喉が渇いた。
最初は我慢しようと思った。が、それは無理だった。なんせ1日中飲まず食わずで活動していたのだ。此処でどれくらい眠っていたかは時計がないからわからないが、たぶんいまはキャスターを倒した次の日の夜中だろう。
(…そして、ディルムッドが消えてから…もうすぐ1日が経つ)
驚くことに、あれからまだ24時間も経っていないのだ。なんだかもう随分と遠い昔の出来事みたいな感覚があった。


「……まあ、そんなの言い訳だよね」


なんて、そんな理屈は痛みを感じないための自己防衛。本当はいますぐ泣きだしたいくらい。辛くて寂しくて崩れ落ちてしまいそうだ。でも、そんなことをしてもディルムッドは報われない。だから、泣かない。


「………守るって、決めたんだ」


なにも守れなかった。
だから、せめて。
最期の願いくらいは、叶えてあげたい。


「………で。此処は一体何処なんでしょーか」


喉の渇きに耐え切れず与えられた部屋を出たは良いが、案の定迷った。この教会は廊下が無駄に入り組んでいて自分が何処に居るのかわからなくなってしまう。うーむ、困った。これじゃ立ち往生だ。


「なにをしている」

「……っ!」


瞬間、背後から声をかけられて思わず飛び上がった。恐る恐る後ろを向くと、そこには。


「…ぎ、ギルガメッシュ…」

「部屋で大人しくしていることも出来んとは、落ち着きのない奴め。過大な好奇心はその身を滅ぼすぞ」

「………」


英雄王ギルガメッシュはその美貌を呆れたように歪めた。良かった、なんかさっきめっちゃキレてたから出会い頭に殺されるかと思ったけど何だか機嫌が良いみたいだ。助かった…。


「いや、好奇心とかじゃなく。喉渇いたから、飲み物を探しに来ただけ」

「………ふん、そうか」


にやり。
ギルガメッシュの瞳が厭な感じに歪む。
…うわ、なんか厭な予感。


「我はいますこぶる機嫌が良い。おまえを我が酒席に呼んでやろう」

「だが断る!」

「おまえに拒否権はないぞ、楪」


笑みを浮かべたままギルガメッシュはわたしのパーカーのフードを掴んだ。もはやお約束パターンだ。抵抗も虚しく、わたしは王様に引き摺られて見知らぬ部屋へと連れて来られた。


「………なに、此処…」


閉鎖的な部屋のなかは温い橙色に染まっている。英雄王は棚からおもむろにワインを取り出してグラスと一緒にテーブルに置き、室内にあるソファーに腰掛けた。わたしは部屋の入り口に立ち尽くしたままである。


「何を呆けておるか。早く此処へ来て我に酒を注げ」

「………」


そんなことだろうと思いましたよ、えぇ。
仕方なくソファーまで歩み寄り、英雄王の隣に座る。解いたままの髪が風圧で揺れた。


「…はいどーぞ」


ワインの栓を開けて瓶を差し出す。ギルガメッシュは満足そうにグラスをこちらへ向けた。その中に赤黒い液体を注ぎ込む。
(───ああ、まるで)
身体に奔流するものに似たそれは、朝方に見た悲劇をありありと思い出させた。


「おまえも飲め。喉が渇いておるのだろう?」


もうひとつ、空のグラスを出して英雄王は微笑んだ。………お酒か…お酒って…逆に喉渇くんじゃ…。


「…ソフトドリンクとかないの…」

「そのように低俗なモノは此処にはない」

「低俗もなにも…そもそも此処教会だよね?なんでお酒なんかあるの?」

「これは綺礼の趣味だ。あやつなりに中々の逸品が揃っておるぞ」

「はあ………」


そりゃまあ、聖杯戦争なんかに関わってるからマトモな神父だとは思ってなかったけどさあ……もうなんか、突っ込むの疲れたよ…。


「遠慮するでない。我が赦す」


で、なんでこいつは他人の酒蔵をさも所有物のように扱っているのか…。もはや突っ込んだら負けな気がする。


「…じゃあ、一杯だけ」


グラスに少し赤ワインを注ぐ。匂いを嗅いでみたらアルコール臭だけで酔いそうになった。


「う……お酒くさ…」

「何を言う。これは一番飲みやすいものだぞ」

「えぇー…」


恐る恐る、グラスに口をつけてみる。そのまま液体を一口。


「………あれ、美味しい」

「だから言ったであろう。これはおまえでも飲める代物だと」


得意気に笑ってギルガメッシュもグラスに口をつけた。優雅な仕草でワインの味を堪能するその男からは、正に王たるオーラが放たれている。…なんか悔しいのでわたしは残った液体を飲み干して、新しい赤をグラスに注いだ。美味しいし、喉の渇きも癒せるし、一石二鳥というやつだ。


