2.






微笑み合った後、俺たちはまた暫く無言の状態が続いた。

が、俺の心は何だか満たされたような幸福を感じていた。



欠けていたモノが埋まったように、
素晴らしく満ち足りていた。




―――――泣きそうだ、
と初めて「泣く」という感覚に陥った。


目頭が熱い……。
目の中に体内の水が溜まり出してきた……。


少し傾けば溢れそうだと思った。



哀しみで泣いた事も、
喜びで泣いた事も、――――無かった。



白狐に昔、そう打ち明けた時に、
「本当に悲しいとき、辛いとき、
本当に嬉しいとき、感動したときには、
涙ってのは勝手に溢れてくるもんだよ。」
と教えられた。


「どうせなら、初めては嬉しくて泣いて欲しいけどね。」

と付け加えて。



俺にはきっと経験出来ないだろうなと思っていた。
「泣く」程に、感情を揺らされる事なんて――――。

きっと生涯無い事だろうと思っていた。





ああ白狐、本当だな……。
本当に、嬉しくて、幸せだと想ったら、
勝手に涙が溢れてきた。



泣いてる所なんて、見せたくない。
俺は最後の虚持で、もう後少しで目の中から溢れ出てしまいそうなそれを、
無理矢理に渇かし、引っ込めた。



瞳が乾いたのを確認すると、
また麻夜を見つめた。

俺の視線に気付き、ふっとまた柔らかい笑みをくれる。



俺も、自然と口角が上がっていた事に気が付く。


「……………。」


また暫くの無言。



ふと、この大人びた、大人び過ぎた彼女に疑問が生まれた。

俺も、人の事は言えないが、
九尾の影響なのか、産まれた瞬間から、いや、母の腹の中に居た頃の記憶から持っている俺には、
自我の目覚めも早く、通常の何倍ものスピードで成長していた。


そんな俺と対等程に会話の出来るのは、
さすがに同世代では無謀な話で。
シカマルみたいな天才児、という訳でもないようだし……。



仮定としては、彼女が俺とは逆に、幼児に変化をしている場合。


何らかの理由があるのだろうが、
確認だけはして置きたいと、前に座り直してきていた麻夜の手を握った。


もう、何も疑うつもりはなかった。
麻夜を信じる―――。
それは俺の中での決定事項だった。


だから、彼女の手を躊躇なしに触った。


「……えっ、ナ、ナナナナっ、ナルトさん?」


突然触れられた事に、余程驚いたのだろう。
麻夜は呂律の回っていない言葉を放ってくる。


その様子が、また可愛い。
―――――愛しい。




触ってまで、チャクラを監査した結果は、
変化をしていないという答えだった。


ぷにっと柔らかく、すべすべとしたもち肌で、
吸い付く肌にいつまでも触っていたいと思う。


変化もしていない、特に外部からチャクラを流されている形跡もない。


なら、麻夜の性格は持ち前で、年不相応に落ち着いてるということだった。

だが、身体があまりにも幼い、そう思ってしまう。



「………幼いな。」

「いやいや、同い年位だよね?」



麻夜の鋭い言葉に、俺は確かに、と心で呟いた。



「………。俺は一般より自我を持つのが早かったし、成長も早いんだ。」



「自慢かっ!私だって普通の幼児より大人だよーだ。」



麻夜は反論してくるように、
唇を尖らせてきて言う。


言動の節々には幼い仕草もある。
だが、彼女全体を包む雰囲気は、とても大人びていた。




「落ち着いてるな、……そう思って、変化してるのかと思ったんだ。
でも、違ったんでビックリした。」


素直にそう言えば、麻夜は当たり前だという顔で、
何か考え込んでいた。


それは俺に何かを隠しているなだと、
経験から分かってしまった。



麻夜は俺に何を隠そうとしているのだろう……。
出会ってまだ一晩だ。
会話をした時間など、一刻にも充たないだろう。


初めからあれこれと自分から話してくるやつなど信用できない。

だが麻夜に対しては、知っておきたい、と
全てを共有したいと、


俺は思ってしまっている。


自分だって、麻夜に全てを話すことを臆しているくせに……。


彼女が隠す内容も、理由もわからないのに、
俺は疎外されたかのような感覚に陥り、
悲しい――――、そう思ってしまっていた。




「な、ナルト?どうしたの…?」


考え込んでいた麻夜が、俺を見て慌てた。
余程ひどい顔をしていたらしい……。

麻夜はそれ程に慌てていた。

こんな子ども染みた気持ち、麻夜には言いたくない……。


表情を必死に取り繕い、
俺は何もなかったかのように振る舞った。



「いや、なんでもな――――」
「――…いんだったらそんな顔をしないよね?
私に言えないことなのかな?
なら聞かないけど・・・。」


今まで聞いたことの無い、強い口調で言われ、
俺はもう隠そうなんて考える事が出来なかった。


「………答えをくれるか?」


「答えられるものなら、幾らでも。」



今度は優しく話してくれる麻夜に、
俺は羞恥心を押し込んで言葉を放つ。


「……その、先程は、何を考えていたんだ・・・?
何か、隠そうとしている事が、ある、のか……?」



言い切った後、俺は逃げ出したくなった。



屋敷の外で見張っていた暗部が、
思わず物音を出してしまったのが聞こえた。


くそ………っ、俺だって恥ずかしいさ!
俺と麻夜との会話を聞いてんじゃねーよ……っ



麻夜から中々反応が無かったが、
そんな事を気にしてられる余裕など俺には無く、
もう逃げ出してしまいたいという衝動を抑えるので精一杯だった。







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