「よっ、と……」


さびれた建物の屋上にて。休めと言われたけれどなんだか目が冴えてしまったので、どうせなら月見でもしようと思う。瓦礫が散乱する床を歩いて最奥の手すりがある場所まで辿りつく。ソラウさんはもう寝てしまったらしく姿が見えない。深夜の月は煌々と闇を照らしていた。


「はぁ」


息を吐きだして項垂れる。身体のだるさも去ることながら、さっきのケイネスさんとの会話が更に疲労感を増やしてくれた。改めて聖杯戦争の愚かさを実感したというかなんというか。おばあちゃんもなんでこんなことにわたしを巻き込もうとしたのかなぁ。理解できない。


「……ん?」


手すりに身を預けて下を見遣ると、ひとつの影が見えた。あれはランサーだ。ひとりでなにをしてるんだろう?


「ランサー」


こっそり呼んでみた。つもりだったが、ランサーは気付いたらしくこちらを見上げる。すごい地獄耳ですね。数秒もしないうちに視界からランサーが消える。ありゃ。


「楪、こんなところでなにを」

「うお!びっくりした!」


消えたと思ったらいきなり背後に現れた。びっくりして心臓が飛び出しそうになる。


「す、すまん。霊体化して近づいたのだが、驚かせてしまった…」

「夜中にそれは反則ですよお兄さん…」

「すまない……」


しゅんと顔を伏せるランサー。あーもう真面目だなあこのわんちゃんは。


「大丈夫。ランサーなら怖くない」

「楪…」

「ランサーこそ、なにしてたの?」

「見張りをしていた」

「そっか」


此処は隠れ家。見つかれば戦闘は避けられない。ケイネスさんがあの状態でそんなことになったら勝つのは難しい。細心の注意を払うのは当然、か。


「…さっき、ケイネスさんと話したよ。ソラウさんが令呪を引き継いだって聞いた」

「……ああ」

「ソラウさんとは話した?」


無言で頷くランサー。酷い顔をしている。なにがあったのだろう。


「ソラウ様は、ケイネス殿の身体を完治させるために聖杯を求めると誓って下さった」

「そりゃ重畳。で、なんでランサーはそんな暗い顔してるの?」

「……………」


マスターに忠誠を誓うのが彼の騎士道ではなかったのか。数秒の沈黙。


「…俺が今生で忠誠を誓った君主はケイネス殿であって、ソラウ様ではない。例え令呪が引き継がれたとしても…俺は…」

「でもソラウさんはケイネスさんのために闘うんでしょ?ならどっちにしろ同じことなんじゃないの?」

「……普通ならそうなのだろう。しかし…」


言葉を詰まらせランサーは俯く。苦悩の表情。


「ソラウ様の眼は、魅入られた者の眼だ。あのままでは、過ちを犯してしまいかねない」

「…恋する乙女は手段を選ばないからね」

「せめてソラウ様が魅了を打破できれば、もっと違うのだが」


そう呟く横顔が見ているものは、きっと前世の記憶。わたしが夢に見た光景。あれと同じ感情がいま、ソラウさんの中にあるのなら。きっと彼女はどんな手段を使ってでもランサーのマスターであろうとするだろう。そこから見える結末は決して美しいものではない。


「…ねえ、ランサーはさ。なんで英霊になったの?どうして聖杯戦争に参加しようと思ったの?」

「俺は───」


わたしの問いにランサーは逡巡してから口を開く。


「前世では叶わなかった、忠節の道を歩みたかった。騎士として、主に尽くすことを望みとして現界した」

「…じゃあ、聖杯にかける望みはないの?」

「ああ。強いて云うならば、聖杯を勝ち取り、主の元へ持ち帰ることが望みだ」


そうか、だから彼は愚直なまでに騎士道とやらを重んじていたのか。前世では叶わなかった望み。それが叶う現世。そうなってしまうのも仕様がない。
しかし───これは魔術師同士の闘い。騎士道とは程遠い。奸計が、策略が、闇に交差する。騎士の誇りと魔術師の誇りは絶対的に違う。それはランサーとケイネスさんを見てわかることだ。清廉潔白な騎士道と、暗躍する魔術師。あまりにも相容れない理想。


「……ランサー。何を信じようが、何を求めようが、貴方の勝手だけどさ。わたしは、忠実にあろうとするあまりに自分の首をしめて泥に沈んでいくランサーを見るのは厭だよ」

「楪、なにを───」

「わたしは魔術師の誇りも騎士道もよくわからない。それどころか、聖杯戦争の存在意義すらもわからない。だから本当は口を出しちゃいけないのかもしれない。でも…とにかく、ランサーが暗い顔してるのは厭なんだよ」

「………」

「前世を繰り返したくないなら、前世と今を重ねちゃだめだよランサー。同じ轍を踏まないために此処に来たんでしょ?」

「…だが……」

「だってもへったくれもなく、重ねちゃだめ!病は気からって言うじゃん!それとおなじ!」

「…は、はい…」

「あと、もうちょっと柔軟に物事を考えた方がいい。騎士道を重んじるのはいいけど、それに囚われすぎて周りが見えなくなってちゃ、主従関係が崩れるだけだよ」

「あ、ああ……」

「わかれば宜しい」


そう言って笑ったら、ランサーはぽかんとしたようにこちらを見つめて───破顔した。


「ぷっ、ふ、あはは…」

「え…な、なに?わたしなんか変なこと言った?」

「っ、く、ははっ……ああ、言った」


ひとしきり笑ったあと、ランサーは目じりを拭いながらわたしの頭を撫でた。


「そんな風に言ってきた女性は初めてだったから、思わず呆気にとられてしまった」

「慎ましくなくてすいませんねどうも」

「いや、いい。それが楪の魅力だ」

「あはは、ありがと」


優しい笑顔。そうだ、これが見たかったんだ。ランサー、最近ずっと落ち込んでたから…元気になって良かった。


「礼を言うのはこちらだ。確かに、俺は前世を引き摺り過ぎていたのかもしれない。気持ちを切り替えねば」

「うん。これでもうちょっと昼ドラ展開がなくなれば楽なんだけどね」

「ひるどら?」

「あ、いや、なんでもない」


首をかしげるランサー。頭の上にある温かい手に触れてわたしは紡ぐ。


「ランサーが戦うなら、わたしはこれからも全力で加護をするよ」

「心強い。俺も全力で貴女を守り抜く」

「色々大変だけど、頑張ろうね」

「ああ。…ありがとう、楪」

「どういたしまして、ランサー」


ふたりで笑いあう。それを照らす月光はただ穏やかで。わたしは静かに彼の勝利に貢献することを誓ったのだった。

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