「戯れはそこまでにしておけ、雑種」


宴の会場に着くなり予想以上の視線に見舞われた。セイバーとライダーは勿論のこと、ライダーのマスターとセイバーのマスター…ではない…えーと…ランサーと闘ったときにセイバーの後ろに居た女性の合計4人。うわぁ、と小さく漏らしながら英雄王の後ろに隠れる。つもりだったがパーカーのフードを掴まれているのでそんなことも出来ず。


「アーチャー、何故此処に…それに、その娘は…」

「見ての通りだが」

「し、しかし彼女はランサーの……」

「あ…えっと、ランサーは今日お休みです」

「休み…?」

「いや、な。街の方でこいつの姿を見かけたんで、誘うだけは誘っておいたのさ。遅かったではないか、金ぴか。しかしまた随分と珍しい華を持ってきたものだな」


にかっと嗤ってライダー…否、征服王はわたしと英雄王を交互に見比べた。セイバーは鋭い眼光を絶やさない。


「よもやこんな鬱陶しい場所を王の宴に選ぶとは…それだけでも底が知れるというものだ。我にわざわざ足を運ばせた非礼をどう詫びる?」

「まぁ、固いことを言うでない。ほれ、駆けつけ一杯」


征服王から差し出された柄杓を受け取り飲み干すと、隣に立つ黄金は顔を歪めてそれを突き返した。


「何だ、この安酒は。こんなもので本当に英雄の格が量れるとでも思ったか?」

「そうかぁ?この土地で仕入れたうちじゃあ、こいつはなかなかの逸品だぞ」

「そう思うのは、お前が本当の酒というものを知らぬからだ。雑種めが」


そう言って英雄王は虚空に手を出した。空間が歪んで黄金の酒瓶が現れる。高級そうな杯がライダーとセイバー、そしてわたしに配られる。えっ…わたしも飲むの?


「見るがいい。そして思い知れ。これが王の酒というものだ」

「おぉ、これは重畳」


征服王が酒瓶の中身を杯に汲み分ける。それを受け取りながら英雄王は宴の席に腰をおろした。しかも上座。勢いのままわたしも彼の隣に座る。正直、この輪のなかの威圧感はやばい。今すぐ逃げ出したい。しかし未だ掴まれたままのフードとか周りからのプレッシャーとかひっくるめて色々考えるに、逃げたら死ぬ。確実に死ぬ。


「むほォッ!美味い!」


酒を口にした征服王が感極まったかんじで叫ぶ。おずおずと杯に口をつけたセイバーも、その表情で美味さを物語ってくれた。得意げに隣の英雄王が微笑する。


「凄ぇなおい!こりゃあヒトの手による醸造じゃあるまい!神代の代物じゃないのか?」

「当然であろう。酒も剣も、我が宝物庫には至高の財しか有り得ない。これで王としての格付けは決まったようなものだろう」

「ふざけるな、アーチャー。酒蔵自慢で語る王道なぞ聞いて呆れる。戯言は王ではなく道化の役割だ」


生真面目に反論するセイバーを鼻で嗤って金色は語る。


「さもしいな。宴席に酒も供せぬような輩こそ、王には程遠いではないか。そうだろう、女神よ」

「へっ?!わ、わたし?」

「どうした、我が至高の杯を飲み干さぬと云うのか?」

「え、えっと……」

「セイバーにアーチャー、双方とも言い分がつまらんぞ。女神よ、折角この金ぴかが用意してくれた絶品だ。まさかそれを無碍にする気はよもやはあるまい?」

「は、はひ……」


目の前に置かれた杯を手に取る。最早断る手段はない。
(…ええい、もうひと思いにいってしまえ!)
息を吸いこんで口をつける。中に入っている液体を一気に飲み干した。
瞬間、身体に流れ込む熱いもの。


「───ッ!」


喉が焼ける。血液の循環が一瞬にして活性化され、口の中には液体の香りが広がる。深みのあるそれと巡る血液に酔いそうになりながらなんとか気を保つ。


「おお、良い飲みっぷりだな!」


がはは、と征服王が笑う。ぐわんぐわんと頭のなかで反響する音。くらり、眩暈がして身体が傾ぐ。


「ふん、卒倒するほど悦かったのか?」


下卑た笑い顔が目の前にある。どうやら英雄王が抱きとめてくれたらしい。いやしかしセクハラ発言だぞそれ。


「…変態王」

「貴様、いま我を侮辱したな?」

「キノセイデス」

「酒が廻ったんだろう。見逃してやれ、アーチャーよ」


危ない危ない。慣れないアルコールの所為で思わず自分から死亡フラグ立てちゃったよ。てへぺろ。


「アーチャーよ、貴様の極上の酒はまさしく至高の杯に注ぐに相応しい。…が、生憎と聖杯は酒器とは違う。これは聖杯を掴む正当さを問うべき聖杯問答。まずは貴様がどれほどの大望を聖杯に託すのか、それを聴かせて貰わなければ始まらん。さて、アーチャー。貴様はひとかどの王として、ここにいる我ら二人を諸共に魅せる程の大言が吐けるのか?」