「ほう、良い飲みっぷりではないか。いつぞやの酒宴とは大違いだな」

「あれよりこっちの方が飲みやすい」

「ふむ…どうやら楪は果実酒の方が好みと見える」

「そうなのかな?お酒はよくわからないや」

「これから知ってゆけば良かろう。案ずるな、我がじっくりと教え込んでやる」

「…なんか厭な予感しかしないんだけど、それ」


さっき押し倒されたの忘れてた。こいつはとんだセクハラ王なのだ。警戒しつつ距離を取るわたしを鼻で笑う英雄王。


「安心しろ。いまおまえを襲う気はない」

「………前科持ちがなにを言う」

「たわけ。いまは、と言っただろうが。我を常時盛った駄犬と一緒にするでない」

「………」


なんていうか、この王様の基準はわたしの知っている常識を遥かに凌駕しているらしい。つまり、こっちの言い分は通じない。意志疎通困難。


「それより───もう飲まぬのか?ならば我がすべて頂くとするぞ」

「えっ、あ、ちょっと待って!まだ飲む!」


あろうことかお酒を独り占めしようとするギルガメッシュ。冗談じゃない!せっかく手に入れた飲み物なのに!
彼に取られぬよう矢継ぎ早に液体を飲み干しては注ぎ、飲み干しては注ぎ、を繰り返す。
そんなことをしているうちに、酒瓶が一本空になった。


「ハッ、よもや一瓶を飲み干すとは。予想以上だぞ」

「………うぅ…」


愉しそうに二本目を開けるギルガメッシュとは対照的に、わたしは空腹にアルコールを流し込んだことによる酩酊感にやられていた。ソファーに深く寄りかかり、目頭に腕を押しあてて呼吸を整える。しかし鼓膜を責め立てる心音は消えてくれない。


「なんだ、もう酔ったのか。早いな」


揶揄する英雄王の声も何処へやら。顔があつい。呼吸が苦しい。頭が痛い。反論も出来ずに膝を抱える。


「……おい。なにをしている」


不機嫌そうな声。腕が引っ張られる。身体の感覚がふわふわしていて大した反抗も出来なかった。目の前には英雄王の顔。


「馬鹿者。あんな体勢では余計具合を悪くするだけだ」

「う…ぇ……」

「とりあえず横になれ。息苦しさが少しは解消される筈であろう」

「………」


頷いてソファーに身体を倒す。そんなに広いものではないので、必然的に英雄王の膝が頭の部分にぶつかるわけで。半端な体勢のまま膝を見つめるわたしに王の言葉が降る。


「……良い。乗せろ」


赦しを得たわたしは重い頭をギルガメッシュの膝に乗せた。所謂、膝枕だ。普通は逆なんだろうけど、生憎いまのわたしにそんな余裕はない。


「くらくらする…」

「たわけ。一気に飲むからだ」

「だってギルが独り占めしようとするからぁ…」


呂律の回らない口で反論しても説得力がない。英雄王は笑いながらわたしの髪を弄ぶ。


「挑発に乗るおまえが悪いぞ、楪。まあ、酒の怖さは身を以て知るのが一番だ。良い経験になったであろう」

「……とんだ災難だ…」


お陰でこっちはいま正にひどい目にあっているというのに。顔を動かして頭上のギルガメッシュを睨んでも効果はない。


「これで少しは酒というものが解っただろう」

「……スパルタめ…」

「このギルガメッシュ直々の教育であるぞ。少しは感謝ぐらいしたらどうなのだ」

「英雄王には優しさが足りない…」


恨みがましく呟くも一笑される。くっそ、この王様はほんとにもう!


「……なんか色々むかついて眠くなってきた…」

「そうか。ならば寝ていろ。喧しいのが黙れば少しは酒の味も良くなるというもの」

「やなやつ…」


でも、ほんとにねむい。目も霞んできた。欠伸をして瞼を閉じると、温かな手のひらが頭に触れる感覚がした。


「……ふふ、」

「なんだ、まだ起きていたのか。はやく寝ろ」

「うん。寝るから、もっと頭撫でて。きもちいい」

「…王たる我に向けて命令するとは、女神如きが調子に乗ったものだな」

「命令じゃないよ。お願い」

「………」


閉じたままの瞼の裏は暗闇。また恐ろしい夢を見そうで、すこしだけ怖かった。だから。


「……良かろう。ただし、おまえが寝るまでだぞ」

「うん。ありがとう」


珍しく優しい英雄王の言葉。温かな手がゆるりと頭を撫でる感覚にちいさく笑って、わたしは意識を手放した。

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