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 僕らの日常はSF小説のように突飛でもなければ恋愛映画のように甘ったるくもない。絶対的な地位や名誉もなければ明日がどうなるかさえ分からない。善くも悪くも普通の、ありふれた人生のほんの一部であって。不満がないと言えば嘘になる。非日常の、何か大きなモノが、この殺伐とした怠いだけの毎日を変えてくれるんじゃないかなと願ったり。ただそれは同時に安寧の終わりも意味することになる。

「平和が一番だよ」

 僕の隣で天馬が突拍子もなく言った。丁度お昼ご飯のお弁当箱を閉めたところだ。更に続ける。

「変にドタバタした毎日を生きてるよりのんびり過ごした方がいいって、ね、剣城?」
「なんで俺に言う…」

 僕の目の前で胡坐をかく剣城が煙たそうに目を細めた。天馬は相変わらずにこにこと笑顔を絶やさない。これは最早一種のコントのようだと思った。

「あのなぁ松風、仮に…」
「ていうか天馬クンって老人みたいな考え方だよねー」

 剣城の言葉を遮って彼の隣に居た狩屋がぐいっと会話に混ざってくる。その拍子に狩屋の傍に置いてあったプリンの上のデザートスプーンが音を立てて地面に落ちた。カランという乾いた音が僕達しか居ない屋上に響く。一瞬だけ無音の屋上。

「だっさー狩屋」
「慌てるからですよ」

 ケラケラ笑って狩屋を指差す天馬と赤くなりながら「うるせぇよっ」なんて反論を入れる狩屋。結局落ちたデザートスプーンは輝が拾ってハンカチで拭いて狩屋に手渡した。どうしようもないメンバーにはぁ、と溜息を吐く剣城。なんてことない、僕らの日常の一ページ。僕が放っておいたって世界は簡単に進んでいく。それは彼らの会話にも似ていて、部活のサッカーにも似ていた。

「信助はどう思う?」

 不意に声を掛けられた。ちょっとだけ吃驚して、え?と聞き返してしまう。

「人生は、刺激があった方が楽しい?平和な方が嬉しい?」
「だからそんなん、絶対つまんないって」
「狩屋君はちょっと静かにしてくださいねー」
「…………」

 何もない屋上の、楽しみもない時間。無造作に放っておいた空間。彼らの視線は自ずと僕に集まる。

「……僕、は」

 何か言わないと、何か。焦る想いだけが無駄に頭を支配して他を考えることが出来ない。

「……楽しければ、どっちでも、」

 俯きがちだったので彼らの表情は読めない。屋上はしんとしていて、僕の影に汗がじわりと落ちて染みた。顔を上げるのが憚られる。

「…お前らしいな」

 今まで黙っていた剣城の声が頭上から降ってくる。即座に顔を上げると天馬も狩屋も輝も、笑ってこちらを見ていた。

「楽しけりゃいいなんて、信助クンはお気楽だよなー」
「でもいいね、今を生きてるって感じがして」
「俺、信助のそういうとこ、大好き」

 僕の気持ちなんて露知らず、ヘラヘラと笑う彼ら。お気楽脳みそにお似合いの締まりのない顔。知ったかぶりの笑い顔に理解した風なしたり顔。
 僕を苛つかせる、そのくせ離れたくない笑顔は僕には必要で。僕だけがそう思ってるんじゃないかと時折心配になったりして。嫌だなって自己嫌悪に陥ってるのも知らないくせにさ。ただそうやって、僕に居心地のいい環境を与えてくれるみんなだから。

「僕もみんなが好きだよ」

 君たちが居てくれてよかった、なんて思ってしまうんだよ。

 屋上に風が吹いた。先程のデザートスプーンを今度は狩屋がしっかり持っていたので落とさなかった。それを見て人知れず安心したような輝。剣城はまた胡坐をかいて静かに腕を組み直した。天馬が僕の顔を見て「次の授業は寝ちゃうね」なんて笑ってる。
 なんでもない一日の、なんでもない昼休みのほんの一時。僕たちはここに居た。






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