「仕切るな雑種。第一、聖杯を奪い合うという前提からして理を外しているのだぞ」

「…ん?」


この場に居る人全員の頭にハテナが浮かんだ。黄金は続ける。


「そおそもにおいて、アレは我の所有物だ。世界の宝物はひとつ残らず、その起源を我が蔵に遡る。些か時が経ち過ぎて散逸したきらいはあるが、それら全ての所有権は今もなお我にあるのだ」

「じゃあ貴様、むかし聖杯を持ってたことがあるのか?それがどんなもんか、正体も知ってると?」

「知らぬ」


ばっさり。征服王の問いを英雄王が斬り捨てる。


「雑種の尺度で測るでない。我の財の総量は、とうに我の認識を越えている。だがそれが宝であると云う時点で我が財であるのは明白だ。それを勝手に持ち去ろうなど、盗人猛々しいにも程がある」


おお、なんというジャイアニズム。最早溜息しか出ない。この理屈がわかるひとを尊敬したい。


「お前の言はキャスターの世迷言と全く変わらない。錯乱したサーヴァントというのは奴一人だけではなかったらしい」

「いやいや、どうだかなぁ。なんとなーく、この金ぴかの真名に心当たりがあるぞ余は。まあ、このイスカンダルより態度のでかい王というだけで、思い当たる名はひとつだったがな」


さらりと爆弾発言をする征服王。え、こんなジャイアニズム全開の英雄が本当に存在したのか?過去に?うわー、なんというか……人類の歴史すげえ。


「じゃあ何か?アーチャー。聖杯が欲しければ貴様の承諾さえ得られれば良いと?」

「然り。だがお前らの如き雑種に、我が報償を賜わす理由は何処にもない」

「貴様、もしかしてケチか?」

「たわけ。我の恩情に与えるべきは我の臣下と民だけだ。故にライダー。貴様が我の許に下るというのなら、杯のひとつやふたつ、いつでも下賜してやって良いぞ」

「……まぁ、そりゃ出来ん相談だわなぁ」


意地の悪い言葉に苦笑して征服王は首を振る。


「でもなぁ、アーチャー。貴様、別段聖杯が惜しいってわけでもないんだろう?何ぞ叶えたい望みがあって聖杯戦争に出て来たわけじゃない、と」

「無論だ。だが我の財を担う賊には然るべき裁きを下さねばならぬ。要は…筋道の問題だ」


筋道?いまの理論の何処に筋道があったというのだろう。疑問しか残らない。


「そりゃつまり……何なんだ、アーチャー。そこにどんな義があり、どんな道理があると?」

「法だ」


即答。英雄王はかく語る。


「我が王として敷いた、我の法だ」

「ふむ…」


法は絶対であるからして、従わざるを得ない。自分で決めた法に裁きを下せるのは自分だけ。後の者は従うのみ。彼が言いたいのはそういうことだろう。


「完璧だな。自らの方を貫いてこそ、王。…だがなぁ、余は聖杯が欲しくて仕方ない。で、欲した以上は略奪するのが余の儀だ。なんせこのイスカンダルは征服王であるが故」

「是非もあるまい。お前が犯し、我が裁く。問答の余地など何処にもない」

「うむ。そうなると後は剣を交えるのみだ」


さくっと解決したみたいな言い方で征服王は笑う。まじで。それでいいの。なんかすごく大物だなこのひと。


「…征服王よ。おまえは聖杯の正しい所有権が他人にあるものと認めたうえで、なおかつそれを力で奪うのか?」


正しさの塊みたいなセイバーが抑揚のない声で問いかける。


「応よ。当然であろう?余の王道は征服。即ち、奪い・侵すに終始するのだからな」

「そうまでして聖杯に何を求める?」


征服王は杯を呷り、照れくさそうに紡ぐ。


「受肉…だ」


……それって。ええと、つまり…現代に生きるヒトとなりたい、ってこと?


