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君じゃだめ








ピーッと笛が鳴って、今日の練習はここまでと監督が声を張る。
最近本当に練習に力が入っている、というか。全国大会なんだから当たり前か。
マネージャーからタオルを受け取り、メンバーは続々と更衣室へと向かう。


「あ…霧野先輩」

後ろから声を掛けられる。
声の低さですぐに分かる。何だ?と振り返るとやはり狩屋で、上目遣いでこちらを見ている。

こいつは本当に訳が分からない。この間まで俺に執拗に嫌がらせ擬いな事をしてきたと思えば、最近は手の平を返した様に俺を気遣ってくる。
新しい嫌がらせかと思ったが、顔からは悪意がまるで感じられず、寧ろ目が合えば顔を赤らめて目を逸らされる。


「あの、ちょっと良いですか」
「だから何だよ」
「俺、霧野先輩が好きなんです」
「…は?」

俺が間抜けな声を出すと、だからっ!と狩屋は顔を赤くする。珍しく眉を下げてもじもじもじもじ忙しない。
あぁそうか、こいつ俺の事が好きなのか。

「とりあえず狩屋、一旦着替えさせろ」
「え、」
「汗べっとりで気持ち悪いだろ」
「あぁ、はぁ…」

意味が分からない、という風に首を傾げる狩屋だが、俺が更衣室へ向かうとちょろちょろと後を着いてきた。
更衣室に狩屋と一緒に入ると、部員は殆んどみんな着替え終わっていて、神童が心配そうにこちらを見た。
そんな顔しなくても、平気なのに。
ウインクして返してやると顔を真っ赤にした。何その反応、可愛いんだけど。

着替えてる間に神童にこそっと耳打ちする。


「先に校門で待っててくれないか?」
「…良いけど、どうかしたのか?」
「少し用事が出来た」


分かった、と神童は頷いて更衣室から出ていった。他の部員もわらわらと帰っていって、更衣室には俺と狩屋しか居ない。


「…霧野先輩、返事聞かせてくれますか」

狩屋は少し震えながら俺を真正面から見る。なんか捨てられた仔犬みたいな顔だ。

「狩屋さ、」
「はい」
「俺のどこが好きなの?」
「…え、」
「顔か?髪か?身体か?」
「…全部、です」

「…全部、ね」

ふぅ、と溜息を一つ吐いて。
全部って言えば本当に全てを愛してるかのように聞こえると思ったのかね。生憎、全部好き、なんて言われ慣れてるんだよ。


「狩屋、」
「は、はいっ」
「お前は俺を好きじゃないよ」
「……っ」

痛いところを突かれたかの様に狩屋は顔を歪めた。

「お前はまだ、俺の全部を知らないよ」
「でも俺っ…先輩が」
「ごめんな狩屋、お前じゃダメなんだ、俺の隣に居るのは」
「……っ俺、諦めませんよ」
「……気を付けて帰れよ」


震える狩屋の肩をぽんっと叩き、荷物をまとめて更衣室から出た。外は大分暗くなっていて、あぁ時間かかりすぎたな、と反省する。

校門まで急げば、ゆるくウェーブの掛かった茶色い髪の後ろ姿がぽつんと立っていて。
それを見た途端、何かが胸に込み上げてつい後ろから抱き付いてしまう。

「…遅かったな」

ふわっと髪を揺らし、神童が嬉しそうに笑う。この顔、他の何物にも代え難い。

「ごめんな、寒かったか?」
「いや、大丈夫だ」

頬を赤くしながら神童が俺の頭を撫でる。
本当、こいつが居ると嫌な事も忘れられる。目を細めて微笑むと、神童は目を見開いて、恥ずかしそうに目線を泳がせる。

「何だよ」
「いや、その…綺麗だな…って」

神童が言うならまぁ許してやる、贔屓してやると耳まで真っ赤にした。
そのすぐ後に温かい感触が手をぎゅうっと引っ張って、珍しく神童が俺の手を握っているんだと認識した。



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