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世界を前提に話しますが






 この世界は妙なことだらけだ、と心底思った。カマキリの雄は自分の子孫を残す為に自分より体の大きい雌に必死に近付いて交尾する。しかしその後、雄は体の大きい雌に無惨にも食べられてしまう。何とも不憫な話だと感じるのは俺が人間であるが故なんだと、花壇で雄を食べる雌のカマキリを見ながら思った。残酷だけど、こいつらは俺たちの法の通じない自然の摂理の中で生きてるのであって、そこに俺が介入することは許されない。一種の定められたサイクルを繰り返しているに過ぎないのだから。
 そういう意味では、人間の恋愛も同等なんじゃないかと曖昧にそう感じた。彼らはお互いにお互いしか見てない見えてない。その間には誰も割り込めやしなくて周りがとやかく言おうが最終的に答えを出すのはいつだって本人たちである。蚊帳の外、というか、寧ろ彼らが籠の中の鳥なんじゃないかなと思う。

「神童、今日は先帰っててくれ」

 霧野先輩の澄んだ声はこちらまで届いてきた。まるで俺に合図でも送ってるんじゃないかなってくらいわざとらしく聞こえる。多分、そうなのだろう。キャプテンは先輩の言葉に頷いた。部誌を片手に去っていって部室は静まり返り、俺たちだけが取り残されていた。
 先輩は不敵な笑みで俺に近付いてまあお約束よろしく俺の顎を軽く持ち上げてちゅ、と口付ける。半ば呆れ顔の俺などお構い無しに執拗なまでにキスを送ってくるのでもう何の為に口が付いているのかなんて考えるのも止めた。

「残酷ですよね先輩は」

 俺が顔を背けながらそう言うと先輩が「なんで?」と聞き返す。分かってるくせに何故一々聞くのか、この人は本当に意地悪だ。

「遊びのくせにさ…」
「やだな、遊びでキスなんかしねぇよ」
「神童キャプテンだって、この事知らないでしょう」
「そりゃそうだろ、言ったところで神童が了承してくれるわけないんだから」
「本当にキャプテンのこと好きなんですか」
「それはお前にも言えるんじゃないかな」

 あえて“好き”と口にしない辺りこの人は厄介だ。俺の質問をひらりと受け流して、逆に俺に倍返しして。駆け引きの上手な狡い人。吐き気がする程甘い言葉を囁くくせに、そこに信憑性とか確実な情報は一切含まない。掴めなくて、届かなくて、近いくせに遠すぎる。研ぎ澄まされた瞳は切れ味のよいナイフみたいで、正確に俺に突き刺さる。

「変わってるよ…」
「え なにが」
「先輩は、人間じゃないみたい」

 はぁと吐き出した二酸化炭素に反応するように先輩は噛み付くようにキスをする。その二酸化炭素は取り込んだって結局吐き出されるのにさ。この酷いサイクルと俺たちの関係は自然の摂理だとぼやけた脳が言ってた。
 多分俺はこのサイクルから抜け出せずに先輩を拒めずにズブズブ填まっていくんだろうな。それは俺が雄のカマキリだから。霧野先輩が好きだから。そして先輩はそんな俺を喰う雌のカマキリなんだ。内側からボリボリ侵食されていく運命なんだろうな。

「…貪欲、野郎」
「当たり前だろ俺は消費者なんだから」

 ただカマキリと違うのは俺たちじゃ生命は生み出せなくてまたその所為で俺が死ぬことはないということだ。ただやっぱり、残酷な結末しか待っていないのは俺がカマキリでなくとも分かることだが。
 先輩の手がぎゅうと俺の背中に回されてきつく抱き締められる。背中が折れちゃいそう。首に噛み付いた先輩が俺に何か囁いた。それは甘い言葉にも聞こえたし醜い現実にも聞こえた。

 うん、俺はやっぱり人間でサイクルに沿って生きてる籠の中の鳥かもしれない。籠が何であるか、今の俺には分かる気がした。




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