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凹凸クレバス




外は一面銀世界だった。見慣れない風景に隣の彼は嬉しそうな叫び声に近い雄叫びの様なよくわからない言葉を発した。と思うと俺の手を振りほどいて白い大地に穴を開けていく。


「…間に合ってよかった」


まだ壊されていない世界が残っていて、そしてこの場所が残っていて。思い出がある訳ではないけれど、こんな景色を一度彼と見たいと話した事があった。
この消えていく世界の中で彼とこうして過ごせる時間は俺の中では非常に大切な瞬間だった。世界のタイムリミットがどうのこうのの前に、彼の時間が少しずつ削られているのが俺には分かる。だから俺は自分の時間を彼の為に使いたいのだ。


「はしゃぎ過ぎだ、神童」


柔らかく笑うと地面に寝っ転がって水の塊をサクサク潰していた神童は俺の方を見る。彼はもう殆んど耳が聞こえない。だのに俺の声には敏感に反応するんだから驚かされる。自分の声すらまともに聞き取る事が出来なくて口が利けなくなってしまった彼が俺の言葉を拾うのだ。
神童が寝そべっている雪の隣に腰を下ろす。彼はにぃと笑って俺の手を握った。途端に熱と愛しさとが込み上げてきてしまって、涙が出そうになる。


「……しんどう、」

「…ぃ、りの…」

「……ん、」

「…あ、あ……とぉ」


良いよ、俺がしたいからしてるんだ。お礼を言うのはこっちの方だよ神童、ありがとう。
そう返すと神童はまた笑って手を握る力を強めた。あの頃と何も変わらない。その優しく力強い眼が、俺は好きなんだ。


「…メリークリスマス、」



小さく呟いただけなのにそれすらも神童は拾った様だった。仰向けの状態のまま俺の手を引いて、ぼさ、彼の腹部に乗った俺の頭をかじかんだ両手で優しく撫でた。それと同時に俺は、この場所が壊れるのを感じ取った。地中の僅かなクレバスがビキッと音を立てて広がっていくのだ。


「…もう、ここも駄目か」


終焉を迎えようとするこの地を去る時間は刻一刻と近づいていた。神童を見やると悲しそうに眉を下げて俺の顔を伺った。

そんな顔をされても、俺には世界の終わりを止めることは出来ない。ただ壊れていくだけの美しい世界を、壊れる前にお前に見せてやるくらいだ。


「…行こう、神童」


起き上がって手を差し伸べると神童は小さく頷いた。どこか決意の色が感じられる何も宿っていないグレーの瞳は俺の碧色の瞳とかちりと合った。


世界が崩れるそれまでに、俺はあといくつの景色を君に見せてあげられるだろうか。

強く握り締めた彼の手が、この地の最後の熱を俺に伝えていた。




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