何度も何度も








 俺は醜いから、さ。自分の目を覆い隠しながら静かにそして哀しげに彼は呟いた。
 流れて落ちた涙は澄んでいて宝石にでも変わるんじゃないかなってくらい輝いて見えた。けれども俺はその言葉を発さない。代わりに熱そうな空気が彼の口からひっくひっくと漏れていた。



――俺は、無力かもしれない。


 俺がどんなに構わないと言っても、彼の涙を止められはしない。彼の呪いを解く術を俺は知らない。ただこうやって、もう何年も目が合わない彼の隣でひっそり待つしかないのだ。これは彼の運命でもあって俺の運命でもある。


 そんな運命なら、いっそ彼に石にしてもらいたい。もしくは、彼の首を切り落として左側の血だけ飲んで死んでしまいたい。なんて。これじゃ心中もいいとこかな。


「……霧野、」

「ん」

「もう俺の傍には、居ない方が」

「…何年も傍に居るんだ、今更離れられるかよ」

「……ぅ」


 自分で自分が嫌になる。ただ彼に寂しい想いをさせたくないだけなのに、結果的に彼を苦しませているのは自分で、同時に自身の首を絞めているようなものなのだ。なんて悪循環。


 それでもまだどこかに救いが残されているんじゃないかなって。考え得る限りのことを俺はしてきたつもりだった。彼の呪いは解けずとも、少しはその痛みを共有出来るんじゃないかって、俺は夢を見ていたかった。


 必死になって捜し当てた文書は埃を被って佇んでいた。彼の為のように、俺を待っているかのように。古ぼけた字体を指でなぞってその中に入り込むんじゃないかってくらい何度も何度も声に出して読み返す。正直全てを理解することなど不可能だった。俺なりの解釈で、いいように彼に伝えるしかない。それで彼が笑ってくれるなら。


「あるところに娘が居ました」

「………」

「娘は周囲から持て囃される程整った顔立ちをしていて、髪は絹のようにきめ細かく、肌は透き通るくらい美しかった」

「………」


 しかしそのことで神々の怒りを買ってしまった娘は醜い姿にされてしまう。人々を呪い殺す輝く目に青銅の冷たい腕、自慢の髪は一本一本を毒蛇に変えられてしまった。

 そうして化け物に仕立てあげられた娘は後に英雄に首を切り落とされ退治される。海に落ちた血は珊瑚に、砂漠に落ちた血はさそりに。抜き取られた血は瓶に集められた。左側は人を殺す、右側は人を蘇生させる。


「でも、石にされた人々は元には戻らない」

「………」

「石にされた人を戻すのには、娘の涙が必要だった。死んだ娘に涙は流せない」


 いつの間にか俺の話を聞き入っていた彼の手を手繰り寄せる。同時に顔を背けた彼に呼び掛けるように俺は話し続ける。


「大丈夫、お前に石にされても、お前が俺の死を悲しんでくれるなら俺は何度だって生き返るから」

「……っだけど俺は…化け物なんだっ」

「化け物が涙を流すなんて、聞いたことないな」


 溢れ出る涙を抑えきれないで居る彼の眼は髪に隠れて見えないが、綺麗だと感じざるをえなかった。片手で髪を掻き上げた時にもう一度そう感じた。

 俺と目が合った。なんら変わらない、人の目だった。涙で濡れた瞳は俺を固まらせたりしなかった。

 代わりに、俺に彼を抱き締めさせてくれた。



 その温もりに俺は決意を固める。本当の化け物ってのは、俺みたいな奴のことを言うんじゃないかな。


「俺にお前を守らせてくれよ」

「……ああ」

「ありがとう…神童」








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