「おっ、おまえ!!望みは世界征服だったんじゃ…ぎゃっ!!」


驚いてにじり寄るマスターをデコピンで一蹴してから征服王は言う。吹っ飛ぶマスター。だ、大丈夫かあの子…。


「馬鹿者。たかが杯なんぞに世界を獲らせてどうする?征服は己自身に託す夢。聖杯に託すのは、あくまでその為の第一歩だ」

「雑種。よもやそのような願いのために、この我に挑むのか?」


英雄王が呆れたように問う。征服王は至極真面目に応えた。


「いくら魔力で現界してるとはいえ、所詮我らはサーヴァントだ。この世界に於いては奇跡に等しい。言ってみりゃ何かの冗談みたいな稀人の扱いだ。貴様らはそれで満足か?余は不足だ。余は転生したこの世界に、一個の生命として根を下ろしたい」


征服王の言葉は妙に納得がいくものだった。確かにサーヴァントは英霊であり、ヒトではない。過去の英雄を呼び出している時点で最早奇跡なのだ。しかもそれが意志を持ち、人知を越えた能力で以て闘うとなれば尚更。
(そう考えると、わたしは)
かなり貴重な経験をしているのではないか。だって曲がりなりにも彼らは過去に存在した英雄。それが現世に蘇り、こうして喋っている。普通なら有り得ないことなのだ。
(これも、聖杯の力なのか)
あまりにも強大な奇跡。これすら前座に過ぎないのなら、本物はどこまで願いを叶えるのだろう。そう考えると、末恐ろしくなった。
(そんなものは、おかしい)
それは存在してはいけない奇蹟なのではないか。


「征服の基本は肉体だ。身体ひとつの我を張って、天と地に向かい合う。それが征服という行いの総て。そのように開始し、押し進め、成し遂げてこその我が覇道なのだ」


自らの王道を語る征服王は己の掌を見つめながら紡ぐ。


「だが…今の余は、その身体一つにすら事欠いておる。これではいかん。始めるべきものも始められん。誰にも憚ることのない、このイスカンダルただ独りの肉体がなければならん」


じゃあ……仮に征服王が聖杯を手にしたとして、受肉の願望が叶えられたとしたら……再びこの世は征服されることになるのだろうか。大層な願望ではあるが叶えられても困るというか、平和に生きていきたいので勘弁して頂きたい。


「せっかく平和になった世界を壊すために聖杯を求めるんですか」

「ん?何だ、女神よ。余の願望は聖杯戦争の勝利に値せぬと言いたいのか?」

「そういうんじゃなくて…この現世を征服したいから聖杯を求めるってことなら、ちょっと怖いなって思って。だってそうしたら今まで培われた秩序とかが壊れちゃうし」

「案ずるでない。何も余は現世を壊したくて受肉を望む訳ではないぞ」

「え、じゃあなんで───」

「余は、ただ目指している場所へ行きたいだけだ。通り道に邪魔があれば征服をするが、それは必要な行為だからだ」

「………」


なんか、彼の云う征服とやらはわたしが思っていたのと違うらしい。意外な回答に面食らうわたしを嘲ってから隣の英雄王が宣言する。


「決めたぞ。……ライダー、貴様はこの我が手ずから殺す」

「ふふん、今更念を押すまでもなかろうて。余もな、聖杯のみならず、貴様の宝物庫とやらを奪い尽くす気でおるから覚悟しておけ。これほどの名酒、征服王に味を教えたのは迂濶すぎであったなぁ」


愉快そうに笑って征服王は杯を口にする。美味そうに唸りながら中身を飲み干す様はまるでCMのようだ。


「ほれ、女神も飲め。こりゃあ中々味わえん名酒だぞ」

「え、いや、わたしはもう…」

「飲まぬのなら我に酒を注げ」

「はあ…」


威圧感たっぷりに杯を突き出す金色。殴りたい。でもなんか逆らえないので仕方なく酒を注ぐ。


「おっ、じゃあ余にも注いで貰おうか」


アルコール臭を振りまく征服王の杯が差し出される。これ以上飲んだらやばいんじゃないの。大丈夫なの。なんて思いながら酒を注ぐ。


「いやぁ、良いなぁ。やはり宴に華は不可欠だ」

「野花であろうと華であることにかわりはないからな。色気は無いが、まぁ少しは役に立つ」

「ほんっと余計なお世話です」


この金色…まじ殴って良いですか。失礼にも程がある。英雄王はくくっと嗤う。


「処女が何を云っても戯れ言にしかならん」

「……」

「こらこら、アーチャー。女神とて様々な事情があるのだ。処女性が神聖化されてる場合もあろうて。まぁ…その歳で処女というのも珍しいが」

「すいませんね経験遅くて」

「我の寵愛を受けよ。さすれば貴様の色気も開花しよう」

「セクハラ反対!」


この酔っ払いどもが!処女処女って喧しいわ!悪かったな!許してよ!半ばやけくそに自分の杯に酒を注いで飲み干す。頭がくらくらした。くっそ、もう知らん!ソラウさんもこいつらもみんな馬鹿にしやがって!


「なぁ、ところでセイバー。そういえばまだ貴様の懐の内を聞かせて貰ってないが…」


思い出したように征服王がセイバーに問い掛ける。清廉な騎士王は歴然とした態度でさらりと答えた。


「私は、我が故郷の救済を願う。万能の願望機をもってして、ブリテンの滅びの運命を変える」


計り知れない奇跡の力で、歴史を変える。
小さな騎士王は、何の迷いもなくそう言った。

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