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Gloom days






霧野は本当に良い奴だ。
それは今まで霧野に出会った誰もが吐く言葉だった。そしてその言葉を吐く奴は大抵霧野に恋愛感情を抱く。何故かは分からないけれど これはきっと数学や化学で言うとこの公式の様なものなのだろう。でなければ俺には納得する術がない。

その良い奴 という括りも決して嫌みとか使える奴という意味ではなくて。純粋に人としてという意味で。
霧野は分け隔てなく人に接して、その誰もが彼のそんな人柄 性格 容姿 身のこなし 空気に好意を持つ。誰からも好かれる霧野は俺にとって眩しく誇らしい存在だった。そんな彼と親友でいられる自分はなんて幸せ者なんだ とさえ思うのだ。
だが俺が霧野を好きなのは そんな誰からも好かれてみんなに優しい霧野が俺と二人だとまた違う顔を見せてくれるからだ。

幼なじみの特権と言うのか 他の人と二人になっても決して見る事の出来ない霧野が俺は見れる。
それは単純に言葉にしたらそれまでだが、それに気付いた時の興奮は生きてきた中でもかなり上位に入るはずだ。腹の中を擽られている様なむず痒く愛しい感覚。

だから俺は他の誰かが霧野に恋をしても平常心を保っていられたのだ。
少なくともついこの間まではそうだった。

それが崩壊したのはつい最近 水色のあいつが入部してから。奴は霧野と同じDFのポジションで練習も大概霧野と組んでいた。
軽やかな身の動きとそこから生まれる瞬間的なスピードには俺も感心した。しかし奴は捻くれていて、影で霧野に色々ちょっかいを出していたのは俺も気付いていた。が、俺はそれを注意出来ずにいた。

程なくして奴は霧野と和解したのか 霧野を慕う様になっていた。霧野にとっては生意気な後輩が増えた程度の感覚なのだろうが、俺は違った。
奴も例外でなく、霧野に恋愛感情を抱いたのだろう。今度こそ俺は平常では居られなかった。

奴は霧野とよく一緒に居る気がした。それは部活だけでなく とにかく授業中以外の時間に霧野を見るといつもいつもあの水色が霧野の傍で揺れている。そして霧野も万更でもないかの様に奴に向かって笑うのだ。
それを見ると下腹部がずくんと痛み呼吸が荒くなる。今までで一番酷い。こんな光景もこんな気持ちも何度も何度も経験した事なのに。

居ても立ってもいられなくなり、屋上へと走る。これ以上あの光景を見ている事が出来なくて、俺は逃げたんだ。
ああ、痛い、痛い痛い、痛い、痛い痛い痛い痛い!!!!!!!!

自分の荒い息遣いが外に漏れ出て それしかもう聞こえなくて そこに安堵する。安堵はしたものの、呼吸が整うはずもなく過呼吸の様な息継ぎを繰り返す。

「…っは、っは、…き、っの」

上手くいかない呼吸をひたすら正そうとするが及ばず、霧野の名前を意味もなく呼ぶ。

「き…っの、霧野っ…」

「神童っ!!」

屋上の扉が急に開いたと思えば、ピンクの髪の毛をばさばさ揺らしながら霧野が入ってきた。あれ、霧野慌ててる。

「…っひゅ、っひゅ、」

「どうした神童っ過呼吸かっ?」

「き、りのっ…も、」

「……っ」

視界が霞んだ。いや、一面ピンクだ。かと思えばコバルトの瞳とかっちり目が合った。相変わらず息は苦しかったけどもうそんなことは二の次でどうしようもなく嬉しかった。
俺のピンチに霧野は駆け付けてくれた。俺は見捨てられてた訳じゃない。霧野、俺やっぱりお前が好きだよ。
暫くすると先程まででたらめであった呼吸は整っていて、名残惜しく自分の唇から離れたものを見つめてしまう。

「…すまない、」

「…全くだ」

「こ、怖くて…お前が、誰か別の奴と楽しそうに話すのが…こっこんな事今まで沢山あったことなのにっ」

「神童、」

「ダメなんだ、俺お前が居ないとっ一人で呼吸すらまともに出来ない…」

「…俺はお前が一人で生きられないなら、傍に居るよ」

「……きりの」

「お前がどんな状態でも、俺はお前を受け入れるよ」

「……っ」

「放っておけない、好きだよ神童」

お前はそうやって、いつもいつも俺が望む方に動いてくれる。どんな相手に好かれても 必ず最後は俺の元へ来て愛を囁く。
本当に俺の思った通りに動いているのかと思ったが、だったら今俺を助けには来ないよな。

俺はお前に助けに来て欲しかった訳じゃない 俺が過呼吸でも何でも良いから死んだ後にでもお前が泣いてくれればそれで良かったんだ。

お前が俺だけにしか見せないものを見れれば良かったんだ。


でももういい。
俺はお前が好きだから。泣き顔はやっぱり見たくない。
矛盾してるけど、俺はお前が大好きでお前も俺が大好きで もうそれで良いかなって。

一方通行の愛の標的であるお前は俺の悩みの種でそれはこれからも続くけど、お前が俺を大事にしてくれてるうちは、こんな憂鬱も悪くない。


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