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君もしらない深海で僕は溺れる








頭の中で何回も繰り返し流れるある場面を、俺は忘れる事が出来ないであろう。



ぐるり季節が巡って、俺は少しだけ身長が伸びた。目標にしているあの後ろ姿は、まだ追い越せない。あの人もまた身長が伸びて、それで少し色っぽくなって、しかしあの綺麗な顔は揺るぎない安定感。つまりこれはあの人への俺の愛のおかげ、かな。やっぱり振り向いてはくれないけれど、何色にも染まらず、変わらず優しいあの人に俺が好意を抱いているのは周知の事実で俺みたいな人間が堂々と動けてるなんてそれだけで十分誇らしい。

なんて、柄にもなく感慨深く浸っていると不意に後ろから肩を叩かれた。驚きはしたがその人物像に見当がついていたので然程顔には出なかった。

一拍おいてから振り返るとやっぱりそれはあの人で、何してんだ?と柔らかく微笑まれてくらくらする。先輩の事考えてました。そう言ってやると先輩は一瞬だけ目を見開いて、また笑った。

「そうか、そうか」

俺に向ける親のような慈愛の目。その目が本当に好きで、たまに触れたくなってしまう。

軽く言葉を交わしてから、先輩と別れる。俺が先輩を拘束出来る時間なんて、たった数分しかない。でもその数分の思い出だけで、俺はいつまでだって生きてられる。ねぇ先輩。
俺なんて全然、恋愛として無しなんだろうけど。俺凄く幸せですよ。貴方の傍で息出来る事が幸せですよ。

軽くなった足で駆ける俺の目が、草の茂みで何か捉えた。猫だ。白地に黒のぶちぶち。ははは、頭にもぶち。かつらみたい。

しゃがみこんで手招きするとそろりとこちらに歩み寄るぶち猫。人間慣れしてるんだろう、臆すことなく俺の手の匂いを嗅いだ。そういうところ、霧野先輩みたいだ。先輩は、手招きしたって来てくれないけどさ。

ごろごろ喉を鳴らす猫が不意に何かを感じ取ったのか草の中へ入ってしまう。あ、待って。俺も一緒に入って猫の後を追う。がさがさがさがさ。暫くして猫が止まったので抱き抱えた。うわ重たい。その時後ろの方で物音がした。丁度俺がさっきまで居た場所だった。

咄嗟に身を低くしてじりじりにじり寄る。その場に居たのが、霧野先輩とキャプテンなのは遠目から見ても明らかだったから。二人の間の空気は何か秘密めいたものが漂っていて、純粋に気になってしまったから。

「…霧野が、好きなんだ」


キャプテンの言葉だった。思わず声が出そうになったのを必死に堪えて口を塞ぐ。やっぱり、とも思えば意外だ、とも思えた。キャプテンが霧野先輩をそういう目で見ていたのは何と無く気付いていた。でもキャプテンは先輩の親友であって、先輩が皆に平等なのを誰より理解してて、だから絶対に告白なんてしないと思っていたのに。

複雑な気持ちに呑まれそうになるのを堪え、固まったままの二人を見つめていた。


「…神童、」
「……」
「俺、妥協は絶対にしない」
「…あぁ」
「でも、神童のこと、好きだ」
「…霧野?」
「自分でもよく分からないけど、多分、俺はずっと、神童のことが好きだったの…かな」
「……」
「断ったらお前が泣くから可哀想とか、お前と親友でいられなくなるとか、そんな気持ちからじゃないんだ。直感で、お前のさっきの告白で感じたんだよ。俺きっと、お前のことは特別なんだ、って」
「…ありがとう、霧野」


会話内容は丸聞こえ。霧野先輩の気持ちも、キャプテンの嬉し涙もその後の抱擁も。全てスローモーションで頭に直接流れ込んできた。何だろうこの気持ち。今まではこんなことなかったのに。霧野先輩は、どうしてキャプテンを選んだの?皆に優しくて、皆に頼られて、皆に好かれてたのに。先輩は、キャプテンの想いにしか応えてくれないの?じゃあ、俺は?俺はどうしたらいいの?

今出ていって泣きながら霧野先輩に問い詰めれば、俺のことも抱き締めてくれる?俺にもその目、向けてくれる?無理だよね。

結局俺は霧野先輩の特別にはなれないしもうキャプテンに染まって。いや違う。先輩は染まってなんかいない。先輩の周りの人が、先輩の色に染まってるだけなんだ。俺もキャプテンも皆も。霧野先輩は平等なんかじゃない。皆が霧野先輩に平等なんだ。揃って同じ色に染められて、揃って同じ感情を向けてただけだ。何だよそれ、ばかみたいじゃん。

とめどなく流れ出ていく水が頬を伝って腕やら地面やらに弾けて吸い込まれる。抱き締めた猫が、俺の頬を舐めて一声鳴いた。






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