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もどかしい唇







 季節は春。麗らかな陽射しでの微睡みの最中、俺の隣でソファーに寄り掛る霧野の頭が肩に触れた。過剰な程反応してしまう俺は傍から見れば随分と間抜けだろう。
 意識すればするほどに、この距離がチリチリと身を焦がすような気さえする。先日漸く、繋がった想いが。じわじわと俺を急かしていた。


『……変かもしれない、けど』
『…………』
『好きな、んだ…』
『俺も、好きだよ神童』
『…違う、違うんだ』
『違う?』
『俺の好きは、霧野の好きとは…違、う』
『…どう違うの、神童?』
『き、気持ち悪いと思ったら、そう言ってくれ』
『うん』
『親友としてじゃなく、一人の男として、人間として…』
『…………』
『霧野が、好き…なんだ』
『…………』
『や、やっぱり、気持ち悪い、よな…』
『…………』
『ご、ごめん霧野、やっぱり聞かなかったことに』
『神童』
『……霧野』
『もう一回言って』
『……え』
『……その、嬉しくて。神童が、俺と同じように想ってくれてたことが』
『す、好きだ霧野』
『俺も、俺も好きだよ神童』


 何度思い返しても恥ずかしくて切なくて嬉しくて。下腹部辺りがきゅ、と締め付けられる感覚がする。玉砕覚悟の一大告白が望んだ通りの結果になった。それだけで舞い上がれる俺のなんとおめでたいことよ。
 ただただ想っていただけの一方的な感情が、想い合うに発展するとこれだけ違う。恋は、それまでの苦悩や孤独を麻痺させた。
 それと同時に前より一層深く彼をいとおしく想った。会えない時間が辛くて辛くて、会って会話をして初めて満たされる、呼吸しているような気分。以前には感じなかったどうしようもない淋しさ。両想いの代償も、これまた重い。

「……むぅ」

 肩に寄り掛かる霧野がほんの僅かに揺れる。う、わ。またまた吃驚してしまう自分が恥ずかしくなる。やはり未だに、慣れない。この距離も、匂いも、彼の存在さえ。大事にしたい。でも彼にもっと触れたい。愛を感じたい。でも拒否されたら?遠ざけられたら?受け入れてくれなかったら?
 想いと同じくらい募る不安は俺一人では拭えなくて、しかし打ち明ける勇気を持ち合わせていない自分は益々深みに填まっていった。

「んぅ…しんど?」

 霧野が目を覚ます。閉じていた碧眼がこちらを見つめて離さない。綺麗で大好きなその瞳が、今の俺には痛すぎる。

「…どうした?」
「……え?」
「辛そうな、顔してる」

 心配するように俺の肩に手を置いて、霧野は向かい合う。少しだけ、いつもと違う距離。近いのに、遠すぎる。我慢出来ずに泣いてしまう。
 俺が涙を流すと霧野は少し目を見開いてそれから決心したように手に力を込めた。

「…俺さ、ずっと言えなかったことがある」
「…き、りのっ?」
「……神童に、もっと触れたい」
「…ふぇ?」
「手繋いだり、抱き締めたりもしたい。でも、キスだってしたい、それ以上だって…」
「…へ、あ、あのっ」
「神童を困らせたくなかったから、お前が受け入れてくれるまで我慢しようって決めてたんだ。でも、お前が泣いてたら慰めてやりたい、傍に居てやりたい」
「霧野、話が繋がってな」
「だって俺お前の恋人だろ」

 一方的に持論を推して霧野は勝手に話を切ってしまう。しかし多少の誤差(俺が受けなのか)はあれど、それは俺が望んでいた言葉だった。
 また静まり返る空間で、顔を真っ赤にした霧野が羞恥の末に睨めっこしたまま唇を押し当てた。

「…なに、いきなり」
「……付き合ってるし」

 全く答えになってないだろ。ははは、と笑うと霧野も楽しそうに笑い返した。暖かい季節にぴったりの優しい笑顔だ。
 俺たちの距離が、また少し近づいた気がした。







君と366日様に提出






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