bitter smile to you おいこら狩屋ぁ。 その呆れた声に耳を傾ける。どっちかっつうと高い少年の声。ぱっと振り返ると予想通り(というか他に予想する人物像は居ないけどね)そこには霧野先輩が腰に手を当てて仁王立ちしていた。あぁ、なんか怒ってるぞこの感じは。冴え渡る俺の勘とここからどう切り抜けるかを考えだす脳内。この場合下手に逆撫ですると頭に拳骨を食らう羽目になるから慎重に穏便に。 「…えっとぉ、すいま、せん」 「何で謝るんだよ」 あれ、おかしいな。絶対に俺が悪い事したから怒ってるんだと思ったのに。あれ待てよ、そういや俺何もしてないじゃん。今日した事なんて輝クンの脇腹擽ったくらいだよマジで。じゃあ何で先輩はおいこら狩屋ぁなんて怒り口調なわけさ。んんんと眉間に皺を寄せる俺を見て霧野先輩の綺麗な唇が孤を描く。笑った。 「ちょっ先輩っ何なんですかっ」 「いや悪い悪い、ちょっと呼んだだけだったんだけどな。お前なんかビクビクしてるから面白くて」 なんっ…顔に熱が集まるのが分かった。呼ぶならもっとそれらしい声の掛け方があるだろ畜生。紛らわしいにも程がある。奥歯と奥歯を擦り合わせて先輩を睨むとごめんごめんと苦笑いする。 「で、何の用ですか?」 「1ヶ月前のバレンタインデーに、お前俺にチョコくれただろ?」 「ああ、渡しましたけど」 忘れたい黒歴史だけどな。何を思ったのかわざわざ手作りしたふてぶてしいトリュフチョコを渡しましたけどね。因みに一応本命だから形が一番いいやつにしましたけどね。夜になって凄く後悔したのは俺が渡した後に神童キャプテンがクオリティ高すぎるお菓子を霧野先輩に渡してたのと、輝クンに「何でラッピング一緒にしちゃったの」とダメ出しされたから。とんだブービートラップに引っ掛かった気分だった。 「それでお返しを用意したんだが…」 えっ 言葉が出てこない。 霧野先輩がわざわざお返しを用意したって?しかも俺に?あの無愛想な形のチョコにお返しを?あんなに女の子に群がられて毎年毎年大量にチョコを受け取ってる(らしい)先輩が俺にお返し?何だよそれ同情でもしたのかよ訳わからないでも有り難く受け取らないと失礼だよなという訳で俺は今からデレる超デレる。 「あ、ありがとっございます」 「いやいや…口に合うと良いんだが…」 先輩からのものが俺の口に合わないわけないだろ否寧ろ泡吹いてでも食べさせて頂かせてやりますございます。先輩が袋から取り出した綺麗にラッピングされたクッキーみたいな何かを俺に手渡した。うわ先輩女子力高いよ高過ぎるよ街中でティッシュ配ってるお姉さん達より女子力高いよ。心中感動して言葉も出ない俺に霧野先輩はまたくすりと笑う。 「嬉しそうだな狩屋」 「…そりゃ、貰えるなんて思ってなかったから…」 「ま、狩屋のしか用意出来なかったんだけどな」 「え」 「あ、実はな」 女子の分は最初から用意出来なかったから諦めてたんだけど、せめて部員の皆にはって思って作ったんだ。でもラッピングの袋が一つしかなくて。狩屋はわざわざ袋に詰めて渡してくれただろ?だから狩屋の分はラッピングして他のはタッパーに詰めて食わすことにしたんだ。皆には悪いけど。だから。 「ラッピングして渡したの、内緒な?」 「……は、い」 きた。きたきた。俺“だけ”だってよ。ラッピングしたの俺のだけだってよ。やった。なんか、部員の皆にもまさかの神童キャプテンにも勝った。うわこれ帰るまで開けないで大事に持ち帰らないと。そんで写真撮ってパソコンに送った後引き伸ばして印刷してどっかしまっておこう。クッキーは帰ってから有り難く頂くことにしよう。うんよし決まり。 「ところで先輩」 「ん?」 神童キャプテンのはどうするんですか?あんなに高級そうなの渡されてたじゃないですか。俺が有頂天の状態のまま聞くと霧野先輩はあぁ神童な、と苦笑気味に笑う。 「神童に聞いたんだよ、お前の分何がいいかって、そしたらさ」 別に俺はお返しが欲しくてお前にバレンタイン渡した訳じゃないんだ。日頃世話になってる礼をしただけだしな。優しいお前の事だから皆の分を作るんだろう?余ったのを俺にくれたらそれでいいさ。そうだな、我儘を言うと、お菓子じゃなくて霧野と一緒に居る時間が欲しいんだ。今日帰りに俺の家に寄ってピアノ聞いて紅茶飲んでくれるだけでいいんだ。ダメ、か? 「なんて言うもんだから、神童の分はそれで手を打ったんだ」 「…は、はは」 「お、もうこんな時間か。じゃあ狩屋、また明日部活でな」 足早にその場を去る先輩の後ろ姿は浮き浮きそのものだった。何だよ、惚気じゃねぇか。ふざけてる。文句は腹の下辺りからぶくぶく出てきたけど口から出たのは溜息だった。 「…適わないや」 俺はまだまだ勝てそうにない。 |