「……で、」
怒涛の展開だった。 交差点で轢かれかけたうえに訳もわからずタクシーに乗せられウェイバーと征服王のアジトまで連れてこられ、何故か屋根の上に居たお爺さんにウェイバーが呼ばれてしまって「暗示かけてくるから部屋で待ってろ」とか言われたもんだから仕方なく見知らぬ家に勝手に上がり込んで一瞬だけ実体化した征服王に案内された部屋へ入って、借りてきた猫のように正座してウェイバーを待ってたら暫くして泣きそうな顔をした彼が入ってきた。それから数分経ったのが、正にいま。 ウェイバーは不機嫌な顔をしながらわたしと向き合い、問い掛けた。
「なんでおまえ、あんなとこに居たんだよ」
「それはこっちの台詞だよ。ウェイバーこそなんであんな時間にタクシー乗ってたの。あとなんでわたしを連れて来たの」
「あ、あれは諸事情で……あとおまえを連れて来たのはライダーの判断だ。とにかく連れてけの一点張りだったんだからな」
「え……征服王の…?」
いまは霊体化しているため姿は見えないが、征服王はこの部屋に居る。彼が大きく頷いたような気がした。
「ていうかおまえ、ランサーはどうしたんだよ!まさかまたはぐれたのか?」
「え………あ…」
そうか。 ウェイバーは知らないんだ。 ディルムッドも、ケイネスさんも、既にこの世界には居ないこと。 そういえば言峰も知らなかったな。サーヴァントの死って伝達されたりしないんだ。
「……ランサーは…セイバーに負けたからいまは身を潜めてる。わたしは追い出されちゃった」
「はあ?なんだよそれ…」
不審そうに眉を寄せるウェイバー。咄嗟に出た嘘は彼を気遣ってのことだった。ウェイバーはケイネスさんの教え子だ。例え不仲だとしても、自分の師が死んだとなれば、その情報は精神を大きく揺さ振るだろう。そんなことで彼の戦いを邪魔するのは厭だった。
「……セイバーか」
苦々しい表情でそう呟くウェイバーは嘘に気付く気配がない。話題をそらす為にわたしは彼の言葉を反芻した。
「…セイバーがどうかしたの?」
「………僕らもさっきセイバーにやられたんだ。おかげで帰りは徒歩だったんだぞ!途中でタクシーが拾えなきゃどうなってたことか…」
「あらら…」
大変だったんだね…。ウェイバーは悔しそうに何かをぶつぶつと呟いたあと、わたしの腕を凝視していた。
「……なに?」
「…おまえ、その傷どうしたんだ?」
「え?あぁ、これ。バーサーカーにやられた」
「はあ?!バーサーカー?!なんで!」
「えー…なんでって言われても…」
まさか言峰が命令したからとか口が裂けても言えない。そんなことしたらさっきの嘘が水泡に帰す。とりあえず答えておこう。
「成り行き…?」
「おまえなぁッ!僕のことナメてるだろ!」
やっぱり怒った。でもなー成り行きなんだよねあれ。
「まさか素手でやり合ったってのか?魔術も使えないおまえが…」
「さっきからおまえおまえ煩いなあ、わたしには弦切楪っていう立派な名前があるの!変な呼び方しないで!」
「わ…わかったよ。じゃあ、楪。おまえ、なんでバーサーカーとやり合ったんだよ」
「うん、だから成り行きだって」
「この…!」
怒りを隠そうともせずにわたしを睨み付けるウェイバー。だって詳しい事情は言えないんだもの。
「……ったく、仕方ないな…」
暫く喚いたあと、ウェイバーは渋々といった感じでわたしの腕を取った。え、なに。
「まさかウェイバーもわたしの傷口に塩を塗って泣かせたい趣味趣向の持ち主ですか…?」
「んなわけあるかー!!見てられないから治癒魔術をかけるだけだ馬鹿ッ!」
「なんだ、良かったー。また痛くされるのかと思ったよ」
「……おまえ、今までどういう扱い受けて生きてきたんだよ…」
ウェイバーどん引き。うん、わたしもどん引きたい。でもあの教会にはそういう奴しか居なかったんです。合掌。
「…でも、治癒魔術使ったら、ウェイバーの魔力が…」
「あのなぁ、それくらいで尽きる魔力しか持ってないなら、そもそも僕は魔術師になってないぞ!」
ナメるな!と鼻息を荒くしながらわたしの腕に治癒魔術をかけるウェイバー。傷口がみるみる塞がってゆく。なんだかんだいって優しいんだね。
「おぉ、治った!」
「…まだ表面を接合しただけだから、あんま無理はするなよ。調子乗ったらまた傷開くぞ」
「わかったー。ウェイバーありがとう!」
笑ってお礼を言ったら、ウェイバーは何故か顔を真っ赤にしてそっぽを向いてしまった。えっなにいまの。ヒロインぽいぞ。これで「べっべつにあんたのためにしたんじゃないんだからね!」とか言ったらたぶん最強だ。
「……でッ!おまえ…楪は、これからどーすんだよ」
「んー。とりあえず、一旦家に帰ろうかなって」
「…おまえ、何処に住んでるんだ?」
「深山だけど」
ご近所さんだねぇという言葉にウェイバーは呆れたような顔をした。
「だったら早く帰ってやれよ。家族が心配してるだろ」
「いや、もう家族居ないからその辺は大丈夫なんだけど…」
結構留守にしてるから、親族達に不審がられてそうだなぁ。わたしの引き取り手もまだ決まってないし…。いや、そもそも死んだことにされてたらどうしよ。 と、そこで顔をあげたらウェイバーが妙な顔をしてこちらを見つめていた。なんだ?
