつけるものがあんな感じなのでちっとも溜まったストレスが削減されない。くっそあいつ段々厭なとこばっか言峰に似てきやがって…!


「うむ。それなのだがな、今すぐには出来かねる」

「……なんだと?」


さらりとそんな答えを返す征服王。あっさり返されると思ってたのでびっくりして一瞬怒りを忘れた。


「ライダー…貴様…」

「まあ、そう怒るでない、アーチャーよ。貴様も言っていたではないか。余は簒奪の王。他人の所有物を奪うのが趣味でのう。あの女神も貴様のモノだと聞いて興味が湧いた」

「……ならばどうする。あれと引き換えに我が財でも要求するか?」

「いいや。アーチャー、あの小娘を取り返したくば───余と尋常に勝負するが良い。戦い、勝利してこその簒奪だ。それくらいは貴様も理解しておるだろうて」

「………ふん。良かろう」


少しだけ不満そうに鼻を鳴らしてギルガメッシュはわたしを見やった。
待っていろ、必ず取り返してやろう。
そう言われた気分になってため息を吐く。嗚呼、あれが白馬の王子様だったらどんなに素敵だったろう。しかし悲しいかな、彼は他に比類なき最強の英雄王。天上天下唯我独尊という言葉の化身みたいな男なのだ。取り返されたとしてもわたしに待っているのは以前のような苦難だけだろう。
あーなんか目眩してきた…。


「………おまえ、いつの間にアーチャーと仲良くなったんだよ」

「あれで仲良く見えたウェイバーの頭が羨ましい」

「な、なんだとッ!」


はあ、と嘆息しながら前を見やると王達が杯を酌み交わしながら何やら喋っていた。


「バビロニアの王よ。最後にひとつ、宴の締めの問答だ」

「赦す。述べるが良い」


輝く杯を交わしあいながら征服王は問いかける。


「例えばな…余の王の軍勢(アイオニオン・ヘタイロイ)を、貴様の王の財宝(ゲート・オブ・バビロン)で武装させれば、間違いなく最強の兵団が出来上がる。西国のプレジデントとかいう奴も屁じゃあるまい」

「ふむ。それで?」

「改めて、余の盟友とならんか?我ら二人が結べば、きっと星々の果てまで征服できるぞ!」


あくまで真面目にそう紡ぐ征服王の言葉を聞いて、ギルガメッシュは腹を抱えて笑いだした。馬鹿にするというより、本当に面白くて笑っているようだった。


「つくづく愉快な奴よな!道化でもない奴の痴れ言でここまで笑ったのは久方ぶりだ!」


息を引きつらせながらも英雄王はその殺気を微塵も乱すことはない。


「生憎だがな。我は二人目の友など要らぬ。我が朋友は後にも先にもただ一人のみ。…そして、王たる者もまた二人は必要ない」


つまり答えはノーだった。
……良かった。此処であの王様がオッケー出してたら世界破滅してたぞ…。


「孤高なる王道か。その揺るがぬ在りように、余は敬服を以て挑むとしよう」

「良い。存分に己を示せよ征服王。おまえは我が審判するに値する賊だ」


そう言って、彼らは酒を一気に呷ってからその杯を投げ捨て、互いに背を向けて歩きだした。征服王がこちらに戻って来る。


「…おまえら、本当は仲が良いのか?」


眉を潜めるウェイバーの言葉に征服王は屈託なく笑う。


「まあ、いまから殺し合うとあってはな。あるいは余が生涯最後に視線を交わす相手になるかもしれんのだ。邪険に出来るはずもなかろうよ」

「……馬鹿いうなよ。おまえが殺されるわけないだろ。承知しないぞ。僕の令呪を忘れたか?」

「そうだな。……ああ、その通りだとも」


彼らの絆は尊く、眩しい。
すこしだけ羨ましくなった。


「…女神よ。お主は戦場を駆けるのではなく、戦場を見守る存在。どうかこの戦いを、我々の背中を、見届けて欲しいのだが──良いか?」

「…はい。征服王、ウェイバーも…御武運を」

「あぁ」


征服王のお願いを、断れる筈がない。わたしは頷いて馬から降りた。入れ替わるように征服王がその背中に飛び乗り、剣を抜いた。


「集えよ、我が同胞!今宵、我らは最強の伝説に勇姿を記す!」


ざああ、と。
いつかの酒宴のように、砂を含んだ熱風が舞い上がる。
大橋も河も飲み込んだ砂漠と青空がその身をさらす。
無数の軍勢と共に。


「敵は万夫不当の英雄王!相手にとって不足なし!いざ、益荒男たちよ!原初の英霊に我らが覇道を示そうぞ!」

≪──────!!≫


大地を揺るがす喝采が響き渡る。
対する英雄王はただ独り、その身を揺らすことなく立ちはだかる。


「来るが良い、覇軍の王よ。いまこそおまえは真の王者の姿を知るのだ…!」


恐れを知らぬ最強へと、王の軍勢は走りだす。
その壮大なる背中と舞う砂塵、そして突き抜けるような蒼天を────きっとわたしは、一生忘れはしないだろう。
灼けつく世界のなかで、ふたつの強大な力が、いま正にぶつかり合おうとしていた。
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