自分の隣に腰かける子どもを見て、ジャーファルは常々思っていた。

「アリババくんは、甘いですね」

「むぐ?」

可愛らしい見た目に色とりどりの甘い砂糖菓子を摘まんでいたアリババは、年頃の少年にしては大きい瞳をしばたかせ、突然の言葉に不思議そうに彼を見る。

「これ、ですか?」

食べていた菓子をジャーファルに見せ、首を傾げた。

「違いますよ。私のことは気にせずたんと食べなさい」

ジャーファルは笑い、袖で口元を隠す。生娘のようにふんわりとした雰囲気だった。にこにこと笑う彼に、アリババはまた首を傾げる。

「どうしたんですか?」

「いえいえ、大したことはないんですけどね」

平常と変わらない表情で、ジャーファルは目だけをすぅっと細めた。少しだけ鋭い視線にアリババは急いで持っていた菓子をパクリと口に運ぶ。

「アリババくんは、ずいぶん甘いなぁと」

そう言って、ジャーファルが静かに自身の前に置かれたグラスを持ち口をつけた。コクン、と喉が動く。

「…甘い、ですか」

「私から見たらの話しですけれどね」

「それは…詰めが甘いってことですか?」

「どうでしょう」

アリババがジャーファルに向き直った。

「王としての覚悟が足りないってことですか?それとも、自分に甘いってことですか?」

ジャーファルはクスクス、小さく微笑む。

「王としての覚悟は君自身が考え、決めることですよ。私は政務官としての視点からしか見られないですし、君は十分自分に厳しいと思いますが」

澱みなく答えられ、一瞬きょとんと目を丸くし、次いでハッとしたアリババは腕を組んで「うーん…」と唸った。

「私が言いたいのは、もっと別のことです」

小さく呟かれた言葉に、アリババは「え?」と聞き返す。ジャーファルはゆっくり手を伸ばし彼の柔らかい金色の髪を撫でた。

「君の優しさは、とても甘いのですね」

「…優しさ?」

訝しげな表情のアリババに微笑むだけで返すと、ゆっくり二度三度と撫でて

「アリババ君の優しさは、お菓子のように甘いです」

傷だらけの手を離す。アリババは呆けたように彼を見つめた。

それから少し、お互いが口を開かない。

「…じ、ジャーファルさん、も」

「ん?」

「優しい、ですよ」

アリババが、とても小さく告げた。
流石に顔を合わせながら、しかも年上の男に言うのは気恥ずかしいらしく、アリババは健康的な頬をうっすら朱に染め、照れくさそうにへにゃりと笑う。そんな彼を見、ジャーファルは壊れ物に触れるかの如く彼の頬に右手を添え

「そういう所が」

優しく、肌に指を滑らせながら撫でて

「甘ったるいんです」

指が離れたと思うと、突然アリババの首に手をかけた。首を折るには弱く、息を止めるには強い力。逃れようともがいても、微かに身動ぎするだけだった。

「ッ、!」

「気づいていないでしょう?」

アリババはぐらぐら揺れる視界の中で、ジャーファルが依然として変わらぬ笑みを浮かべているのを見た。

「君のその甘い優しさに捕まったあげく全身ベタベタで狂ってしまいそうなんです、私」

にこにこ、にこにこ。まるで笑うことしか出来ないのかと疑いたくなるくらい、あまりに完璧な笑顔のジャーファルが続ける。

「君の甘い優しさは人を救いもしますけれど、時に残酷なほど人を貶めるんです」

視界が更に滲む。アリババは飛びそうになる意識の中、たどたどしい動きでジャーファルの腕を掴んだ。離そうとしてもびくともしない彼の腕は、どうしようもなく戦う男のソレ。自らのとは鍛え方が違う。

「君の甘い優しさが、死にもの狂いで貼り付けた“私”を溶かしていく。何年もかけて漸く造り上げた“私”を、君のその優しさが何の迷いもなく打ち壊していく」

本当に、この人に殺される

アリババはぼんやりと、しかし直感的に感じた。彼から放たれる殺気は本物で、自らの首にかけられている手も、あと少し力を籠めればきっと自分は間も無く死んでしまう。

―それでも

ふと、彼は思った。思ってしまった。

―この人になら、殺されてもいいか

アリババが、首を絞められながらも微笑んだ。苦し紛れの、小さい笑い。

「…!」

その刹那、アリババの首から手が離される。反動で大きく息を吸い込むと、酸素が全身に取り込まれた。一気に吸い込みすぎて噎せた。咳き込み、涙目になりつつ隣の人を見ると

「…」

もともと白い顔は更に色を無くし、ジャーファルは茫然とした様子で自分を見つめていた。

「…ぁ、…」

掠れた声で、何かを呟く。じっと顔を見つめ彼に意識を集中させてみると、彼は唇を噛んでアリババに抱きついた。勢い余り、ソファーに2人して倒れこむ。ふわりと柔らかな感触のお陰で全く痛みが無いのが幸いだ。

「…ジャーファル…さん…?」

恐る恐る声をかけると、彼は返事をせず、身動ぎもせずただ抱きついているだけ。抱きつかれたアリババは、様子のおかしいこの人をどうしようかと考えていると

「…ごめんなさい、」

とても小さく、謝られた。

「君を見ていると苦しくなるんです。君の隣で、君と一緒にいると、とても…とても居心地が良くなって」

アリババの発育途上の体をきつく抱きしめ、声を搾りだし話す。

「アリババ君が言う私の優しさは造り物だから…君と居ると造りあげた私の優しさが、汚く卑しいものだと再確認してしまって苦しくなる」

抱きしめるジャーファルの腕が震えていた。先ほどまで力強く人の首を絞めていた腕が、小刻みに怯え震える。

「でも、苦しくなるのに…君の優しさに触れたくて、心臓が騒ぎだすんですよ」

そう言うと、彼が静かに体を離した。顔の隣に手を置かれ、本格的に押し倒された体制になり初めて彼の顔をしっかり見ることが出来た。

彼は、今にも泣きそうに顔を歪めている。

「ジャーファル、さん…?」

つい、アリババが彼の名を呼ぶと、ジャーファルは音を立てず耳元に唇を寄せる。

そして、

「私は、アリババが欲しい」

低く静かに落とされた言葉と共に、白い毒蛇は緩やかに彼の喉元へその牙を立てた。


毒蛇の熱



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ジャーファルさんは元暗殺者とか関係無くもともとの性格が歪んでいそう


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