「…どうしたの?」
「……おまえ、家族いないのか…?」
「うん。ちょっと前に親代わりだったおばあちゃんが死んじゃってね。あ、このおばあちゃんってのが実はケイネスさんの知り合いだったらしいんだけど」
「……親は、いないのか」
「なんか飛行機事故で死んじゃったんだって。詳しくはわたしもよく知らないんだけど」
確かパリからニューヨークに向かう飛行機が墜落したとかなんとか聞いた気がする。幼かったわたしの記憶は曖昧だ。
「……そうか。僕と同じなんだな」
「…え?」
ぽつり、ウェイバーが零した言葉はあまりにも小さくて。 ともすれば聞き逃してしまいそうな吐露だった。
「……ケイネス先生のところを追い出されたなら、楪はもう聖杯戦争には関わらなくて良いんだよな」
「…なんで?」
「なんでって…巻き込んだのは先生だろ。その先生が追い出したんなら、もう協力する勢力はない。だからおまえは戦わなくて良い筈だ」
「確かに巻き込んだのはケイネスさんだけど、戦いに関わってきたのはわたしの意志だもん。追い出されたってわたしは聖杯戦争に関わるよ」
「な……!お、おまえ、それ本気か?!もしかしたら殺されるかもしれないんだぞ!さっきのバーサーカーにやられた傷だって───」
「それでも、わたしにはやらなくちゃいけないことがあるの。だから逃げない。最後までこの戦いに関わる」
決意を口にするわたしを見つめて、ウェイバーは力なく紡ぐ。
「なんでだよ…ランサーだっておまえを守ってくれなくなったんだぞ…そんなの、ただ危険なだけだ…」
「大丈夫だよ」
死んだりしない。絶対に。 祈りを叶えるまでは。 そう断言すると、彼はぎゅっと目を閉じてから静かに告げた。
「……夜になったら、この雑木林に来い」
「え……」
なんのことかわからないわたしにウェイバーの手が触れた。 途端に流れ込んでくる、道のりの映像。 一瞬だけ視界全てが誰かに奪われたような感覚に陥った。
「……な…………なに、いまの……」
「魔力で道順を見せたんだ。深山に住んでるなら、いまので大体わかるだろ?」
「……う、うん…」
いや、わかるけどさ…いきなり視界ジャックされたからめっちゃびっくりしたわ…心臓にわるい。
「……夜って、何時くらい?」
「深夜。まあ、日付変わるくらいか」
「わかったけど……なんで?」
純粋な疑問。これは流石に征服王じゃなくウェイバーの判断に見える。彼は真っ赤になりながら言い訳する。
「べ、別に!おまえみたいな素人に戦場うろうろされても困るからなッ!また前みたいにランサーを見つけだして帰してやるだけだ!」
「………」
皮肉に満ちた最大級の優しさ。 それが嬉しくて、わたしは笑った。
「……うん。ありがとう、ウェイバー。助かる」
「…ッ、ああ。いつかこの借りは返して貰うからな」
「はいはい」
うん。 必ず返すよ。 貴方が貴方の戦いを全うできるように。 その手を血と涙で汚さぬように。 窓の外には季節を忘れそうなくらい激しく照りつける朝日。 闇を払うひかりのなかで、わたしはまたひとつ、守りたいものを見つけた。
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