なにも、なかった。 わたしには、なにも。
「…ああ、」
おばあちゃんが逝ってしまった。 優しかったおばあちゃん。 居なくなってしまった両親のかわりにわたしを育ててくれたおばあちゃん。 世界でたったひとり、わたしを愛してくれたおばあちゃん。 彼女はもう、存在しない。 わたしにはもう、なにもない。
「ひとりぼっちだ」
お線香の香る縁側で青すぎる空を見上げる。 自分で淹れたお茶は不味い。 わたしはこれからどうなるのだろう。 おばあちゃんが居なきゃなにもできないのに。
「このまま、死んじゃうのかなあ」
嗚呼、それもいいなあ。そうしたら大好きなおばあちゃんの元へいけるもの。 目を閉じて深呼吸。かわいた風のにおい。不意に甦る、言葉。
『楪、おまえは特別な娘なんだよ』
おばあちゃんはよく言っていた。わたしにはその意味がよくわからなかったけれど。
『いつか、おまえを必要とするひとが現れる。その時は、楪。おまえは選ばなきゃいけない』
その力を解放して誰かを救うか、なにもせずに生きていくか。 選ぶのはおまえだよ、楪。 おばあちゃんはそう言っていた。 なんのことか未だにわからないけど。 なんとなく、思い出した。
「…はぁ」
目を開けてお茶を飲む。美味しくない。顔をしかめていると、突然家のチャイムが鳴った。
「はーい」
誰だろう、弔問の方かな。小走りで玄関まで向かって扉を開ける。すると目に入ってきたのは青い服。
「弦切楪、だな?」
顔をあげる。知らないひとがいた。どうみても外人だ。しかも名前を呼ばれた。誰このひと。
「私の名前はケイネス・エルメロイ・アーチボルト。イギリスで時計塔の講師をしている者だ」
「…はぁ」
「実はきみのおばあさんと懇意にしていた魔術師なのだよ」
「……まじゅつし?」
「そう、魔術師」
「…あの、宗教の勧誘とかならお断りしてるんですけど」
おばあちゃんの知り合いの魔術師とか聞いたことない。確かにおばあちゃんは昔名を馳せた魔術師だったらしいけど…なんかこのひと胡散臭い。扉を無理やり閉めようとしたら隙間に脚を入れられた。
「何を勘違いしているか知らないが、私は断じて冗談を口にしているわけではない」
「いや貴方めっちゃ胡散臭いですから。何を言っても冗談にしか思えませんから」
「…仕方がない。少し手荒になるが、無理やりにでもわからせてやろう」
「え、」
なにが、と問う前に身体が宙に浮いた。思わず「ぎゃっ」と悲鳴があがる。
「失礼、」
誰も居なかったはずの背後から抱きあげられたようで、間近にもうひとつ見知らぬ顔があった。だ、誰…。
「貴女が『女神』か?」
「は…はい?」
「そうだ。この娘が『女神』で間違いない」
「しかし、我が主よ。この娘にはあまりにも魔力の気配がなさすぎる」
「自覚がない所為であろう。まあいい。ランサー、彼女を連れてアジトへ戻るぞ。他の者に見つかる前に行かなければ」
「はっ」
ぐんっと身体に重力がかかる。目にも止まらぬ速さで移動してるんだと理解するまで数秒かかった。周りの景色がすべて残像に見える。
「えっ、あの、ちょっと…」
「何か」
「何か、って、いや…一体なにがどうなって…」
「我が主のアジトに向かっている」
「な、なんでわたしが」
「貴女が『女神』だからだ」
「めがみ?」
「聖杯戦争に於ける戦神、『勝利の女神(聖なるアテナ)』。それが貴女だ」
「は……?」
「貴女にはこれから我々と共に闘って頂く。全ては、我が主のために」
『いつか、おまえを必要とするひとが現れる』というおばあちゃんの言葉がまた甦る。 ああ、おばあちゃん。それはこういうことなんですか。
世界でひとりぼっちになった日、わたしは女神としての運命を背負うことになった。
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