イナGO | ナノ

ちょっと昔の僕らの話

※年齢操作
※死ネタ
※全体的に重々しい








灰白色の冷たい石の前に、俺は今年も立っていた。これを見ているとあの日の事が頭をぐるぐると駆け巡って心底考えさせられる。あの日から丁度4年が経った。

4年前、俺は人を、殺した。




それまでの俺はまぁそこそこ頭がよくてスポーツも程々に出来る真面目な一生徒だった。幼なじみから発展した恋人が居て、名門サッカー部のキャプテンを任されていた。

一つだけ悩み事があるとすればそれは幼なじみの恋人との口喧嘩が頻繁に起こる事。

その悩みを余すことなく曝け出せる奴が一人だけ居た。その彼とはピアノで知り合った仲で。物静かで努力を怠らない彼の弾くピアノはとても繊細で軽やかで、正しく芸術に値するものだった。

彼は俺のつまらない話一つ一つに耳を傾け、少し笑いながらそれをピアノで表現する。俺の愚痴も惚気も自慢話も、彼の指先の動き一つで全て美しく奏でられていた。

「お前に、恋人を紹介したい」

そう申し出ると、彼は嬉しそうに笑った。是非お会いしたい、と。あぁ一つだけ我儘がある。僕は雨男だから、外で会わずに家の中で会いたい。勿論、と俺は返した。

次の休日、俺は早速彼に電話をかける。彼の事だから迷子になるような事はないだろうが、念には念を。
電話先の彼はいつもの静かな調子で大丈夫だ、と答える。あと15分もすれば着くだろう、待っててくれ。あぁ、と答えると彼はまた何かを喋ったがぶつり。電話は切れてしまった。電波が悪かっただろうか。外に目をやると雨が静かに降っていた。

やがて恋人が俺の家を訪ねて来た。外、凄い雨だな。と濡れた髪をぎゅうと絞った。

「とりあえず髪の毛拭けよ」
「あ、うん」
「…もう20分は経ってるよな」
「ん?何、友達?」
「あぁ…ちょっと迎えに行くか」
「携帯に電話入れてみたら?」

20分前に掛けた彼の番号へ発信。何回かのコール音の後、雑音混じりで彼が返事をした。

「あ、大丈夫か?」
『大丈夫、雨でうまく進めてないだけだから』
「そうか、じゃあ迎えに行く」
『あぁそう?今は…少し広めの道路にいる』
「なんだ、近いな」
『そ、なの?じゃ、もうすぐで…着く、』

ぶつり。
また電話が切れた。

「ちょっと行って来るな」
「ちゃんと傘させよ」
「あぁ」

外はやっぱり雨が降ってる。さっきより強くなっている気がした。道に点々とある水溜まりを避けながら先程電話が切れたらしき道路まで走る。

「……あ、」

人集りが出来ている。そこだけまるで大雨のように、人と車の雑音と雨が地面に強く打ち付ける音がする。人集りを掻き分けて中心の方へ向かうと、鼻から不快な臭いが嫌でも入ってくる。吐き気を促す鉄分の臭い。

「血…」

あの、綺麗な指。細く笑う口。すらりと長い身体。間違いなく彼だった。それが血塗れで倒れている。仰向けで、宙を見ていた。
傍には、原型を留めていない携帯電話が転がっていた。

「…うっ、げほ、」

急に込み上げてきた吐き気。よろけながら家まで走った。傘は知らないうちになかった。びしょ濡れになっても走って走って走って走って。家に戻って使用人の言葉も聞かずに自分の部屋に駆け込む。

「あれ、神童…」
「きりの、きりの…」
「泣いてる…のか?」
「俺、は…人殺しだ」
「…とりあえず落ち着け、頭拭くから、暖かくしてろ」

霧野がせかせか動いてる間、俺の頭はぐるぐると血流が巡るような音がゴウンゴウンと響いて何も考えたくなかった。
目を背けたい真実、見てしまった現実、後悔ばかりが先立って内側から責め立てられている様でどうすることも出来ない。

「…で、どうした?」

俺の髪の毛をくしゃと拭いながら霧野は優しく聞いた。その手からは愛情が溢れている気がして、俺は泣きたくなる。

「…友達が、死んだ」
「……事故か?」
「多分、車に」
「じゃあお前の所為じゃないだろ」
「でも、俺が電話しなければ…」
「しなければ、死ななかったのか?」
「……」

言葉を詰まらせている俺に、霧野は呆れた様に溜息を一つ吐いてまた話し始める。

「死んだところで、根本的に何かが変わるわけじゃない」
「…っ何、言って」
「悲しんでやる事は誰だって出来る、交流が全くない俺でさえそれは可能だ。その友達と親友だった神童、お前に何が出来る?」
「…お、俺は」
「お前の事だ、どうせ一人で背負い込んで死にそうな顔しながら一生後悔し続けるんだ。お前はそういう奴だよ神童」
「だって、俺にはそれしか…」
「…お前があの場で何を見たのか、俺には分からない。けどな神童、死んだ奴はどうやったって帰ってこない。生きてる俺達は明日も生きていかないと駄目なんだ」
「……無茶苦茶だ…」
「…それに、お前にこれから先死なれたら。俺が生きているのが辛くなる」
「…霧野」

「これからはお前の友達の分まで俺が話聞くから、一緒に居るから、だから、消えないで」

背中に感じた霧野の暖かさは俺からは見ることが出来ないけれど、まだ俺は死なずにいれる、そう思った。




それから4年経った今も、俺は生きている。霧野との腐れ縁じみた交際も続いている。

彼はやはり俺と霧野を繋げる存在であったのか、今の俺でもそれは分からない。しかしお陰で今の俺が居るのだから贅沢は言えない。

あの日見た光景がフラッシュバックして頭痛を呼び、その度に霧野に泣いて縋る事もしたが霧野は俺の背中を撫でながら死ぬなと何回も言う。それだけで俺は救われる。
しかし罪悪感が消えている訳ではない。彼を殺したのは車の運転手でもあの道路でもましてや雨でもなく俺なのだ。
結局死ぬまで俺の罪は消えないし、消すつもりもない。

結果には後悔しているが、結果の後の工程には後悔していない。今はそれで充分だ。


俺は、まだ、生きてる。


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