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流線型の軌跡




思えば、彼から何か誘い事をもらうのは珍しかった気がした。今まで俺の方から彼を引っ張り回すのは多かったが、彼からとなると、期末テストで赤点を取った時の補習勉強を教えてくれる時くらいだろうか。

「なんか意外っすね」
「あん?何が」
「南沢さんが星見たいだなんて」
「気紛れだよ気紛れ」
「…へぇ」
「なんとか流星群…が見れるらしいから」
「なんとかって…」
「だから言っただろ気紛れだって」
「はぁ…」

黙々と前を歩く南沢さんの後ろ姿はいつにも増して愁傷な気がして、中3で大人の色気でも出してるのかと思ってしまった。

今日は雲が一つもない晴天だったから、夜空の方もそれなりに綺麗で、肉眼でも十分星は見えた。

「南沢さんどこ行くんすか」
「公園、」
「適当っすねぇ…」
「良いだろ別に、星見るだけだ」
「まぁ…」

本当に近所の公園。そのベンチにどかっと座った南沢さんは俺には特に何も言わない。自分の横をたんたん、と叩いた。

(座れ…ってことすか)

素直に隣に腰を下ろすと南沢さんはチラッとこっちを見た。何すか?別に。短い会話を終えて、先輩は空に目を向ける。

「あ、流れ星」
「えっ」

バッと上を見上げても、そこには青黒い空が輝いてるだけで。いや綺麗だけど。

「見逃したのか、残念だな」
「嫌みっすか、別に良いですよ流れ星くらい…」
「拗ねんな拗ねんな、ずっと見てればまた流れるかもしれねぇぞ」

珍しくはしゃぎ気味の南沢さんはさも愉快そうににやりと笑って足を組んだ。長らく見れていない笑顔だった気がした。

せっかく流星群見に来たんだから、そう割り切って空を見上げた。決して拗ねてる訳じゃない。況してや、南沢さんに諭されたからでは絶対ない。断言出来る。

「あ、また」
「えっどこすか」
「あっちだよあっち」
「えっ、えっ?」

南沢さんが指を差した方向を見ても、やっぱり星しか見えない。くそぅなんで俺だけ。

「俺は視野が広いからな…」
「リバースカードっすもんねー」
「今何つった?」
「いえー何もー」

延々空と睨めっこ。悪くないけど、これ、首吊るでしょ。お互い口も聞かずに流れ星を探していると、不意に南沢さんは口を開いた。

「あのな倉間…」
「何すか、俺今忙しいんす」
「…俺、転校しようと思う」
「あーそうす…か?」

「…お前にだけは言おうと思ってな」
「南沢さっ…痛ぇっ!!」

顔を南沢さんに戻したら首がバキッて。痛いなんてもんじゃねぇよ、寝違えるくらい違和感ある。

「お前はばかだな…」
「…うっせーすぅ」

はははって、南沢さんが、笑った。
俺としてそれは嬉しいのに、今は、寂しい。転校なんて、聞いてないですよ俺。何で転校するんすか?サッカー出来ないからですか?あいつの所為ですか?

「…いつ、転校するんすか」
「来週にでも」
「南沢さん、俺、」
「倉間、元気でな」

ガタッとベンチから立ち上がる南沢さんは一回だけ俺の髪の毛をくしゃっと掴んだ。痛い、痛いっすよ南沢さん。俺首バキッてやったんですよ?

俺まだ、南沢さんともっと話したい。小さい事で小突き合ったり笑い合ったりしたい。まだ南沢さんに借りた漫画返してない。南沢さんの技教えてもらってない。南沢さんと連携技作ってない。南沢さんと、もっとサッカーしたい。

南沢さん、俺、身長まだ伸びるんすよ。これから新技作るんす。それから、それから。俺、あんたの事、好きなんすよ。離れたくないんです。

泣くな、まだ泣くな。格好悪いそんなの。南沢さん俺、あんたの隣に居たい。サッカーの時も、そうじゃない時も、ずっと。もうリバースカードとか言わないから。少し素直になるから。だから。

「南沢さん、」
「……」
「サッカー、続けるんすか…?」

背中を向けていた南沢さんはこちらを振り返った。泣きそうな笑顔で空を背負って。

「…さぁ、どうだかな…」

じゃあな。南沢さんがまた背中を向けたとき、空に無数の光がピッと線をつけて流れていった。

「…流星群、?」

何も言えなかった俺の気持ちを洗い流すような流星がピッピッと線を引くのを眺めて、俺は久々に見たあの人の笑顔が偽りのモノでなかった事が嬉しかった。




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